時空への旅は続く

織辺 優歌

第1話 時空への旅は続く 〜森の中の幸せ〜

 いくつかの時空を行き来して、旅を続ける。そう、私は今ここにいるが、時間の経過によっては、突然見知らぬ街にいて、呆然としている。しかし、必ず元の、いや、どこが元なのか分からないのだが、今いるこの世界に帰ってくる。もしかしたら、違う次元で生きる私は、やはりその世界に戻ると思っているのかもしれない。



 何の前触れもなく、私は突然その街にいた。あまりに突然のことで途方に暮れていた。

 もちろん私は魔法使いでも妖精でもないが、瞬間移動のような唐突なこの現象にも不思議と怖さや違和感がない。むしろ、未知なるものへ微かな期待を抱いていると言っても良いかもしれない。果たしてこれは異次元への移動なのだろうか。


 そこは見知らぬ街だった。街というより古い歴史を持つ村のようだ。ヨーロッパの北の国のイメージなのだが、どの国にいるのか分からない。

 時間も朝なのか昼前頃なのか定かではないが、空を見上げると太陽は少し低いところにあるから、午前中の早い時間なのだろう。

 人々が活動する時間だと言うのに、辺りには全く人の気配もない。

 線路の直ぐ脇に立っていたので、列車の行き来を見ることはできた。車両に書かれている行き先を必死で見ようとしたが、かなりのスピードで走行しているためローマ字で書かれているのはわかったのだが、読み取ることは出来なかった。


 当てもなかったが、仕方なしに寂れた村を歩きだした。風が冷たくて思わず身震いをした。私はそれほど厚着をしていたわけではない。

 どんよりとした空から薄い日が差し込んでいて、建物の間には濃い緑色をした大きな三角形の木が立っている。おかしな形をしている木だ。まるで童話に出てくる絵みたいだわ・・・そんなことを思っていた。


 三叉路の交差点に行き着いた。

 私は赤茶色の壊れたレンガが敷き詰められている小路を歩きだした。行き交う人は疎らで、私も一人きりで歩いている。

 またしても、一体ここは何処の国なんだろうと思いながら、少し不安を感じた。すれ違いざまに聞こえてくるのは、馴染みのない言葉だ。街を歩いているのは、老人が多い。みんな無表情で暗い顔をしている。人も建物も少ない暗い村だった。

 どれほど歩いただろう、目の前にこの辺りでは珍しい、まだ新しい白い壁の五階建の建物が目に入った。そこはホテルだとわかり、先ずはそこに部屋を取ることにした。

建物は上の方は小さな窓、下の方が大きなガラス窓がはまっている。随分と歪な形をしている建物だわね・・・。そんなことを思ったが、今は部屋を取ることが先決だ。

 ホテルに入ると、そこは近代的なデザインの家具が置かれ、白と黒を基調にした斬新でシンプルな調度品が置かれていた。今まで歩いていた寂れた古くさい村とは違っていたせいか、その空間にはかなり違和感を感じた。

 フロントでは、センスの良い細身のスーツを着こなしたホテルマンが応対してくれた。


 不思議なことに言葉はほとんど通じていなかったにも拘わらず部屋を取ることはできた。少なくとも英語ではない。フランス語やイタリア語でもなさそうだ。私は益々途方に暮れた。でも、少なくとも今夜ここで眠ることは出来るのだわと少しだけ安堵の気持ちもあった。



 ホテルを出てまた街を歩きだした。私はここが何処の国なのかどうしても知りたくて、どうしたらいいのだろうと一生懸命に考えている。

ホテルで聞くことも出来たのかも知れないが、フロントでいきなりここはどこの国なのかなどと聞いたら、おかしな人と思われ、追い出されてしまうかもしれない。だから、ホテルでは何も聞かなかったのである。

 

 大きな本屋を見つけたので、その中に入り本を調べてどこの国にいるのかを知ろうと思う。

 店内は広くとても混んでいた。ウロウロ歩き回り、目当てのコーナーを見つける。ところがその前に行くと、その辺りの本だけが〜大きな本棚三つ分くらい〜真っ白でおまけに本のカバーは全て裏返しになっており、全ての本が後ろ向きに並べてある。周りを見渡すと私の前のコーナー以外は普通に本が並べてある。

 目の前の本の表題を見るには、いちいち本を引っ張り出さなくてはならない。なんておかしな並べ方をしているのかしら。

 そのうち、ここの棚の本は、他の人には目に入らないのかも知れないと、ぼんやりとそんなことを思った。そう、ここだけ異次元なのだわ。そんなことをあまり不思議でもなく思っていた。


 日本語の本をみつける。昭和61年と62年の日本の様子が書かれた本。その当時の古い写真が沢山掲載されている。それから次に、大きな分厚い辞典のようなものを取り出す。その中には図が書いてあり、大きなサークルと小さなサークルが自転車のタイヤのように並び、そのサークルを結ぶ線が幾本も引かれてある。私はその図や写真を見て、この本が世界に数冊しかない貴重なものだと知る。私はその本を買おうかどうしようかと迷う。しかし、私が今すべきことは、ここがどこの国なのかを知る事なので、やむなく買うのを諦める。重たくて大きな本だから、持って歩き回るには邪魔になるだろう。

 結局、目当ての本は見つからず、諦めて本屋を出た。


すると、目の前に小高い丘が見え美しい森がその丘の前に広がっている。その森に続く細い土の路を私はどうしても歩いて行きたくなった。

 

 森の中に入った途端、涼しい風が吹き抜けた。森の中は薄暗くとても静かだ。空を見上げると、銀色の光が薄く光っている。

 風が心地よく頬をなでて、回りを見渡すと、たくさんの種類の花々が咲きみだれていた。あまり見たこともない種類の花だったが、うっとり見とれてしまうほど美しい花々だった。

「なんて綺麗な森だろう」

 私は、今まで抱いていた不安や寂しさから解放され、暖かくて静かな幸せな気持ちに満たされた。

 

 ふと見ると、突然ルソーの絵の中に入り込んでしまったような特徴的な三角形の木々が並ぶ森が現れた。

そして、特に大きな濃い緑色をした木の下に不思議な動物がいるのに気がついた。

 ポニーに少し似ている。白と薄い灰色の斑があり、耳が大きくて尻尾がふさふさしている。何より一番の特徴は、目がとても大きくて、黒目はピカピカに光っていた。私を愛してくれているようなとても優しい眼差し。

 7、8頭のその動物がみんなで私をじっと見つめている。私もその目に吸い込まれるようにその愛くるしい瞳を見つめていた。空の薄い光や森の緑、そしてその愛らしい動物に、私はただただ見とれていたのだ。幸せを具現化したような、そんな風景だ。


 しばらくは森の中にいたが、いつまでもそこにいるわけにもいかず、名残惜しくはあったが、また村の方へと歩きだした。

 しばらくすると村の駅についた。私にはまだここがどこの国なのか分かっていない。

 私はこの街から出ようと思い、黄色いバスの行き先を調べて、知っている地名の行き先が書いてあるバスに乗ろうと思う。そこで、リヨン行きのバスを見つけ、フランスまでは遠いけれど、行くことが出来るのだと思いバスのチケットを購入した。


 先ほど出会った動物に優しく見つめられたことで、心の中は暖かいもので包まれていた。いつかきっと私を愛してくれる人に出逢えるのだと、そんな気持ちを持てるようになっていたのだ。

 

 駅の構内で、リヨン行きのバスを、心待ちにしていた。

そこからの記憶はない。現実の、今現在の自分の世界に戻ってきたからだ。

 

 あの国を歩いていた私は、果たして、どんな家に辿り着いたのだろう。愛する人にはめぐり逢うことができたのだろうか? そして、それは、どこの世界の家だったのだろう・・・。

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