第2話-③ 山間部の老夫婦 3

 源次の申し出に、ソラは面食らった。

 確かに、数時間前の晩酌に付き合った際、そんな提案を貰った。

 しかし、自分がロボットのボディを持つと知られてなお、カブと修理するなどという言葉が出るとは思ってもみなかったのだ。

「え、でも……」

「早くせい。領主が倒れた事が知れたら、配下のロボット兵が来るじゃろう」

 戸惑うソラとハヤテを、家から少し離れた場所にあったため被害を免れた車庫――ワンボックスカーが1台入ってさらに余裕があるサイズのプレハブ小屋に有無を言わせず押込んだ源次は、しっかりと施錠すると、わざと剥がれたままにしていた防音シートを貼り直し、外への音を完全にシャットアウトする。

 天井からぶら下がっている、配線剝き出し裸電球の電源を入れると、源次の思い出の一台であるスーパーカブと、その側に設えられた2つのテーブルが照らし出される。

 カブの真横にあるテーブルは作業台のようで、各サイズのドライバーやレンチから始まり、小型電動工具までがびっしりと並べられている。

 そして、カブの斜め前に位置する小さな組み立て式テーブルには――

「おじいさん、ここに住んでるんですか?」

 思わず目を丸くするソラに、源次は苦笑する。

「いやいや、違うんじゃ。そこの机は、整備を終えたバイクを見ながら、コーヒーや酒を飲む場所じゃよ」

 丸いテーブルの上には、日本酒ヤウイスキーの瓶と手動のコーヒーミル、そしてグラスとカップが置かれていた。

 足下に置かれたトランクカーゴのフタには、大きく「食料品」と書かれた紙が貼り付けられている。

 どうやら、奥さんが寝静まった後に愛車を見ながら一人でお酒とおつまみを楽しむ場所のようだ。

「そこからの角度が、一番綺麗に見えるもんでな……さ、そっちに座って、待っとってくれ」

 促されるまま、小さな丸テーブルに腰かけるソラ。

 一方の源次は、椅子代わりに長年使っている裏返したビールケースに座布団を乗せた物に腰を下ろすと、早速作業に取り掛かる。

 カブに限らず、バイクの点検や解体・組立は若い頃から散々やってきた。

 その中でも目の前に鎮座するスーパーカブ110は、自分が最初に乗った思い出のバイクだ。

 お嬢ちゃんの為にも、手早く済ませてあげよう――そう思っていた源次だったのだが……。

「なんじゃあ、コレは!?」

 前輪を外した時、源次は思わず叫んでいた。

 エンジンから銀色の触手のようなものが各パーツに伸びており、ブレーキチューブの内部などにも入り込んでいたのだ。

「ハヤテ、警戒しないで大丈夫だよ」

 ソラの言葉に、チューブ内部で触手が縮んでいくのを源次は感じ取る。

「こ、このバイクは、一体何なんじゃ?」

「バイクはスーパーカブ110です。この国……いえ、世界で一番乗られているバイクだそうなので、パーツ交換に有利かと思って」

「確かに、スーパーカブはシリーズ累計1億台以上生産されとるからのぅ……大半の人間はアーコロジー・シティに入る際に置いて行っているじゃろうから、地上には沢山あるはずじゃ。……いや、そうではなくてのぅ」

「?……ああ、ハヤテの事ですね」

 ようやく源次の言葉の意図を理解したソラは、少し遠い目をする。

「ハヤテと会ったのは、外に出てすぐでした。人間が作り出した、液体金属生命体のようです」

「液体金属……生命体……?」

「はい。戦場で廃棄された兵器から金属を回収して、再利用可能な状態にする存在だったようです」

 出会った直後にハヤテからもらった説明を、ソラはそのまま口にする。

「走行途中に故障してしまったカブを押していたボクと偶然出会ったんです。ハヤテも移動が難しい状態だったそうで、そのまま利害の一致でボクのカブに入ってもらいました」

「なるほどのぅ……」

「テントのポールなどの金属品は、移動時はハヤテに飲み込んで貰ってます。荷物が削減できますし、ハヤテの食事にもなるので」

「便利じゃなぁ……うん?食事という事は、再びテントを立てる時どうするんじゃ?」

「全て食べてしまうわけではないですし、必要なら再成形して出してくれるので……ちょっと、失礼します」

 源次の横にやってきたソラは、手に持っていた刀をエンジン近くまで持って行く。

 すると、伸びてきた銀の触手が刀を捉え、そのまま吸収していく。刀そのものが完全に無くなるまで1分もかからなかった。

「ほぉ……よし、前輪は終わりじゃ」

 ソラの語りが終わったのと、源次がフロントフォークから手を離したのはほぼ同時だった。

「じゃが、コイツとはどうやってコミニケーションを取っているんじゃ?さっきからうんともすんとも言わんが」

「実は、発声の為に使っていたフォーンの機構が壊れてしまって……こっちの声は聞こえているので、エンジン音やウインカーなどでなんとなく会話してます」

「なんと……そりゃあ難儀じゃったなぁ。待っとれ、すぐ直す」

 源次は、自分のカブから躊躇いなく外したパーツを、ソラのカブへ移植していく。

 深夜の少し肌寒い気温が、密閉された車庫だと丁度良い温度だ。

 沈黙の帳が降りた中、置かれる工具や外れたパーツの音が時折響く。

 そんな中、ぽつりと呟きが零れた。

「――おじいさんは……」

「ん?」

「おじいさんは、ボクが怖くないんですか?」

 ソラが、ふり絞って出した言葉に、源次は顔を上げる。

 そこには、冷却が終わり、夕食の時と変わらない形態になったソラの姿があった。

 ガトリングガンの掃射によってボロボロになった人工皮膚は、既に大部分が再生されており、冷却が終わったのか髪の色と長さも元に戻っている。

 一見すると、本当に人間そのものだ。

「――怖い……」

「……っ!」

 源次の言葉に、ソラの肩がびくりと大きく震える。

「……とは、思わんのぅ。お嬢ちゃんはワシらを助けてくれた、命の恩人じゃ」

 ニッコリとした満面の笑みと優しい眼差しを向けられ、不安に苛まれていたソラの表情が少し柔らかくなる。

「もちろん、お前さんにも感謝しとるぞ。ありがとうな」

 新品のブレーキを取りつけ終えたカブのシートを、優しく撫でる源次。

 ハヤテはくすぐったさそうに、ウインカーを点滅させる。

「おお、そうじゃった。フォーンじゃったな。すぐ直すからのぅ……」

 ハヤテの反応に、源次はすぐさま当該パーツの交換へ取り掛かる。

 消耗したパーツの交換は既に終えているので、残るはフォーンのみ。

「――これで、良し、じゃな」

 交換と固定、そして配線をし直した源次は、立ち上がって大きく伸びをする。

「やれやれ、歳はとりたくないもんじゃな……昔より集中できる時間が短くなっとる」

 凝り固まった肩を回しながら、苦笑を浮かべるその目元は、穏やかだった。

「はい、どうぞ」

 すっと横から差し出された物に、源次は目を見開く。

「お前さん……」

「作業終わりの一杯です」

 そう言ってはにかむソラの手には、ウイスキーの入ったグラス。

「すまんのぅ……」

 再び腰を下ろした源次は、舐めるようにウイスキーを口に含む。

「……美味い」

 しみじみと呟く源次の目尻には、きらりと光る物があった。

「なぁ、じーさん」

 突然聞こえた、少し高めなキーの音声に、感慨にふけっていた源次は思わず跳ね上がりそうになった。

 ウイスキーを一口飲んで気を落ち着ける。 

「……そんな声じゃったのか、ハヤテ」

「仕方ねーだろ。フォーン通して無理矢理人間の音声出してんだから」

「ちょっとハヤテ、恩人に対してお礼の一つもないの?」

 口の悪いハヤテに、腰に両手をあてたソラが唇を尖らせる。

「わぁーったよ。じーさん、ありがとな。フォーンがイカレてから、何を伝えるにも四苦八苦してたんだ。こーやってフツーにまたソラと喋れるのは、アンタのお陰だぜ」

「お役に立てて何よりじゃ。しっかしお前さん、あんだけ銃弾に晒されとったのに、傷一つ無いのじゃな」

「オレ特製の特殊合金でマシンのバイタルパートをコーティングしてるからな。あんな豆鉄砲程度、屁でもねぇ」

 得意げに言ってのけたハヤテは、ふと何かに気づいたようにフロントを巡らせる。

「何かが近づいてやがる……まだ距離はだいぶ離れてるけどな」

「ロボット兵じゃろう。さっ、見つからん内に」

 防音シートを剥がした源次は、静かに車庫の扉を開く。

「おじいさんはどうするんです?」

 不安げな顔をするソラに、源次は側に置いてあったトランクカーゴを引き寄せる。

 フタの貼り紙には「キャンプ道具」の文字。

「なぁに、食うもんは数日分蓄えとるし、水ならすぐそこの沢がある。奴さんをやり過ごすくらいは出来るはずじゃ」

「でも……」

「ソラ、任せろ」

 食い下がろうとするソラに声をかけたハヤテは、レッグカバーから伸ばした銀の針を車庫に触れさせる。

「じーさん、さっき言ったオレの特製合金を少し分けてやる」

 注射のように針から出た銀色の液体が、車庫に浸透していく。

「……これくらいか。そこの壁と机の下の空間なら警戒ロボの弾丸も通さねーぜ」

「すまんのぅ」

 トランクカーゴを引っ張って机の下に潜る源次。

「それじゃあ、元気でのぅ」

「おじいさんもお元気で。いただいたカブのパーツ、大切に使わせていただきますね」

「サンキューな、じーさん」

 腰から折れて深々と礼をしたソラは、軽くフロントを左右に揺すったハヤテにまたがる。

 源次の優しい眼差しを背中に受けながら、ゆっくりと右手を捻る。


 ブロロロロロロ……


 マニュアル通りの発進をしていった、ロボット少女と喋るバイクを見送った源次は、手に持ったウイスキーを煽る。

「うむ……この美味さを明日も楽しむためにワシは生きるぞ。良枝さん、まだしばらく、そっちには行かんからな」

 決意を固めた瞳を輝かせ、源次は這うようにして扉を締めに行くのだった。



「ロボット兵、いないね……ハヤテ、反応はどう?」

「反応無しだ。どうやら、野生の動物だったみてーだな」

「そっか。なら、おじいさんもしばらくは安心だね」

 安堵の息を吐きながら、快晴の空の下を走るソラとハヤテ。

「マント置いてきちゃったけど、おじいさんに有効活用してほしいね」

「防弾防刃性能かなり高いからな。頭から被ってりゃいーんじゃねえか?」

「もう、ハヤテってば……」

 ため息混じりに呟いたソラは、気を取り直して進行方向へ視線を向ける。

「いい天気だね」

「周りは田園風景しかねーな。動体反応は広めにセットしてあるから問題無いとは思うが……」

 ハヤテの言葉に頷くソラ。

「用心していこう」

 一人と一台の「世界を見る」ツーリングは、まだ始まったばかりなのだ。

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ソラの旅路-一人と一台の行く先- 零識松 @zero-siki-matu

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