好意

※性描写多め





 恋人と呼びそびれたせいでいちばん気に入ってるセフレ、と言わざるを得ない立ち位置に甘んじている。体から始まったから本命になれないだなんて、酔った言い方だがしょうがない。ただ愛を囁いて負けるのが怖かっただけなのだが、マイペースな男を追っかけても良いことなんて万にひとつもない。

 好きなことなんて言わなくてもわかる。たぶん俺が好きなことも知れている。確かめる勇気がないことも。相手のマイペースに便乗して感情表現をサボっていることも。

「香水変えた?」

「わかるもん?」

「なんか変な感じ。お前の匂いじゃない」

「犬かよ」

 くんくんと首元を嗅ぎ回るついでに短い髪が刺さって、まるで頬ずりされてるようで嫌いじゃなかった。1週間放っておいても硬い髭が生えてこない俺と、半日で伸びてくるのを疎んじるこの男の違いを感じる。同じ男でも別の個体、いや男であるということ以外にさして共通項のない俺たち2人の間に、なんの隔てもなくなるこの瞬間、たぶん生きてる時間の中でいちばん素直になる。

「前のとどっちがいい?」

「コレ俺のと似てて嫌かも」

「同じやつ買った」

「なんで?」

「何でだと思う」

 好きと言わせたい。たぶんそれはお互いにそうで、黙りこくって次のセリフを言う代わりにエグめのキスをした。身なりに気をつけてる、その辺の女より美意識の高い、小洒落たゲイの男でも男は男で、青臭いような独特の味わいに余分な唾液が出てくる。そういう時に俺は俺ってマジで男にしか興味ねーのな、とこの30年弱何度思ったか知れない文言を頭の中で反芻して、自分を慰めるように男の硬い首に縋った。

 男にも女にもモテる方だけど、ちゃんとした意味で俺のこと愛してくれるのはいつだって男だけだ。女性はいつも遠巻きに、彼氏はちょっとね、みたいな反応をする。もちろんそれで利害は一致してるけど、彼氏としてはちょっとね、と言われるなにか、頼りなさのようなものが俺からは滲み出ているらしい。だから好きだと言われないんだろうか。思いながら何度もキスをしていると、苦しそうに相手がまって、と呟いた。

「何考えてんの」

「質問に質問返す感じ?」

「んー。別のこと考えてるってキスに出てる」

「マジ?」

「しょーもないこと考えてんだろ」

「俺って何で女にモテないんだろって」

「大事にしてくれなさそうなんじゃね」

「やっぱそう見える?」

「なんか、超遊んでそうじゃんお前。実際こうやって男と寝てるし」

「そりゃそうだけど」

「女性はそういうの敏感だから。顔だけじゃなくて」

「そっちは? 女にモテる?」

「うん。振るのが大変」

「うわウザ。ダルいこと言ってんな」

 口では煽りながら、膨らんだ熱を弾くように撫でると男は嬉しそうに鼻を鳴らした。満更でもないときのリアクション。何度か寝てるけど、服着たまんま上から触られるのがいちばん反応が良い気がして、ついいつも弄ってしまう。ちゃんとポジションを話し合ってなくて、どっちもタチ寄りのリバだからなんとなくいつも交代しながら事に及んでいるのだが、今日はなんとなく「そうされたい」気がしてぴんぴんと弾いてみた。むくむくと大きくなる熱を手のひらで感じながら、硬めのジーンズをほぐすように揉み込む。

「実際なんだっけ? ゲイじゃなくてバイ?」

「最近は男としか寝てない」

「でも、女もイケるんだ」

「寝たことはある程度。人生経験的な」

「それ女性に対してかなり暴言じゃん」

「全裸になって抱いてって言われたら抱くだろ」

「マジ? そんなんあんの?」

「性的な目で見られることが多いのよ。お前が今やってるみたいに」

 ジッパーを下ろすと目が合った。物欲しい女にでもなった気分で膨らみに食いつく。下着越しでも重い、熱い、とわかる熱に頬が熱くなった。じんじんして痺れるみたいで、俺の方も勝手に硬くなる。

「だってさ、お前エロいもん。なんか、エロいしエロいこと好きそう」

「実際は全然…」

「ウソつけ」

「好きじゃないとさして良くない。ガチで」

「でも好きって言わないじゃん」

「譫言で好き好き〜って言ってるのウソくさいだろ」

「俺そういうの結構好き」

「ベタなの好きだよね」

 目的語が違う好きを繰り返してるうちに頭が勘違いしていく。汗と、汗と違う何かの匂い。上質なフレグランスでも覆い隠せない生々しい香りまで一緒で、自分と男の境目がどんどんなくなっていくような気がする。粘膜はとくにそうだ。溶け合うみたいに頼りなくてあたたかい。そろそろ限界で、引き摺り下ろしたショーツを足の先まで丸めると、男は喉を鳴らすように笑った。

「女の子はSっぽい男が好きだから」

「何の話?」

「滲み出してるんじゃないの。どMが」

「俺別にドMじゃねえし。どっちもいけるわ」

「そうだっけ。今の絵面、完璧にイヌだよ」

「お前に……そうやってプレイみたいにされんのが好きなだけ」

 そういうとぎゅっと顎を掴まれて、こんな感じ? と上を向かされる。これもそう、お前としかやらない。だいたい男と寝てるんじゃなくて、お前としか寝てない。わかるだろ、このペースでやってんのに。元々性欲の強い方ではないし、遊んでると言われるのはやや心外だ。見た目がちょっと派手なだけ。割とマジで付き合いたいし、恋人って肩書きも嫌いじゃないのに、お互いそれを言わないせいでこんなズルズルきてる。負けず嫌いにも程がある。バカだな俺ら、と思いながら、お預けをされたイヌみたいに俺は無様に手を使わず男の昂りを咥えさせられる。

 好きじゃねえとやらねえだろこんなの。だから好きってわかれよ。いやお前も俺のこと好きだろ。俺が好きかどうか、確信持った上で俺に言わせようとすんな。

 全部渦巻いて、不満になって、それがもっと俺を煽る。舐めながら勝手にいきそうになるのは初めてだった。まだ触ってないから絶対そうなりたくなかった。でも無駄な抵抗だった。俺はベルトも下着もなんにも寛げないまま、口の中を満たされる充足感だけで小さく唸る羽目になった。苦しいふりをして誤魔化しながら、背骨の下から湧き上がる強めの快楽にうっかり泣きそうになった。出しちゃダメだって頭ではわかるのに、ダメージジーンズが違う意味でボロボロになるってわかるのに。

「なに泣いてんの…」

 気持ち良すぎて泣いてるのを勝手に勘違いして、男は俺の頭をぽんぽんと撫でてから目尻に親指を押し当てた。マジで、こういうとこで言わないの、ホントやべー奴。意地でも言わない。俺も絶対言わない。言えないことばかり増えていく。恋愛ってもしかしたらそういうものなんだろうか。

 泣いてる俺に興奮した男は、勿体ぶるでもなくあっさりいって、俺の口の中に全部出した。俺は自分が出したものを絶対に見られたくなかったので、そのまま自分で全部脱いで、四つん這いな、とだけ言った。

「俺がやるつもりだったのに……」

「うるせぇ。ケツ出せ」

「お前さ、Sっていうより、ワガママ…ッ」

 わかったような口ぶりで俺の分析を続ける男は、どう考えても確実に俺のことが好きだ。今更言えないことばかりが増えていくのは、俺もこいつも全然大差ないのかもしれなかった。萎えるどころかどんどんやる気になる自分に俺は溜息をつきながら、何でもないものに対してただ一言、むかつく、と思った。

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短編集 juno/ミノイ ユノ @buki-fu-balla-schima

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