大文字伝子が行く65

クライングフリーマン

大文字伝子が行く65

午前10時。あるホテルの一室。シャワーの音に目が覚める高遠。

シャワー室に入って行く、高遠。「きゃっ、何スンノヨ、いきなり入って来て・・・なんて言うんだろな、普通は。お前も早くシャワー浴びろ。」と伝子は言った。

着替えて、一階のバイキングで朝食を採っていると、なぎさと金森がやって来た。

「おねえさま。よく眠れました?」「ああ。よく寝た。お前達も食事しろよ。」

なぎさと金森もトレーに、自分の分を取って乗せてきた。同じ席に着くと、「相変わらずと言えば相変わらずだけど、アクロバティックだったなあ。」と高遠が言った。

「見張られていたんですね。複数の人間で手早くやったんだろうって、陸自のメンテ担当が言っていました。それと、ひかる君誘拐は陽動作戦で、犯人はアルバイトだそうです。『誘拐の芝居してくれればいい。母親を困らせるだけだ』って言われて。まさか、隣がひかる君の勉強部屋なんて夢にも思わなかったでしょうね。」と、なぎさが言った。

「アンバサダーは、常に狙われている。これからは皆そのことを忘れるな、と理事官がおっしゃっていました。」

支配人がやって来た。「よくお休みになれましたか?大文字様。」

「はい。ここのクロワッサン、上手いですね。さっきからずっと食べている。」

「よろしかったら、箱にお詰めしますので、お持ち帰りください。」

「もうチェックアウトの時間ですよね。」と高遠が腰を浮かせると、「いえ。2日分の料金を頂いておりますから、ごゆっくりなさってください。」と支配人は言った。

「EITOの支払いですか?」「斉藤様は上得意様ですので。では。」と言って、支配人は去った。

「至れり尽くせりだな。学。紙婚式の時はここにしよう。」「うん。いいね。」

午前10時半。EITOベースゼロ。会議室。

「理事官。それでは、あまりにも・・・。」と筒井が言った。

「反対か、筒井。大文字君の為だ。万全を尽くそう。夏目はどう思う?」

「どうせ反対なんかさせないんでしょ。でも、賢明な判断だと思う。」

「中津君とは、交信しているのかね?」「はい。ハッキングには注意しています。ウチはプログラマーやSE出身の者もいますので。『死の商人』と拘ったと思える者の、それらしき書き込みは、今のところありません。」

午後0時。伝子のマンション。「お帰りなさい、お姫様。婿殿。」

綾子が出迎えた。「お寿司、取ったわ。ほら、後ろ。」

伝子達の後ろに出前持ちが立っていた。伝子達が入っている間に、綾子は支払いを済ませていた。「一佐達も食べて行きなさい。お昼まだでしょ?」「はい。ですが・・・。」

「お母さん、さっき朝食とったとこなんだよ、ホテルで。」「だから?若いんだから、この梅干しばばあと違って。食べなさい。婿殿は食べたくない?」

「い、頂きます。あ。お茶用意しますね。」と台所に高遠が行くと、「強要罪だぞ。」と伝子は綾子を睨んだ。

「おねえさま。折角だから、頂きますわ。若いし。ねえ、金森。」「え?・・・ええ。頂きます。お寿司大好き。」

二人の返事に、「同調圧力だな、まるで。」と、高遠は呟いた。

「伝子。婿殿。今日午後の予定は?」

「原稿書き。」「同じく。」そう答えた二人に「セックスじゃないんだ。あ。子作りって言わないといけないのね。」と綾子は言った。

「ま。いいわ。明日は?」「特にない。」「遊園地行きなさい。一日中、子作りに励んでもいいけどね。」

「もう、嫌味言うなよ。どこの遊園地に行けって?」黙って綾子は遊園地のチケットを2枚差し出した。「ごめんね、一佐。2枚しか無いの。もらい物なんだけど、勿体ないから。」

「あ。お気遣い無く。明日は仕事ですので。一日中。」と、なぎさは辞退した。

「僕、ジェットコースター苦手なんだなあ。だから、車ごと浮いて・・・。あ。観覧車はオッケーだけど。」

なぎさは、一瞬ドキっとしたが、「コーヒーカップって、もう無いんですか?」と高遠に質問した。

「さあ、どうだろう。コーヒーカップもオッケーだよ、伝子さん。伝子。」「コーヒーカップ乗ろうかな。」

皆のぎこちない会話を気にしながらも、綾子は、「あ。そう言えばね、聞いた話だけど、遊園地のコーヒーカップが流行出した頃、みーんなコーヒー飲むときは、あの形のカップで飲んだそうよ。」と言った。

高遠がTVを点けた。ニュースで、市橋総理の記者会見が流れていた。

「まず、お知らせしたいのは、『電波オークション』です。今までTVを甘やかし続けてきましたが、近年偏向報道が多すぎます。国葬儀に関するニュースが最たるものです。阿倍野元総理は暗殺されたのです。何故、殺人犯を英雄扱いし、殺された総理が国賊扱いですか?夥しい献花の列を放映せず、少数派の『反対派』を映すなんて、洗脳せんが為です。サイレントマジョリティー、ノイズマイノリティーって言葉をご存じでしょうか?阿倍野元総理の死を悼む事は、弔意の強要なぞではなく、自然な心の動きなんです。私が阿倍野元総理の遺志を引き継がなくて誰が引き継ぎますか?既存のTV局は、一旦解散。新規に参入する企業と争って勝ち残る道に進んでください。われこそは、と思う企業は手を挙げてください。」

ニュースを見終えた皆は、ふうと息を継いだ。

「やるなあ。」「やはり私の暗殺より、総理の暗殺を考えた方がいい。」と伝子は呟いた。

「なんのこと?」と、二人の会話に訝った綾子の様子を見て、金森が、「お寿司の容器、ドアの前でいいですか?高遠さん。」「あ。金森さん、ありがとう。」

高遠は、台所に行って、コーヒーや紅茶の用意を始めた。

金森が高遠を手伝う振りをして、「総理のSPは大幅増員したらしいです。でも、またEITOが拘るかも知れませんね。」と言った。

午後3時。なぎさ達も綾子も帰って行った。

「さ。仕事するか。競争しよう、学。5時までな。」

「はいはい。」

午後5時。丁度、二人とも脱稿し、ファイルを出版社に送った後だった。

チャイムが鳴った。編集長だった。

「一佐は?」「2時位に帰りました。原稿、さっき送りましたよ。あ。見合いなら今日5時だそうですよ。丁度今頃かな。」「うまく行くといいわねえ。あ。辰巳君のお見合いもね、明日なの。それ、言いに来たのよ。」「それはどうも。」「あ。これ、マスターに渡しといて。」

物部のギャラを高遠に渡すと、編集長は、さっさと帰って行った。

翌日。とある遊園地。

ジェットコースターから降りて来た伝子と高遠。高遠に伝子は大きなハンカチを渡した。「やっぱり苦手だから、後にすべきだったなあ。」と高遠は言った。

「右門。大町。出てこいよ。行じゃないんだから。SPするんなら、一緒に行動しなよ。」伝子の言葉に、恐縮しながら、二人は出てきた。

何やら、ゴーカート乗り場が騒がしい。「見てきます。」と大町が走って行った。

すぐに戻って来た大町は、「ゴーカート乗り場で事故です。多分車両点検ミスだろうと。」と報告してきた。

「まさかな。」と呟いた伝子は、母親の綾子に電話した。

「やっぱりな。今は、気まぐれにジェットコースターを先にしたが、子供の頃ここに来た時は、ゴーカートを最初に乗ったんだ。そのことを卒業文集に書いている。前に卒業名簿を元に同級生を騙った奴がいた。気にしすぎかも知れないが。」と、伝子は言った。

「ゴーカートの次は?」と高遠が言うと、「観覧車だった。」と伝子は応えた。

「再点検して貰いましょう。」と、今度は右門が走った。

20分後。喫茶店で伝子達が待っていると、右門から電話があった。伝子はスピーカーをオンにした。

「爆発物が見つかりました。私の判断で警察に通報、運行を中止して、処理班を待つことにしました。」

「行こう。学。EITOに連絡だ。」

伝子は高遠と大町と一緒に現場に急行した。

「成程な、これで、二人の『死の商人』が揃った訳だ。母に、ここのチケットを気前よく譲った『カップル』とは、お前達のことだな。」

「『死の商人』?」と、乗り場責任者の男が言った。

「『語るに落ちる』とは、このことだ。普通は、敏感に反応するような言葉じゃない。」

伝子の言葉に反応して、男は「やれ!」と号令をかけた。そして、スイッチのような物を取り出した。ブーメランが跳んできて」、スイッチは叩き落とされた。

物陰から、大勢の男達が現れた。そして、待っていたかのように、エマージェンシーガールズが現れた。右門はトンファーで、仲間だったエマージェンシーガールと対峙した。

パニックになった入場客を、結城とひかりが誘導した。高遠も、その方向に逃げた。

あつこは、爆発物の処理にかかった。男達は、短い棍棒とか電磁警棒を持っていた。

エマージェンシーガールズが闘っている中、伝子は逃げる振りをして、簡易トイレに駆け込んだ。狐面の女の扮装で出てきた伝子に、なぎさは三節棍を渡した。

「大丈夫か?」「多分。おねえさま。これを。」「ありがとう、エマージェンシーガール。」そう言って、皆と一緒に闘い始めた。

20分が経過した。男達は簡単にのびた。右門は金森が倒した。逃げようとしていた乗り場責任者と、右門が結城と愛宕に逮捕され、伝子の前に連れ出された。

「いつ入れ替わったか知らないが、やり過ぎたよ、右門。いや、右門に成り済ましていたおんな『死の商人』。」

伝子が頷くと、愛宕と結城は二人を連行して行った。警官隊と爆発物処理班が到着した時には、あつこが解体を終わっていた。

「爆発物処理は完了しました。後はお願いします。それと、伸びている連中も。」とあつこが言うと、「了解しました。エマージェンシーガール。」と青山警部補は言って、敬礼をした。

ジープの中。高遠と伝子が後部座席に乗り、なぎさが運転している。

「一佐、よく『狐面の女』の衣装を用意出来たね。」と高遠が言った。

「私を誰だと思っている?大文字伝子と相思相愛の橘なぎさ一佐だぞ。」と、なぎさが戯けて言った。

「はいはい。『俺の女だ』みたいに言っていたものね。伝子さん、どうして、右門一曹が怪しいと思ったの?」「最終的には、観覧車の件。文集の作文には観覧車は出てこない。メンテナンス中で乗れなかったんだ。多分、昨日の話題に出たコーヒーカップにも細工があるはずだ。」と伝子は言った。

「流石おねえさまとしか言いようがない。あつこが、全ての遊具を再チェックするように指示したから、もう大丈夫よ。久保田管理官が遊園地の会社に掛け合ってくれて、クーポン券を発行したらしいわ。」と、なぎさが言うと、「なぎさ、惚れ直したぞ。」と伝子が戯けて言うと、「じゃあ、私と浮気してよ。ご主人は姑さんと不倫しているみたいだし。」と戯けて返した。

「帰ったら、頭痛薬を飲もう。」と、高遠は大きな声で言った。

帰りは愉快な道中になったな、と高遠は思った。

―完―


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