ピアスを無くしただけなのに
大隅 スミヲ
ピアスを無くしただけなのに
今日、ピアスを買った。
どこにでもあるような雑貨店だった。
たまたま前を通りかかった時に、誰かに呼び止められたような気がして足を止めた。それが雑貨店の前だった。
「いらっしゃいませ」
店内に足を踏み入れると、女性店員が出迎えてくれた。化粧っ気のない、青白い顔をした店員だった。顔を見るかぎりでは20歳ぐらいに見えた。
いろいろな雑貨が店内に所狭しと置かれている。その中で、なぜか私はピアスに心を惹かれた。棚に飾られた色とりどりのピアス。形も様々なものがある。
手に取ったのは、どこにでもあるような小さな飾りの付いたピアスだった。
いま思えば、どうしてこのピアスを手に取ったのかも疑問が残る。
「つけていきますか?」
ピアスの代金を支払う時に店員が言った。
私はなにも考えずに無言でうなずくと、店員から包装を解いたピアスを受け取った。
鏡の前に案内され、鏡を見ながらピアスをつける。元から穴は空いていたため、すんなりとピアスをつけることはできた。
「よくお似合いですよ」
店員の声がした。振り返ると、すぐ後ろに店員が立っていた。
気のせいかもしれないが、鏡に店員の姿が映っていなかったような気がした。
「絶対に無くさないでくださいね。はずしちゃうと――――」
店から出ていく私の背中に、店員が何かをいった。最後の方は小さな声だったため、はっきりと聞き取れなかった。
ちょっと気持ち悪いと思ったが、新しいピアスを買ったことで気分が上がっていた私は気にしないことにした。
店から出ると肌寒さを感じた。午後からは雪が降るかもしれないという予報だった。
大通りを挟んだところにある公園では、お祭りが開催されていた。
お好み焼き、イカ焼き、じゃがバター、ポップコーンなど様々な屋台が出ている。
私はその賑やかな雰囲気に誘われて、公園へと足を向けた。
公園には大勢の人が集まっていた。
大道芸人なんかもいてジャグリングを披露したりしている。
小腹が空いていたのでポップコーンを買うことにした。
購入する際にくじを引いて、特大ポップコーンが当たった。まるで大きなバケツのような特大容器に入ったポップコーンはひとりでは食べきれないほどの量が入っていた。
なんだか今日は運が良かった。
公園に行ったら、お祭りがやっているし、ポップコーンも特大が当たった。
もしかしたら、このピアスのお陰かもしれない。
ポップコーンの容器を両手で抱えながら歩いていると、左の耳に違和感を覚えた。
なんだろう。
そう思って、ポップコーン容器を右手で抱えながら、左耳に手を当ててみる。
「あれ?」
思わず声を出してしまった。
さきほどまであったはずのピアスが左だけ無くなっているのだ。どこかで落としてしまったのだろうか。
買ったばかりなのに。
私は腹立たしく思いながら、ポップコーンを頬張っていた。
喉が渇いた。ポッポコーンばかり食べていたので口の中の水分が奪われてしまったのだ。自動販売機を探し、通りの向こう側にあるのを発見した。
信号のある交差点を渡る。
ポップコーンの山が邪魔で、よく前が見えず、足元を見ながら歩いていた。
どこかから声がした。
「あぶないっ」
私が最期に聞いた声だった。
信号を赤で渡っていた私は、大型トラックに撥ねられていた。
薄れゆく意識の中で、あの雑貨屋の店員の言葉がよみがえってきた。
「つけて生きますか」
「絶対に無くさないでくださいね。はずしちゃうと、あなた死んじゃいますから」
天気予報では、午後になると雪が降るとのことだった。
アスファルトの上に横たわる私の目の前には、雪じゃなくてポップコーンが降り積もった。
ピアスを無くしただけなのに 大隅 スミヲ @smee
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