水にもぐらない鴨 🏊

上月くるを

水にもぐらない鴨 🏊





 晩秋の日曜日、NHKラジオ『子ども電話相談室』を聴くともなく聴いていたら、水にもぐる鴨ともぐらない鴨では、どちらが速く飛べるのかという質問があった。


 散歩コースに一級河川があるので、鴨の仲間の水鳥は見慣れているし、その鴨にも渡り鳥と留鳥があることは知っていたが、もぐるもぐらないの区別は知らなかった。


 正解は前者で、速く飛べる理由は、水にもぐると羽が邪魔なので自然に短くなって空気をきりやすいうえに、飛ぶ前に水面を助走するからで、後者はその真逆らしい。


 俳句では、この時期、堅く目をつぶって波にゆられている水鳥を浮寝鳥と呼ぶが、あれはどう見ても水にもぐらない、というより、もぐる気がないタイプなんだろう。


 東・南・西の三方から流れ寄る川が一本に綯われて太い水の帯になり、一路、北方を目指す、その合流点付近の中洲で羽を休める水鳥たちの心の内を推し測ってみる。




      🦆




 ところで、太宰治はなぜか藤の花が苦手だったらしい。

 なんて嫌らしい色だ、匂いだって思わせぶりだし、と。


 井伏鱒二さんの回想を読んだヨウコは、恐ろしい最期に敢えて目を背けていた作家の本質に、初めて触れたような気がした……太宰治は憶病な鴨だったのではないか。


 大きな成りをした子どものように純朴な人だったというから、もぐれない鴨なのに玉川上水なんかに引きこまれてしまい、さぞ怖かったろうね、口惜しかったろうね。

 



      🌸




 ついでながら、これ見よがしに花房を垂れる藤を疎む心はヨウコのものでもある。

 邪悪な生物を思わせる幹のうねり、噎せ返るような匂い、うるさく飛び交う蜜蜂。


 たとえ万人が賞賛してもヨウコは肯かない、むしろ、うっとうしくてたまらない。

 俳句に詠む気にもなれず、せいぜい「藤の雨」の季語あたりでお茶を濁して来た。


 けれども、少女時代から敬遠して来た津島修治さんを、早逝作家の倍近くも生きた今ごろになって再読してみようという気にさせたのもまた藤の花……不思議な宿縁。




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