化け猫は鳴きやまない。

真•ヒィッツカラルド

【化け猫は鳴きやまない】

暇な今日この頃、俺は家の周りを昼間っから散歩していた。


何故に昼間っから良い大人が散歩なんぞしているのかと言えば、先月の話である。


十年勤めていた会社が無惨にも倒産したからだ。


今は失業保険を貰いながらユルユルと過ごしている。


あまりダラダラしていると癖になるから、そろそろ新しい仕事を探そうかなって思っているのだが、やはり怠惰に飲まれて町内をブラブラしているだけな訳である。


「はあ~、俺、何してるんだろ……」


散歩である。


分かりきっているのだが、仕事をしないで呑気に暮らしていて良いのだろうか?


失業保険が月に14万ちょっと入って来る。


独身だから、これで十分に生きられるのだ。


でも、働かずにお金を貰っていると、人間って直ぐに腐るんだな。


分かっているが、やめられない。


俺は近所の公園に到着すると、木製のベンチに腰かけた。


タバコを咥えて火を付ける。


誰も居ない静かな公園だ。


子供だって学校に行ってる時間帯だろう。


そりゃあ、人も居ないよね。


静かだ……。


俺はタバコの煙を青空に向かって吐き捨てる。


その時であった。


何処かから猫の鳴き声が聞こえて来た。


絶えることなくニャーニャーと鳴いて近付いて来る。


「猫か……、どこだ?」


俺が辺りを見回すと、公園の入り口から白い猫がニャーニャーと鳴きながら入って来た。


猫は鳴いているが俺を無視して真っ直ぐ前を向いたままだ。


少し痩せた白猫だな。


でも、毛並みは綺麗だ。


ちゃんと風呂に入っているようだな。


首輪をして無いが、飼い猫なのだろうか?


それにしてもニャーニャーと五月蝿い猫だな。


鳴くのを止めずに一人で鳴き続けている。


「なんだ、この猫は?」


俺は猫を呼んでみた。


「おい、猫、なんで鳴いてるん?」


白猫は俺の声に反応して足を止めたが、尚も鳴き続けていた。


俺を見ながらもニャーニャーと鳴き続けている。


なんだろう、この白猫は鳴き止まない。


俺のほうを見ながらずっと鳴いてやがるぞ。


公園に入って来る前から鳴いてるよな。


頭のネジが緩んでるのかな?


あっ、こっちに鳴きながら寄って来た。


俺の足に身体を擦り付けながら鳴き続けている。


「お前、小五月蝿いけれど人なつっこいな」


あっ、そうだ。


俺はズボンのポケットからパチンコの景品で貰ったサラミの摘まみを取り出した。


「サラミ、食うか?」


白猫は俺を見上げながら鳴き続けている。


そして、俺がサラミの袋を剥き始めると、白猫はヒョイっとベンチの上に飛び乗った。


白猫は俺を見上げながら鳴き続ける。


俺はサラミを白猫にやらないで自分で食べ始めた。


ちょっとした意地悪だ。


「案外と美味しいな、このサラミ」


白猫は鳴きながら俺のズボンを甘爪で引っ掻いた。


物欲しそうに俺を見上げながら鳴いている。


「分かったよ、やるよ」


俺は白猫にサラミの余りをやるとベンチを立った。


ベンチの上では白猫が鳴くのを止めてサラミに囓り付いていた。


「やっぱり食う時は鳴かないのね」


俺はサラミを咥える白猫を両手で持ち上げると股間を確認した。


「立派なキャン玉が付いてるな。お前、雄か」


確認を終えると俺は白猫を下ろしてやった。


まだ、白猫はサラミをモグモグと食べている。


俺は白猫を一撫ですると黙って公園を出て行った。


まあ、そんなに猫なんて好きじゃあないしね。


俺はどちらかと言えば犬派だ。


てか、動物がそんなに好きくない。


だから何時までもかまってられない。


俺が少し歩くと公園の中から再び猫の鳴き声が聞こえ始めた。


どうやらサラミを食い終わったようだな。


「さて、アパートにでも帰るかな」


俺は散歩を終えて自宅である安アパートに帰った。


俺が住んでいるアパートは、築五十年は経つボロアパートだ。


十畳一間で台所は一緒、トイレとお風呂は付いている。


でも、隙間風が少し寒い。


年齢的には俺より年配のボロアパートである。


独身で彼女無しの無職が住むには丁度良い物件だった。


こんな寂れたアパートに住んでるから女の子にもモテ無いのだ。


だから再就職できたら、もっと綺麗で新築のマンションに住みたいと考えている。


まあ、理想だけれどね。


──に、してもだ。


結婚したいな~。


それよりも彼女を作るのが先かな~。


もう俺も三十歳だよ。


嫁さんの一人や二人欲しい年頃である。


あっ、日本は一夫多妻じゃあないから二人は100%無理か~。


こんなことを言ってるから女の子にモテないのだ。


それに今の時代だと差別だっていろんな人に怒られちゃうよ。


反省反省……。


「さて、そろそろ夕飯にでもするかな」


俺は冷蔵庫からシャケの切り身を取り出して塩を降ってからグリルで焼いた。


そして、御飯を盛り付けると卓袱台に並べる。


今日の晩飯は、シャケの塩焼きとインスタントの味噌汁だ。


貧乏だから、これだけで我慢である。


「いただきます……」


俺が手を合わせて神様に感謝を述べると、誰かが玄関の扉をトントンとノックした。


「誰だよ、こんな時間に?」


俺は文句を言いながらも箸を卓袱台に置いて玄関を目指す。


「どちら様ですか~?」


また隣の部屋のおばちゃんが、お醤油でも借りに来たのかな?


俺が扉の前に立つと、扉の向こう側から声が聞こえてくる。


「開けてください、開けてください……」


聞き覚えのない若い女性の声だった。


何やらぶつくさ言ってるな。


ちょっと不気味だぞ……。


警戒する俺はチェンロックを嵌めてから扉を開けた。


「開けてくれてありがとうございます」


誰だろう?


知らない女性だった。


肩まである長い髪に、白いワンピース。


ちょっと痩せている冴えない女性だった。


美人と呼べるほど美人でもない。


「どちら様でしょうか」


女性は寂しそうに述べる。


「もうお忘れになりましたか?」


もう、だって?


俺はこの人に出会ったことがあるのかな?


もうと言われるほど最近の記憶では、出会った覚えは無いぞ。


まさか、危ない感じの女性なのかな……。


宇宙の何かと交信しちゃう系の女性なのかな?


俺は警戒しながら問う。


「ええ~っと、どちらかでお会いしましたか?」


女性は俯きながら答えた。


「今日、公園で、サラミを頂いた白猫です」


「えっ、あの白猫の飼い主さんでしょうか?」


「いいえ、違います。あの白猫本人です」


あ~、やっぱりDQNだ。


これは関わらないほうがいいだろう。


「そうですか、白猫本人ですか、じゃあお休みなさい」


俺は玄関の扉を閉めた。


ちゃんと鍵をロックする。


「さて!飯でも食うか

……」


俺は踵を返した。


「ニャーーー! 本当です、本当に、あの時の白猫ですニャーー!!」


玄関の外で女性がヒステリックに叫びながら扉を爪で引っ掻いている。


語尾にニャーを付ければ猫になれると考えてやがるのかな。


もう浅はかで胡散臭いだけじゃあねえか……。


俺は閉じられた扉に向かって怒鳴った。


「嘘つけ! お前、何処かで見ていた変態だろ!!」


「違います! 変態でも有りません! 恩返しに来た、ただの白猫です!!」


「なんで猫が恩返しに来るんだよ!?」


「お腹が空いているところに、サラミを恵んで貰ったからですよ!!」


「じゃあ、サラミぐらいで恩返しとかいいから、もう帰れよ!!」


「そうは行きません、私は恩返しを誓ったのです。絶対に恩返しするまで帰りませんよ!!」


「恩返しの押し売りか!?」


猫女は叫びながらガリガリと扉を引っ掻いていた。


五月蝿いし、扉がボロボロに鳴りそうだ。


俺はチェンロックを付けたまま扉を開けた。


「扉をガリガリすんな。恩返しなんていいから早く帰れや。五月蝿くすると近所迷惑だろ!!」


「じゃあ部屋の中に入れてくださいよ!!」


「なんで部屋の中に入れないとならねえんだ!!」


「寒いんですよ。それにお腹も空いてるんですよ。今、晩御飯中でしたよね! 私にも食べさせてくださいよ!!」


「なんだテメー。恩返しとか抜かして、実は晩飯をたかりに来たのかよ!!」


「晩飯はただの口実です!!」


「恩返しが口実だろ!!」


「いいからこのチェンロックを外して中に入れてくださいよ!!」


「入れられるか!!」


「魚を焼いたのは匂いで分かってるんだぞ!!」


「やっぱり餌をネダリに来たんじゃあねえか!!」


「じゃあ御飯を食べさせて貰う代わりに、色々サービスするからさ!!」


「何がサービスだ! お前、キャン玉が付いてたよな! 雄だよな! なんで女の格好してるんだよ!なんのサービスするんだよ!!」


「18禁なサービスに決まってるだろ!!」


「すんなよ! やっぱりお前は変態だな! お前は雄だろ、俺も雄だぞ!!」


「何、差別!? 猫差別ですか!?」


「猫とか犬とかの問題じゃあねえよ! 俺はノーマルだから無理なんだよ!!」


「男女差別も反対です!!」


「これは男女差別とかの問題じゃあねえだろうが! 雄同士の問題だろ!!」


「じゃあ何もしないから、とりあえず部屋に上げてよ。外は寒いんだからさ! お腹も空いてるんだからさ!!」


「寒くて腹が減ってるなら飼い主のところに帰れよ」


「私には飼い主なんて居ないわよ! フリーの一匹狼なんだからさ!!」


「狼じゃあねえだろ、猫だろ!!」


「猫の揚げ足取ってんじゃあねえぞ! いいから部屋に上げて飯を食わせろや!!」


「やっぱり餌をたかりに来ただけじゃあねえか!!」


「家なき子なんだからしゃあねえじゃんか!!」


「なに、お前、俺に飼われたいのかよ!!」


「えっ、なに、飼ってくれるの!? 毎日餌をくれるのか!?」


「飼うか! テメー見たいな頭のネジが緩んだ五月蝿い化け猫を飼うかよ!!」


「ひでー、やっぱり差別するんだ~」


「差別じゃあねえよ、区別だ!!」


「分かったよ、もう帰るから、代わりに焼き魚だけ頂戴」


「なんでだよ!!」


「焼き魚をくれたら大人しくかえるからさ、頂戴」


「分かったよ、焼き魚をくれてやるわ!!」


俺は卓袱台に戻ると晩飯の焼き魚を鷲掴んだ。


そして、玄関には進まず、反対側の窓を開けると焼き魚を遠くに投げ捨てた。


「ほら、欲しけりゃあ取りに行け、Go!!」


「うわ、ひでぇ! 犬扱いかよ!!」


白い女風雄猫は、扉の前を離れると投げられた焼き魚を追いかけて走って行った。


「二度とくんな、この化け猫が!!」


「覚えてろ! 取り憑いてやるからな!!」


その日から寄るになるとアパートの周りを猫がニャーニャーと絶えず鳴きながら徘徊するようになった。


俺はこうして鳴き猫に取り付かれたのである。


アイツは祓っても無駄だろう。


普通の化け猫じゃあ無いからな……。


DQNだ。


だから、絶対に再就職したら、遠くに引っ越してやる……。


あれから半月後、俺は近所の会社に再就職できた。


ネジを作っている小さな町工場である。


そして、初出社の昼休みのことであった。


「そろそろ昼飯にしようか~」


「はい、工場長~」


俺たちが休憩室で弁当を食べていると、工場長が皿にミルクを盛って玄関前に置いた。


「工場長、なんすか、それ?」


「猫の餌だよ。最近な、野良猫が工場の周りを彷徨いててな。餌をやらないと五月蝿いんだよ」


まさか……。


「いつもニャーニャーと鳴いててな、お腹がいっぱいになると何処かに行ってくれるんだ。餌をやらないと、ずっと鳴き続けて五月蝿くて堪らないんだよね」


「な、なるほど……」


分かったぞ。


アイツが小五月蝿く鳴き続けるのは、これが目的だったのか……。


新手の生存術なのね……。


サラミを施した俺が間違いだったのか……。



【終わり】

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