最終話 竜の主は、導かない


 倉庫へと向かう道中、フィンスはコールの視線に気付いた。

 それは呆れているのか。それとも危ない橋を渡る主への心配の現れなのか。

 ともかく、何らかの感情を含んでいた。


「私は手を出さないからね。しっかり守りなさい」

「──チッ。力があるのに手を貸さねぇってのか」

「おや? それを、君が言うのかい?」

「! ……っ」

「ずいぶんヒトらしくなってきたな、コール。

 分かってきただろう? ヒトは、置かれた状況や立場によってもその身の振り方が変わるんだ。単純なようで、複雑な生き物なのだよ。面白いものだね」


 過去、決してヒトに力を貸すことのなかった黒竜──コールは、「なるほど、な」となにかを理解したようだった。




「フィンスさま、ほんとうに一緒に行かれるので?」


 王国の北へと向かう街道。

 王都ルブランはウィルブラント王国の中央より、やや北に位置している。

 北へと向かう商隊は他の地方と比べ多くあり、同時に盗賊の主な標的とされた。


「すまないな、世話をかける」

「い、いえ! あたしらはいいんですけどねぇ。その、」

「心配するな、自分の身は自分で……と言いたいところだが。コールがいるから、大丈夫だ」

「彼が、あの」

「腕は確かだ、頼りにしてくれていい」


 コールに会ったことがない者でも、彼の名は商会内ではよく知られていた。

 これまで幾度とフィンスを救ってきた者。

 最も有名な話は、生き残ったのがフィンスとディーゼだけだった、あの日の話だ。

 もう一人の護衛、ユハには妹についてもらっていた。


 王国の北に位置する国には、過去に青竜が力を貸したと言われる地がある。

 青竜はその昔、落雷による山火事を鎮めるために大雨を降らせた『水』を司る竜といわれている。

 周囲は水源が豊富な土地となり、恵みを利用して一帯はさまざまな作物に恵まれた。

 あるいはそこで育った繊維をエルランド商会が買い付け、加工し、今度はそれを売り込むこともする。

 フィンスの主な取引ルートも、北側にある。

 今回は、なぜか道を変えても盗賊が頻発しているという一帯を視察する。


「フィンスさまの指示通り、あえて数名は捕らえず泳がせていますが……。やはり、装備など見る限り同じ連中みたいですね」

「冒険者の人数は増やしたか?」

「はい。ラディアス様に掛け合ってくださったおかげで、予算が増えました」

「ならいい。商品はともかく、お前たちになにかあってからじゃ遅いからな」

「っ! フィ、フィンスさま……!」

「人たらし」

「コール」

「冗談」


 狙って人心掌握をしているわけではないが、それでも仕事が円滑に回る手段を講じていると、自然とフィンスには人望が集まっていた。




 一行は、盗賊の出没が確認される区域に入る。

 列を成して進む5台の荷馬車は、間の3両に2人。

 先頭と最後尾の車両には、4人の冒険者が守りについた。

 フィンスとコールは2両目に乗っていた。


 魔物は意外なほど一度もでてこない。

 変化しても滲み出る、コールの威圧に怯えているのかもしれないな。とフィンスは考えた。


「──て、っ敵襲―!!」

「来たか」


 さほど気にしていなそうに、コールは言う。


「出番だぞ、コール」

「人使いの荒い主どのだ」


 と言いつつも、すでに臨戦態勢をとっているコール。


「で、どうすりゃいい?」

「私にずっと着いている必要はない」

「へぇ?」

「君がいたのでは、やつらも私に手出しがし辛いだろう」

「やっぱあんた、『ふつう』じゃねぇよ」

「ふむ。言われてみれば」

「目の届く範囲にいりゃ、なんとでもなる」

「そうか。ならばここから動かないことにしよう」

「そうしてくれ」


 言うと、コールは馬車から降り立ち迎撃に向かった。


「敵は10人」


 ちらりと荷台から外を覗く。

 商会側の冒険者たちもコールに続き応戦していた。


 コールは魔力の属性。その一つである『闇』を司る竜らしく、闇魔法が得意であった。

 が、多用すれば目立ち過ぎるため、剣を主に使用している。

 騎士のように訓練された太刀筋ではないが、それがコールの想像を超える身体能力とよく合っていた。

 盗賊は予想できない素早い動きに翻弄され、次々と倒されていく。


 増員する前は、冒険者を最大で8人雇っていた。

 それを見越して盗賊側も10人編成で襲ってきたわけだが。

 今回は冒険者だけでも総勢14名。加えてコールもいる。


 盗賊がいかに手練れだったとしても、荷を強奪することはできないだろう。

 そうフィンスが考えていると、一人の盗賊がなりふり構わずこちらに駆けてくるのが見えた。


「ほう。荷よりも、私……か」


 やはり。

 彼らは兄が雇った者どもだろうとフィンスは確信する。

 盗賊であれば、なにより『稼ぐ』ことが目的のはず。

 まして冒険者で固めた商隊。彼らはそう易々とやられはしないのだから、荷を奪うだけ奪って撤退するのが筋だ。

 だが向かってくる者は、明確にフィンスを狙いにきていた。


(仕方ない。魔法を使う……か)


 使う分には問題ない。

 こちらの世界でも魔術師という存在がいて、訓練すれば魔法は扱えるもの。

 冒険者の間でも、パーティによく編成される者たちだ。

 だが問題は、その訓練だ。


 なぜ魔法を扱えるヒトが、竜にすがるのか。

 それは、魔力量、センス。あらゆる理由があれど、例えば魔物と対等に戦えるほどの魔法を顕現させるには約10年。

 平均的に、それほどの時間を要するとされた。

 力の制御を考え、魔法の修行は10歳を超えてから。


 この場を切り抜けるような魔法を扱うには、フィンスは若すぎるのだ。


 さて、どうしたものかとフィンスは考える。

 その間にも冒険者の眼をすり抜けた一人の盗賊は迫ってくる。


 ──来訪者はきちんと出迎えねば。

 ──いや、派手すぎてはダメだ。

 ──低出力。なら、地形を利用せねば。


 一人で脳内の会議に追われていると、


(……? 魔力が)


 まだ、自分はなにもしていない。

 それなのに、フィンスはなぜか感じたことのない。しかし、よく知っているかのような魔力が己の内を駆け巡った気がした。


「──チッ!」


 不思議に思っていると、コールが珍しく慌てた様子でフィンスへと駆け寄ってきた。

 ──かと思えば、勢いよく抱き寄せられ、フィンスはコールの厚い胸下あたりに顔を押しつぶされることとなる。


「…………??」


 状況がまったく掴めない。

 いくら思考を巡らせても、コールがそうする意味が分からない。

 鼓動と熱が伝わるものの、妙に現実味を帯びていない。

 フィンスにしては珍しく、思考停止に陥った。


 すると、巡っていた心地よい魔力は外に放たれた。

 それらはフィンスの影から、無数の手を伸ばすかのように目前に迫っていた盗賊を拘束しそのまま他の冒険者のところに運んでいった。


「マジか。よりにもよって、瞳に出やがったか」

「瞳?」


 そこに変化をきたしているのでは、フィンスには確かめる術がなかった。


「この、私を護る不思議な魔力と、瞳の変化には関係があるのかい?」

「……オレの魔力だ」

「! なるほど。竜にとって力を貸すとは、文字通り……竜の魔力をヒトに貸し与えるというわけか。それで、竜の司る属性の色をヒトが持つのだな」

「チッ。あいつらに話、きいときゃよかったか。こんな風に出んのか」


 フィンスにとって、また一つ新しい発見であった。

 前世ではヒトの持つ魔力そのものに、属性という概念はなかった。

 いうなれば、ヒトの持つ『無』属性で、世界に満ちる『有』属性の魔力に干渉し、それを操る。あるいは精霊に『詠唱』をもってその場にない属性を借りる。

 だからなのか、前世で『色』に固執するような文化はなかった。


 自身を巡ったあの感覚は『闇』属性の魔力だという。

 元大魔導師にとっても、初めての経験であった。


(ということは、ウィルブラント王家にも。……いまだ赤竜の魔力が受け継がれているということか?)


 こちらの世界においては、竜の魔力は強大で。その力を御すことはほぼ不可能。

 それが持ち主に影響を与え、元のものとはちがう『色』をもたらすのも無理はない。

 しかし伝説で竜の魔力を授かるには、竜の鱗や血といったものを体内に摂らねばならないと。そうなっていたはずだ。フィンスには覚えがない。


(伝説は伝説……か)


「興味深いね」

「……そうかよ」

「私のいた世界には、精霊たちはいたけれどね。竜は……私の知る限りいなかったな」

「精霊たちは、彼らの世界にいる。オレたちは、彼らとヒトとの、狭間の存在だ」

「はざま……。コール、竜とはいったい──」

「別に、大したもんじゃねぇよ」


 コールは言いたくないのか。

 もしくは、彼らにも分からないのか。そんな態度を見せた。


「フィンスさま~! ご無事ですかー!」

「げ」


 盗賊の制圧が終わったらしい。

 白髪の、商隊長が向かってくるのが見えた。

 今フィンスの瞳の変化を見られたのでは都合がわるい。

 コールはフィンスを胸元へ押さえつけたまま、言葉を紡いだ。


「お、おい。こいつは……その、だっ大丈夫だ」

「そうですか! よかったよかった。

 ……? フィンスさま、具合がわるいので?」

「いっ、いや! ちょっと疲れてるだけだ」


 なぜかすべてに受け答えするコール。


「そうでしたか。戦いの場は慣れないでしょうから。ささ、どうぞ。すぐに茶を淹れますので、荷台の中へお入りください」

「こいつはっ、平気だ!」

「? そ、そんなに必死に、どうされたのです?」


 商隊長は鮮やかに剣を振るうコールの姿を見たばかりだからか、その慌て様には心底不思議そうだ。


「だッ、だれが必死だぁ!?

 ……あ、いや。おっ、落ち着いたら、すぐに向かう。先に、行ってて……くれ」

「? え、ええ。では、フィンスさま。のちほど」


 コールが珍しく慌てふためいていると、腕の中に在るフィンスは肩を揺らして笑っていた。


「お、おい!」

「────いやぁ、面白いものを聞けた。君も慌てることがあるのだなぁ」

「ば、バカにしてんのか!?」

「いいや、褒めているのだよ」


 初めて会った時のことを思うと、ずいぶんと心を開いてくれたなとフィンスは思う。


「おや、フィンスどの。ご無事でしたか」


 そこへ、今度は先頭の荷馬車を護衛していた冒険者が通りかかった。

 すでにフィンスはコールの胸元より顔を露わにしている。


「──ッ、フィンス!!」

「そんなに慌ててどうした、コール」


 さきほどコールが見たのは、間違いなく漆黒の瞳。

 宝石のような青いフィンスの瞳を変えたのは、黒竜として彼を守るべきと判断したコール自身の魔力だった。

 それなのに、大人びたフィンスの瞳はいつものように青く美しい。


「? そんな、はずは……」


 フィンスは、まるでイタズラが成功した子供のような笑みを見せた。


「おかげ様で、このとおり無事だ。

 しかし、油断はしないよう。ひとまず体勢を整えようか」

「ええ。……にしても、フィンスどのはお若いのに。落ち着いていらっしゃる」

「なに、慣れているのでな」


 何事もなかったかのように振る舞うフィンスを、コールは黙ってみているしか出来なかった。

 冒険者が立ち去ると、早速コールは問い詰めた。


「──どういうことだ?」

「どうにもこうにも、教えてくれたではないか。竜の与える力とは、そのままの意味。竜の魔力。で、贈る色とは魔力の属性によってもたらされるものだと。

 君は私の瞳を他者から隠したのだから、そこに色が出たのだろう? きれいな、漆黒だったか? ……ということは、君の魔力をもとの私の魔力で抑えればよいわけだ。……ちがったか?」

「──! い、いや。理屈は、そう……だろうが」


 つまりフィンスは、黒竜であるコールが与えた闇属性の魔力。

 それすら己の中で掌握したということ。

 この世界において、フィンスに敵う魔術師はいないのと同義だろう。


 コールはこれで理解した。

 元『大魔導師』の強さの原動力。

 重ねた知識の数や、魔力への深い理解もあるだろう。

 それ以上に、好奇心。探究心。

 知らないことを、知りたいと願う純粋な心が、フィンスをより一層強くしているのだと。

 そして理解し、応用する力はやはりヒトの中でも抜きんでて優れている。


 魔力に限ってではない。

 『ふつう』を目指すうえで欠かせない、ヒトの持つ感情。

 それを理解し、掌握して、自身の力とすること。

 商人という立場になっても、フィンスの強さの原動力はあらゆることへと役立つのだった。


「しかし、名を呼ばれるのはいいものだなぁ? コール」

「……性格わっりぃな」

「まさか、そんな」

「あんたヒトのいう『腹黒』ってやつだろ」

「私はただ、ヒトとして健気に任務を遂行する黒き者に敬意を表しているだけだよ。

 これからも、しっかりと務めておくれ」

「……チッ。まぁ、あんたがそう望むんなら……そうするだけさ」

「殊勝なことだな」

「言ってろ」


 コールにとって、フィンスをただのヒトの枠に収めることは不可能であった。

 でなければ、コールは己を竜と認めるわけにもいかなくなる。


「なぁコール。私たちヒトは、名を呼ばれて初めて『個』として認識される。だがな。力ある者であれば、力自体が一つの個性となって……周りの者は、その者がなにを思い、なにを考えているのか。そういったことまで、考えが及ばぬのだろう。その力を通してでしか、相手を見られない。というのか……」

「……」

「あちらでは、最期まで『大魔導師』として認識されていたよ」

「……あんた、なんて名前だったんだ?」

「ふふ。それはもう、必要のない情報だね。私はフィンスとして、君を雇っているのだから」

「あーそうかよ」

「だが、……そうだな。

 共に来てくれて、私もずいぶんと楽しませてもらっている。感謝するよ」

「竜使いの荒い主だな」


 しかし言葉とは裏腹に、コールの表情はうっすら笑みすら浮かべていた。



 ◇



 アーディは焦っていた。

 自分の思惑とは、ことごとくちがう方向へと物事が進むことに。

 フィンスが16歳になってしまえば。

 父ラディアスが指名せずとも、エルランド家当主の座に相応しいのはフィンスだと周りは騒ぎ立てるだろう。

 仮にアーディが指名されれば、商会から離反する者も現れるかもしれない。

 あるいは、キレ者のフィンスがこれまでの復讐を仕掛けてくるかもしれない。


 そんな妄想で、アーディは頭の中が埋め尽くされていた。


「──兄様」

「っ! フィ、フィンスか」

「……」


 屋敷のエントランスで右往左往しているアーディに、フィンスは声を掛けた。

 アーディはいつも、伴って現れたコールには興味のなさそうな視線を向けられる。

 だが今日はどこか、冷徹な。感情を含んだ視線を寄越されていた。


「何度も申しますが、ご理解頂いてないようですので……改めて。

 私は、エルランド商会を継ぐ気はありませんよ」

「……どうだかな」

「なぜです」

「お前の言うことを、信じろと?」


 『信頼』。

 フィンスは、密かに心が震えた。

 これだ、と。

 まさに自分が見たかった『ヒト』の感情が入り乱れる光景。

 この状況に満足していた。


 確かな『なにか』をもってして争うのではなく。

 個の考える、あらゆる可能性に一喜一憂する様。実に、『ふつう』のヒトらしかった。


「あんた、なにが不満なんだ?」

「……口の利き方には気を付けろ」

「オレの主は、こいつだ。別にあんたを敬う必要は、オレにはない」

「せめて名前で呼びなさい。……まったく」


 しかしどこかフィンスの表情は明るかった。


「兄様。一つだけ忠告しておきます。

 ご苦労なことに、私の阻害に多くの資金を投じているようですが……無意味です」

「──っ! な、なにを」

「バレていないとお思いですか? 昔から得意でしたでしょう。あなたの母を喜ばせるために、邪魔者を排除することは」

「や、やはり! 復讐か!?」

「復讐?」

「そんなくだらんことに、こいつが時間を使うわけないだろ」

「くだらない、だと?」

「ええ。私は……、母や従者たちのこともあって。たしかにあなたによい感情を抱くことはできませんが。だからといって、あなたに時間を割くほど暇ではないんです」

「ッバカにしているのか!?」

「こちらのセリフですね。継ぐ気はないと言っている私に、必要以上の時間を投資するあなたは……たしかに商人向きではないようです」

「!?」

「私はただ、自分というものを精一杯生きることに忙しいだけですよ。商売も楽しいですし、部下や……コール。ユハといった者と、新しいことに挑戦することが面白いだけです」


 それは自然と、飾らない言葉として口からでるほど、純粋にフィンスが感じていることだった。


「そして、あなたの阻害は私になんの意味ももたらさない。……ただ、」


 一呼吸おいて、フィンスは明らかに雰囲気を変える。

 まるで、次の言葉には心せよ。そう言うかのように。


「妹に、……ディーゼになにかあれば。ただでは済まないでしょうね」

「──ッ!」


 アーディは、フィンスの醸し出す雰囲気に飲まれる。

 いつもの他者を気にも留めない様子とは打って変わって。

 それをすれば本当にただでは済まないと。アーディは、念を押されている気がした。


「彼女を追いだすための策を講じているようですが。……そのようなことをされるのでしたら、私も考えを改めなければなりません。

 彼女には、彼女が望む人生を送ってほしい。……私たちから母を奪ったあなたに、それを邪魔する権利はないはずですよ?」

「そ、それはっ──!」


 継母やアーディたちは、フィンスたちを襲った事件。公式にはあの首謀者ではない。

 が、アーディの反応を見れば分かることであった。


「……ま、仮にこいつになんかするつもりなら。オレも全力でこいつを守るだけだ。

 オレの主は、この商会でもなければ、あんたでもないからな」

「くっ!」

「では兄様、そういうことですので。

 ……あ、そうそう。仮にも商会のお金です。無駄にはしないよう、お願いいたしますね」


 にっこりと。

 いつもの調子で微笑めば、フィンスは未だ虚空を見るアーディを置いて自室へと戻った。



 ◇



「──容赦ねぇな」


 自室に戻ったフィンスに次いで、部屋に入るなりコールは声を掛ける。


「そうか? これでも、やさしい方だろう。彼らがやったことを考えれば……。私は商会を継いで、彼らを追放することだって出来るのだから」

「まぁ……」

「君には、家族はいないのかい?」

「いねぇなぁ」

「そうか。なら、分からないのも無理はない」


 竜にとって大切なものとはなんだろう。

 そうフィンスは思った。


「……それより、その」

「うん?」

「もう、瞳の色は……変わらないのか?」

「どうだろうね。一応、原理は理解したから。変わらないとは思うけれど。

変わったら、変わったでいいんじゃないかい?」

「はぁ!?」

「その時は、その時さ」


 フィンスは初めてコールと出会った時を思い出していた。


「君、初めて会った時は……金の瞳だっただろう?」

「あ?」

「どうして、ヒトに変化する時に変えたんだい?」

「べ、べつに……意味は……ない」

「ふぅん? ヒト以上に色に意味を持たせる、竜が?」

「なにが、言いたい?」

「ヒトはそれを、『お揃い』と呼ぶそうだよ」

「……なんだそれは?」

「さぁ。ヒトが示す、所有の証だろうか。

 君たち竜だって、ほら。同じ色を与えるじゃないか」

「いや、まぁ……」

「ふふ。なら、竜は意外とロマンチストというわけだね」

「くだらねぇ」

「そして、私の髪の色とお揃いが恥ずかしいわけだ」

「ッ! そんなんじゃ、ねぇ!」

「竜はヒトに色を与えるというのに、ねぇ」


 やれやれ自分勝手だ、とフィンスは肩を竦めた。


「──どちらにせよ、オレの色は……闇の色だ」

「ん?」

「竜の伝説において、不名誉な色を……。あんたの、その。宝玉のような、色を……」


 コールはどこか、申し訳なさそうに言う。


「……君の考えていることは分かる。が、その心配は不要だな。

 私にとって、黒とは……。未来を予感させる色だ」

「未来?」

「君に会って、私は前世の記憶を取り戻し……生きる目的を持てたのだ。

 その時に感じたのは、恐怖でもなければ後悔でもない。……始まりさ」


 かつてのフィンスは優しい性格で。兄たちからの仕打ちに怯えるばかりだった。

 母と妹。数名の従者だけが信じられる世界で、商会の仕事を手伝う未来など、到底思い描けない。狭い世界で生きていた。


 だが、前世を思い出したことですべては好転した。

 まるでコールと出会ったのは、運命だったとでもいうように。


「……だから、君がそう卑屈になるようなことはなにもない」


 慰めでもなく、心からの言葉だった。


「……そうかよ。ったく、欲があるのかないのか。よく分からねぇ主だ。

 護衛とはいえ、オレを従えてんだ。他のヒトをも従えたらいい」

「なぜ、私が導いてやらねばならない。私は、昔も今も。自分の欲に忠実なだけだ。

 知りたいとは思うがね、他人のことは。だがそれほど重要視はしていないよ。自分がどう、生きたいか。それが一番さ」

「そういうところは、やっぱヒトなんだな。あんたは」

「最近では君の方がヒトらしいと思えるがなぁ」

「……言ってろ」


 フィンスは、雇用主という立場と共に。黒竜から色を贈られ、200年振りに竜を従えるヒトとなった。

 だがそれはこれまでとまったく異なる形で、竜はヒトに力を貸すこととなる。

 竜に「ヒトと同じように生きてみよ」などと言うヒトは。

 後にも先にも、フィンスだけだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜の主は導かない 蒼乃ロゼ @Aono-rose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ