夢で叶えた


ああ、風子ですか。

そうですよ、私の娘です。

あの子が何かしましたか?


あのお社の前で…

ええ、もう、日課みたいなものですから。


まあ、あそこに行くのが好きな子ですよ。

昔から。

何十年も整備されてなくて、ほとんど

廃墟みたいになってるのに。

変わり者でしょう?


他の子と違うというか、

かなりのマイペースで振り回されること

ありました。

感情の起伏が激しいというか。

泣いたと思ったら笑いだしたり、ご機嫌になったり。


そういうこと度々あったんですよ。

あの子がまだ小学生の頃だったと

思うんですけれど…。


休日にね、水族館に行くって

約束していたんですけれど

夫も私も仕事が入って行けなくなったんです。


風子は癇癪起こして水族館に行きたいって

泣きわめきました。

当たり前ですよね。

だから私達も悪いことしたなって、

来週は行けるように調整したんです。

なのに、当の本人は翌日にはけろっとして

私達が次の週末水族館に行こうかって

言ったら

「ううん。いい。もう行ったから。」って。

言っている意味は分からなかったんですけれど

こんな具合ですぐ機嫌を直すことが

度々ありました。


ほんとに、子供の時から変わってた。

変わってた子なんです。


え?顔色が悪そう?

すみません。最近ちょっと眠れてなくて。

…あの子…風子が

最近ほんとに変なんです。


風子は成人してから就職のために

県を二つまたいだ、結構遠い所へ

引っ越したんです。

なのに、仕事の休みには必ず

こっちに帰ってきて。


最初こそ私達の家…彼女からしたら

実家に帰ってきてました。

でも、最近はあのお社を掃除するためだけに

来ているんです。


3ヶ月前ぐらいだったかな。

近所の方が夜中にやって来て

お社からずっと話し声がするから行ってみたら

風子がいて、声をかけても反応しないから何とかしてくれって。


私は寝巻きのまま家を飛び出しまして。

そしたら、確かに風子がいました。


彼女は真っ暗闇のなか、

まるで愛する夫に話しかけるように

ーあなた、ここは痛みませんか。

ーふふふ、嫌だわそんなこと。

なんて言いながらせっせとお社を拭いていたんです。

ゾッとしました。


何度名前を呼んでも反応しなくて

両肩を叩いたらやっとくるっと振り向いて

抑揚のない声で言いました。


ーどうかされたんですかぁ


焦点の合わない虚ろな目で

よだれたらしながら。


私は服を掴んで必死に家に引き戻して。

その間あの子は訳の分からないことを叫んで。


一晩私達の家に泊まるとけろっとして

もとに戻って何事もなかったように

一人で暮らす家へ帰るんです。


眠れてないって言ってるでしょう。

彼女が仕事休みの日…こっちに来る度に

毎回こうですよ。

ほんと、疲れてしまって。

そろそろ病院に連れていこうか

夫と話していたところです。


連れてこうとすると決まって

用事が入ったり、怪我したりするから

なかなか行けていないんですけどね。



え?あの子は私達があのお社に

連れていったって言ってた?


さっきも言ったでしょう。

もう何十年も、私が物心ついたときから

あそこは廃墟同然の場所でした。


そんな場所に

小さな子供を連れていくわけが

ないでしょう。


そろそろ失礼しますね。

もう日も落ちてきましたから。


ええ、そうです。

風子を迎えに行かないといけませんので。


ここで失礼します。

さようなら。

お気をつけて。

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怪の雑多煮 遊安 @katoria

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