第2話 時空への旅は続く 〜宇宙の謎〜

いくつかの時空を行き来して、旅を続ける。そう、私は今ここにいるが、時間の経過によっては、突然見知らぬ街にいて、呆然としている。しかし、必ず元の、いや、どこが元なのか分からないのだが、今いるこの世界に帰ってくる。もしかしたら、違う次元で生きる私は、やはりその世界に戻ると思っているのかもしれない。


 華やかな都会。

 街の大きな四つ角の交差点は、思い思いに着飾る人々で華やぎ、みな楽しそうに街を歩いている。

行き交う車のライトが街の光を溢れさせ、洒落た街燈を一層輝かせている。

 春めいた暖かな陽気で頬を撫でる風も気持ちが良い。いつの間にか夜の帳が下り、華やかな街燈が灯った。

 

 黒いたっぷりとしたレースのワンピース、黒いレースの手袋、その上から大きなダイヤの指輪をはめてお洒落をしている私は、この四つ角で何人かの人に混じって誰かを待っていた。

 ふと見上げると、大きな建物のアーチ型の突端部分に大きな時計がはめ込まれている。その時計はとても美しいもので、文字盤の周りには拳ほどの大きさのダイヤ、サファイヤ、ルビー、エメラルドなどが飾られキラキラと光り輝いていた。

 私はどういうわけか小型の天体望遠鏡を持っていて、その望遠鏡で時計を見ようと思った。

 時計の文字盤にピントを合わせた瞬間、私の体はもの凄いスピードで夜空に吸い込まれ、異次元の世界へと旅立った。


 輝く星が広がり、その中を私の体はゆっくり泳ぐように旋回していた。

先ほどまで着ていた黒いレースのワンピースは着替えていて、白いラバー素材のようなペランとしたつなぎを着ていた。頭もフードで覆っている。

 私にとっては宇宙はよく知っている空間なので、何もかも心地よくて、心から宇宙遊泳を楽しんでいた。

 体が回転した瞬間、私は宇宙船の中にいた。

 今回の異次元への移動は、何か心躍るような楽しいものであった。


 その宇宙船の客室は、回りが全てガラス張りで、列車の座席のように配置された椅子に何人かの人が座り、外の景色、つまり宇宙の様子を楽しんでいる。

私はなんて美しいのだろうと思っているのだが、あまり目新しい景色だとは思っていない。

 私はふたたび宇宙船から出て、ひとりで宇宙の中をゆっくりと泳ぐ。辺りはしんと静まりかえっている。私は果てしなく自由で、歓びに溢れていた。


 すると、突然目の前に巨大な青白い光の空間が現れる。その光からは、何か低周波のズーンとした音が聞こえてくる。宇宙の中では音はしないはずなのだが。


 光は透き通っており、その形はちょうど端の方を2.3回グルグル回した子どものストローのような形をしている。真っ黒な大宇宙を背景に神秘的な美しさを放っていた。

 私はこれこそが宇宙の謎を解くものであり、人類が発見した最高のものだと確信する。いや、知っていたという方が適切であろう。私はこの光の空間の謎を解明したいと、しなければいけないのだと思った。


 深い深い海の底。海底の中を泳ぐイルカ二頭。

私は深い海の底を泳いでいた。突然イルカ二頭が現れ、私を誘うようにしばらくゆっくりと泳いでいた。私は楽しい気持ちいっぱいにイルカの後をついて泳いでいった。

 それにしても、海の中で泳ぐことは、何て気持ちの良いことだろう。私は前世は魚だったと思うほどに、水の中にいることが心地よい。水の中で自由に体を動かして泳いでいると、心も身体も解放されたように感じるのだ。体を回転させたり、深く潜ったり、仰向けに体を横たえてじっとしたり、私は海の底で泳ぐ感覚を思う存分楽しんでいた。

 イルカは時々後ろを振り返りながらそんな私の泳ぐ姿を見ていた。遊んでいるように私を海底へと誘う。異次元の中なので海の中でも息は苦しくはない。私の体はあくまで自由で解放されているのだ。

そのうち、イルカはゆっくりと旋回を始め、泳ぐスピードを緩め、やがては体をピタリと止めた。

 私も泳ぐのを止め、イルカの姿を見つめていた。何か私に伝えたいことがあるのかしら。そんなことを感じたのだ。       

 

 イルカは頭を海面の方へ向け、尾は海底に向け、ちょうど立ち姿のような格好になった。

 イルカは高音域のギィー、ギィーという甲高い声を発した。

私はこの鳴き声を分析し言葉が分かれば、宇宙の謎を解き明かす、大きなヒントを掴むことが出来ると確信した。

 私は海の底を漂いながらしばらくイルカの鳴き声を聞いていたが、その謎を解明するより早く、私の体は違う場所へ飛んでいた。


 異次元への旅は続き、今度は私は古い大きな屋敷の中にいた。

 その屋敷のある場所が中国か日本かは定かではない。

何十畳もの黄ばんだ畳、四方を襖が囲み、襖には虎や鶴、松の大木が薄い茶色の筆で描かれている。私はその部屋から次の部屋へと進むために襖を開ける。どの部屋も同じように誰もいないし、何もないガランとした部屋。私は次々に襖を開け、奥へ奥へと進んでいった。

幾つかの部屋を通り過ぎ一番奥の部屋の襖を開けた。


 そこは夥しい数のフラスコ、試験管、色とりどりの煙を出している液体、濾過器、バーナー、埃の積もった分厚い蔵書などが、所狭しと置かれている時代錯誤的な実験室であった。私はなぜかそこを知っていたし、ここに来ればあの宇宙で見た、青白い光の謎を解明する事ができると分かっていたのだ。


 その奇妙な部屋の真ん中に、白衣を着た醜い老婆が立っていた。

手には試験管を持ち、ほとんど白くなった結い上げた髪はほつれ、顔は深く刻まれた皺と大きなホクロが目立つ。私を待っていたかのように、鋭い眼光で私をじっと見つめている。

 その老婆を知っていたのかどうか、定かではないが、私は老婆にあの宇宙の謎を知るにはどうしたらいいのかと尋ねる。

 老婆はにやりと薄気味悪く笑って、この部屋をずっーと歩いていくと、一番奥の部屋に、その謎が書かれた本があるよ、と言う。

私はこの屋敷の一番奥の部屋はここのはずなのにと首をかしげるのだが、実際その奥にも部屋が続いていた。

私はどんどん奥へ進んだ。


 そして、何枚目かの襖に手を触れた瞬間、私は数学の授業をしている教室に座っていた。教師が教壇の前で何かを喋っている。

 みんなは、数学の教科書を開いている。そして、私はと言えばまさしくあの謎を知り得る蔵書を机の上に開いている。ページをめくっていくと、宇宙で見た青白い光の空間と全く絵が出ているではないか。

私はその絵の下に書かれた説明を夢中で読もうとする。

しかし、どうしてもその時にピントが合わない。頭を近付けたり離したり。

でもどうしても時が読めないのだ。

 私は今まさに、宇宙の謎を知る事が出来るというのに、なぜ、本を読むことが出来ないのだと、焦りと苛立ちと、そしてそんなに簡単に真実を知ることは、やはり出来るはずもない事なのだと、自然に納得した。


 宇宙遊泳をしていた時の、あの自由で開放的で歓びに満ち溢れる感覚は、現実の世界ではなかなか経験したことがない感覚なのだ。異次元の、夢の中のもうひとりの私は本当に宇宙を彷徨ってきたのか。そのことは容易に信じられるものではないが、あの開放感と歓びは生々しく心に刻まれているのだ。


 異次元空間への旅の間は、不思議なことも普通ならば納得できないことも、当たり前のように受け入れることが出来る。それこそが、私にとって必要な感覚のように思う。

常識や概念に囚われない、自由な発想や体感。人の想像力は、果てしない力を持つのだろう。

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