第2話-② 山間部の老夫婦 2
「お父さん、もうそろそろ……あら」
おつまみのお代わりを持ってきた良枝は、眠っている源次にタオルケットを掛けるソラを見つけ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「もう、静かになったと思ったら……。ごめんなさいね。お客様なのにこの人の相手してもらって……けほ、こほ……」
かすかに咳をする良枝に、ソラは首を振る。
「いえ、色々興味深い話も聞けたので良かったです」
「本当に、優しくて良い子ね……」
「ひとつ、伺って良いですか?」
「何かしら?」
「どうして、他の人たちと一緒に地下に逃げなかったんですか?」
ソラの純粋な疑問に、良枝は自嘲の笑みを浮かべる。
「どうしても、この家が、この土地から離れられなかったの……この山、お父さんがご先祖様から引き継いで管理してきた土地なのよ。それを手放して出ていくなんて、出来なかった・それに――」
言葉を途切れさせた良枝は、自嘲の笑みを浮かべて首を横に振った。
「悪く言えば、意気地が無かったのね。新しい場所でもやっていこうって意気地が……」
「……そういう物ですか?」
寂しそうな笑みを浮かべる良枝に、考え込むソラ。
「もしよろしければ、今からでも地下に避難しますか?」
「あなた、場所は知っているの?アーコロジー・シティは絶えず移動していると聞いているけど?」
「きっと、探し出します。ボクとハヤテなら」
「…………」
暫く考えこむ良枝だったが、ややあって首を横に振った。
「――ありがたい申し出だけれど、気持ちだけ受け取らせていただくわ。やっぱり、わたしとあの人は最後までここに残る」
「……わかりました」
良枝の諦めとはほど遠い瞳を見て取ったソラは、それ以上言葉を紡がず首を縦にふった。
「では、そろそろ――」
就寝前の挨拶をしようとしたソラの耳に、敵襲を告げるエンジンの爆音が轟いた。
「ハヤテッ!」
すぐさまベルトポーチとブーツを身に着けたソラは、街灯の全くない夜の屋外へと身を躍らせた。
そこには、球体が展開したような姿の領地警戒ロボが6体、左右に別れて列を形成している。
そして、その中央からは見慣れない人影が進み出てきた。
「我が領地にまぁだこんな場所が残っているとはなぁ……やはり部下任せにせず、自分で領地をくまなく視察せねばならんな」
領地警戒ロボに勝るとも劣らない身長を誇るその人影が、屋内から漏れる灯りに照らし出される。
見た目は、筋肉モリモリのマッチョマンといった風体。
リベット打ちされたその皮膚は金属特有の輝きを放ち、見た目以上の強度を誇示している。
また、太い頸部の上にある、角刈りの男性をモチーフにしたのであろう頭部には、太いボルトが何本も突き出ている。
明らかに人間とは異なる姿に、ソラは警戒を強めた視線を突き刺す。
「お前は……」
「ぬ?オレはこの地を治めるジャンボックス男爵である。やはり人間とは愚鈍な存在だ。支配者の名すら知らぬとはな」
「お前がここの領主か」
ソラの睨みつける双眸を全く意にかいさず、鷹揚な様子で応える角刈りマッチョロボ――ジャンボックス男爵。
「いかにも。我が領地は人間を全て排除する方針をとっている。貴様らは存在そのものが違反しているのだ。故に――」
ジャンボックス男爵が片手を上げる。
「……ッ!」
意図を察して動くソラ。
直後――
「殲滅する」
指揮者のように軽やかに腕を振り下ろしたジャンボックス男爵の言葉がソラの耳に届く前に、横隊に陣形を組み替えた領地警戒ロボットの一斉射撃が襲い掛かった。
夜の虫の音や小動物の立てる物音などとは比べ物にもならない轟音が、周囲に鳴り響く。
「――射撃止めッ!」
ジャンボックス男爵の指令に、領地警戒ロボは即座に両腕に直付けされているガトリングガンから弾丸を吐き出すのを止める。
最初の数秒で照明ははじけ飛び、周囲と同じく闇に染まった着弾地点。
瓦礫と煙の向こうへ、領地警戒ロボのライトの光が届く。
そこには――
「……ったぁ……」
銃弾の雨の中から、ゆっくりと立ち上がる小さな人影。
「ハヤテ、そっちは無事?」
ソラの問いかけに、力強いエンジン音が返ってくる。
「おばあさん。おじいさんも無事です」
煙が晴れていく。
6対12個のライトに照らし出された、ソラの姿。
「あんた……」
茫然と目を見開いた老婆の声に、ゆっくりと振り返るソラ。
「ごめん、おばあさん。ボク、人間じゃないんだ……」
少し寂しげに呟くソラ。その手は普段の人工表皮がちりぢりになり、中の金属と強化カーボンを複雑に組み合わせて形作られている内部構造が見えている。
「あんた……やっぱり……ロボットだったの、かい……」
驚きの表情を浮かべる良枝の口から、一筋、赤いものが流れ出る。
「おばあさん!?」
すぐさましゃがみ込み、良枝を抱きかかえるソラ。
「すまないねぇ……守ってもらったっていうのに……」
けほ、こほ、とこぼれ出る咳。口を覆った手にはべっとりと血がついていた。
「何が……」
「わたし、末期の咽頭ガンなの……医者から、長くないって言われてたのよ」
「ガン……?」
ソラの知識としては「医者と設備の整った病院がある環境で、早期発見であれば治療できる病気」といった存在。
しかし、そのどちらも無い現状では、成す術が無かった。
「ほら、そんな顔しないの……」
良枝は、血に汚れていない方の手で、驚きに固まるソラの頬を撫でる。
「可愛いお顔が、台無しだわ……けほっ、がふっ!」
「おばあさんっ!」
咳込んだ口から盛大に吐血する良枝。
胸元からお腹にかけて、血が服を赤く染め上げる。
「ふふっ……症状を緩和するお薬、一日一錠で済むから便利だったの……でも、あなたは病気知らずなのでしょうね……少し、羨ましいわ」
一言言葉が吐き出されるたび、良枝から熱が奪われていくのが分かる。
「あ、あぁ……」
これが、人間の死なのだと、ソラは直感した。
「けふっ、ごほっ!……ひゅー……ひぅ……」
もはや自発呼吸すら難しい様子の良枝。
どうすれば良いのか分からず、その場で動けないソラ。
人工皮膚の剥がれ落ちた、鋼と炭素の形作るアームの中で、老婆はゆっくりと目を閉じる。
「おばあ……さん……」
呼びかける声も、かすれている。
「これが、人間の……死……」
今目の前で起こっている事象を、言葉にして、声にして口に出す。
さっきまで動いていた存在が、動かなくなり、熱が失われていく。
「ひぅ……ひぅ……げほぉっ!」
血の塊を吐き出した良枝は、それきり動かなくなった。
「良枝……」
茫然とした声のした方へ視線と向けると、ハヤテの影に隠れた源次が、顔をくしゃくしゃにしていた。
「おじいさん……」
たった今、生涯の伴侶を失った相手に、何を伝えれば良いのか。
声をかけたものの、ソラは言葉を続けられなかった。
「ぬ~……分からんな。貴様、ロボットであろう?なぜ人間と共に暮らしている?」
目の前で繰り広げられた光景など全く気にした様子のないジャンボックス男爵が、ソラへ問いを投げかける。
ロボット、という言葉にビクリと肩を震わせたソラは、事切れた老婆をゆっくりと瓦礫の影に横たえ、男爵達に背中を向けたまま立ち上がる。
「ボクは、母さんに言われたんだ……。『世界を見て来なさい』と。そして、『自分の思ったままに行動しなさい』と……」
じゃり、とブーツで地面を踏みしめ、踵を返してジャンボックス男爵へ正対する。
「この人は、まだ生きられた。例え少しだけだったとしても、おじいさんとゆっくりとした時を過ごして……」
頬を流れる涙をそのままに、ソラは言葉を詰まらせる。
かつて動画で見ていた生活を、直に体験させてくれた老夫婦。素朴で温かみのある触れ合い。
今まで味わった事のなかった感情と感覚は、確実にソラの中に刻み込まれている。
「そのかけがえのない時を奪ったお前たちを、ボクは絶対に許さないッ!!」
怒りの叫びをあげたソラの身体の内から、カチリ、と音がする。
『第1ロック解除……第2ロック解除……』
ソラの声とは異なる、電子音に近い無感情なシステム音声の報告とともに、再びカチリと何かが外れたような音。
ゆらりと歩き始めるソラに、ジャンボックス男爵は鼻を鳴らす。
「許さない、だと?フン、それは吾輩の方だ。人間なんぞの為に己の性能を使う貴様の電子回路は故障している。吾輩が直々に貴様の頭部を打ち砕き、イレギュラー品をこの世界から消去してやろう」
巨木の幹もかくやと言わんばかりの太さの両拳を胸の前で合わせ、戦闘態勢をとるジャンボックス男爵。
「そこの人間の処分はこのイレギュラーを破壊した後だ。全機、イレギュラーを目標にしろ」
ガシャリ、と12本のガトリングガンが全てソラの身体へ向けられる。
『モード・アクセル。アクティブ』
システム音声がジャンボックス男爵に届いた直後、刹那前までいた場所から、ソラの姿が消えた。
「ぬっ……?」
対象を見失ったジャンボックス男爵は、即座に内蔵しているサーモスキャンシステムを起動。
かつて人間の軍隊で使用されていた暗視装置を発展・高性能化させたそれは、アリ一匹であろうと見逃さない。
「光学迷彩ではない……むっ!」
姿をくらませる敵への対策を一つずつ試していこうとしたジャンボックス男爵は、片側に横一列に並んでいた3機の領地警戒ロボがほぼ同時に前のめりに倒れていくのを驚きの表情で見つめる事になった。
「な、に……ィ?」
サーチライトを受けて白刃が煌めくのが見えたのは、人間が瞬きをする程の間。
続いて異音を立てたのは、ジャンボックス男爵を挟んで反対側に並んでいた3機。
まるで、応援のウェーブをするかのように順番に倒れ伏す。
「これで、最後……ッ!」
ガキャ、と自らの胸部から生えた鋭い刃を、ジャンボックス男爵はなかば夢の中の出来事のような認識で見つめていた。
「なぜ、そこまでの……ち、カラ、ヲ……もチナ……がラ……」
疑問に応えるかのように、システム音声が鳴る。
『3・2・1……限界加速時間終了。ロック機構を再度設定』
背後から蒸気の噴出音のようなものが聞こえ、ジャンボックス男爵はイレギュラーが何をしたのかを理解した。
「アくちゅエーたぁ、ノ全力稼働か……」
「はっ、はっ、はっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
まるで、フルマラソンを全て全力疾走したかのように荒い息を吐くソラ。
炭素と鋼で形作られた全身からシュウシュウと白い煙のような物を噴出させるその姿は、今際の際に良枝が見た姿とは、かなり異なっていた。
首から下の人工皮膚が残らず剥がれ落ち、内部が丸見えになってしまっている。何も知らない人が見ると、スリムなボディーアーマーを纏っているのかと勘違いしてしまうだろう。
また、肩口近くまでのセミロングだった青い色の髪は、一気に腰近くまで伸び、色も赤く染まっている。
良く見ると、放熱によって赤色化している。
「はぁ、はぁ……はーっ、はーっ……」
未だに内部で渦巻く熱を冷やすべく、新鮮な空気を口から取り込むソラ。
それは、ジャンボックス男爵が完全に機能を停止した後もしばらく続いたのだった。
「お嬢ちゃん……」
こちらへ歩いてくるソラを、茫然と見つめる源次。
倒れ伏した拍子にスイッチが誤作動した領地警戒ロボのサーチライトに、背後から照らされるその姿は、さっき一緒に夕食を囲んでいた相手からは似ても似つかない風体だ。
「あんた……」
「おじいさん……ごめんなさい……」
源次は、ソラの口から出た悲しみに満ちた謝罪の言葉に、それ以上声を上げられなかった。
「ボクが、この家に寄らなければ……そうすれば、おばあさんは死なずにすんだんです……お家だって、見つからずにすんだ……なのに、ボクは……」
ソラの頬を伝ってポロポロと落ちるいくつもの涙が、ライトを受けて輝く。
「ごめんなさい、おじいさん……本当に、ごめんなさい」
深々と頭を下げたソラは、モード・アクセルの余韻でふらつく足取りのまま、ゆっくりと歩き出す。
それに付きそうように、無人のスーパーカブがひとりでに徐行運転を始める。
「ま、待ちんしゃい!」
気づいたら、源次は声をかけていた。
「え……?」
びっくりして振り返ったソラ。
その隣に並ぶスーパーカブに、人差し指をつきつけて、源次は声をあげる。
「そのカブ、だいぶ消耗しておるな。今からワシのカブをバラして直す。ちょっとコッチに持ってくるんじゃ」
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