第十七話
碌に情報が集まらず上司からももっと働けと言われ、コッチの苦しみを知らないくせにと思いながらも引いた彼女は自宅に戻ると、冷蔵庫に入れてあった缶ビールを開け、一息に流し込む。
「あんの、糞爺が!!私らがどれだけ頑張って捜査をしていると思ってんだ!テメェも、警官の端くれだろうが!それなら私らがどれぐらい苦労しているのか分かってるだろうがよ!!」
そんな風に毒づきながら酒を飲んでいると自分のプライベート用の携帯電話に誰かからの通話が掛かってくる。仕事のストレスで苛ついていた彼女は誰が自分に電話を掛けてきたのかを見もせずに電話に出た。
「誰だ、こんな夜中に!!」
『随分荒れてんなァ、姉貴』
「ッ!?」
電話から聞こえてきた声はつい最近聞いた覚えがあった。それに自分が家を出るまでの十八年間聞き続けた自分と血を分けた弟の声。その声を聞いた叶羽は酔いが一瞬で消え失せた。
『まさか無警戒で出るとは……。無用心にもほどが有るだろ姉貴』
「一体どの面下げて電話を掛けてきやがった!」
『おぉ、怖い怖い。で、どの面だっけか。弟として、って言ったらどうするよ?』
その言葉を聞いた叶羽は頭に思い浮かんだ罵倒の言葉を口にしていく。その罵倒を聞いている瑞樹は苦笑いを浮かべながら叶羽に問いを投げかける。
『…ほんと随分と荒れてんなぁ……。なァ、姉貴。俺達が今何処に居るのかとか分かってんの?』
「アンタ、分かってて聞いてるでしょ。碌に掴めちゃいないわ。アンタの弟分が厄介すぎよ…」
『そう言って貰えると遊も喜ぶだろうぜ』
電話の向こうでカチッと言う音が、続けて息を吐くような音が聞こえてくる。瑞樹は煙草を咥えているようだ。叶羽も同じ様に煙草に火を点ける。二人の吸っている煙草の銘柄は同じもの。元々は二人の父親が好んで吸っていた銘柄だった。二人して同じ銘柄の煙草を味わいながら、警察と殺人鬼という間柄である二人だったが雑談をしていた。やれ、上司がクソだの、部下が揃いも揃って役に立たない指示待ち人間ばかりだのと。そんな姉の愚痴を弟は黙って聞き続けていた。そんな中叶羽が今まで彼に聞こうとしていた事を口にした。
「ねぇ、瑞樹。どうして椛ちゃんを救ったの?」
『救う?誰が?』
「アンタよ。やり方は確かに褒められたものじゃないけれど、椛ちゃんを地獄から引き上げたのは間違いなくアンタよ」
『殺人鬼が人助けなんざするかよバァ〜カ。俺がやったのは人殺し。それも餓鬼の目の前で親を殺すと言ったクソみたいな行いだ。それで彼奴が救われると思うか?』
「アンタがどう思ってもあの子にとっては────『警察であるお前が善意を履き違えるなよ』」
『良いか、姉貴。俺は自分の両親を、無辜の民を、彼奴の両親を殺したロクデナシだ。そもそも人を殺す人間が真っ当なわけがねェ。まさかアンタ、俺に帰ってきてほしいのか?』
「………違うわ」
『まァ、その辺はどうでもいい。俺が言いたいのは俺に善意を期待すんな。そんなモン、あの日に親子の縁とともに捨てたからな』
期待していた答えではなかった。もしかしたらと、ほんとうはと、そう思っていたが、瑞樹の口からその想像を否定された。ましてや自分が持っている警察としての誇りに触れてまでの否定だ。ただ違うと言われるよりも重たいものがあった。
「もう一つ、聞かせてくれるかしら」
『その質問で、最後な』
そう返されたことで一瞬叶羽は言葉を口にするのをやめるが、一息ついてから最後の問いをする。
「瑞樹、アンタは私達に如何やったら捕まってくれるの?」
『…本気で聞いてんの?』
「マジよ」
『馬鹿じゃねぇの……。サツが何てことを聞いてやがる。が、姉貴はそういう人間だったな』
電話の向こうから溜め息を吐く音と、煙草の火を足で消す音が聞こえてきた。瑞樹はもう一度溜め息を吐いてから姉から投げかけられた問の答えを口にする。
『お前らが彼奴を救えるのなら、捕まってやっても良いかもな』
「アンタが救ったはずでしょ?」
『本当にそうと言えるか?実の親から犯され、学校ではクラスメイトからストレスのはけ口にされてた餓鬼が、目の前で父親を、自分の手で母親を殺した彼奴が本当に救われたと言えるか?』
「─────」
『無理だろ。彼奴は自分で地獄に堕ちた。俺という蛇に唆されてな。本当に彼奴を救うというのなら、彼奴に紛うことなく救いの手を差し伸べられるというのなら、俺は大人しく縄につくさ』
「嘘ではないのね」
『椛の未来に誓って』
そう言い残すと彼は通話を終わらせた。叶羽は弟が、殺人鬼が出したSOSを取りこぼさないと心に誓うのだった
悪党 Teufel @itsukingalice
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