第7話 一人の話し合い

家に着いてテルをベッドに寝かせた後、ボイドは一人ため息をついた。

「―どうしたの?ため息なんかついちゃって―」

「原因がよく言うよ…」

目の前でふよふよ浮いている女の子に言う。今日一日だけでこんなに疲れた原因は疑うまでもなくフィルのせいである。

「―まぁ!乙女になんて言いぐさ!もう口きかないわ!―」

「いや、別にそれはいいんだけどさ…キャラ違くないか?」

「―えっ、何?ナンパ?キャー、どうしよ!―」

「…キャラぶれっぶれだな、お前」

「―冗談じゃない―」

笑いながら応える。どうやらからかいたかったらしいが、身内テルのお陰でこういうノリは冷静に対応できる。

自分の部屋のベッドに寝っ転がり色々と考える。

(今知りたいのはフィルが何者かというよりは、なんでいるかだ)

多重人格になるきっかけとしては、過度なストレスだが直近でそんな覚えはない。というか、ボイド自身ストレスを感じない性格である。そうじゃなかったらこの学園生活は単なる苦痛でしかなかっただろう。

「さて、さっきは聞けなかったが俺も聞きたいことがある」

「―……―」

「…どうした?急に静かになって」

「―…さっき口きかないって言ったじゃない―」

(確かに言っていたがまさか本当に口をきかなくなるとは…)

「何をすれば許してくれるんだ?」

こういうときの対処法は知っている。毎日テルを相手しているので、こういうときは下手に相手を刺激せず相手が望んでることを叶えるのが最善であると心得ている。

「―…もう、それは言ったよ…―」

「ん?なんだ?」

「―なんでもない―」

なにやら小声でつぶやいていたが聞き取れなかった。同じ肉体に住んでいるのに聞こえないということがあるのかと思いつつ、どうやら機嫌が直ったらしいフィルに話を続ける。

「…お前は俺のことをどこまで知ってる?」

これはフィルが自分の中にいると分かったときから聞きたかったことだ。慌ただしい状況が続いたため聞きそびれていたが、みんなの前で、とくにテルがいる場では聞きたくなかった。

「―もっとはっきり聞きなよ。自分ボイドは誰の子で、過去に何があったのか、なんで自分ボイドはこうも他人みんなのか―」

「そこまで分かってるのか…」

まるで最初から分かっているように気になっていることを全て当てられる。

今まで誰にも言ってこなかったのに知っているということは、やはり長い間ボイドの中にいる証拠だろう。

「答えてくれるか?」

「―断るわ―」

「…なんで、もしかして知らないのか」

「―いえ、全部知ってるわ。あなたの生い立ちも、そうなった理由も、独りになってしまった理由も―」

「なら教えろ」

「―教える気はない。教えるとしてもまだ早い―」

どう聞いても答える気配はない。聞く前から分かってはいたがフィルは秘密が多い。恐らく全て知っているのだろうが、答えないなら知らないも同然である。

ただ、それでもどうしても聞きたいことがあった。

「俺が…俺が殺したのか?」

ずっと気になっていることだった。記憶がない頃のボイドに関わったであろう人達は皆この世から消えている。幼馴染は家族まとめて死んでしまっているし、両親のことは分からないが今まで何の話も聞いたことがないので恐らく死んでいるだろう。

「昔の俺は人殺しだったのか…?」

普通に考えたら荒唐無稽な話なのは分かっている。ボイドがテルに拾われたのは10年以上前のこと、5歳前後のときである。そんな子供に人を殺すなんて不可能に近い。

だが、この魔法があふれるようになった世界ではごくまれに起きる。まだ魔力の扱いに慣れていない子供が魔法を使おうとした結果起きる事故、

「魔力暴走…」

「―…!―」

「やっぱりそうなんだな」

フィルが一瞬動揺するのをボイドは見逃さなかった。確証を得たというのに何とも思わない。罪悪感や自分への怒りが湧くのが普通だ。それが湧かないのはやはり自分ボイドが普通ではない、他人みんなと違うことを嫌でも理解させてくる。

「―…確かにあなたは人を殺したことがある。だけどあなたが望んでやった訳じゃない。だから罪悪感なんて感じる必要なんてないの…むしろ感じなきゃいけないのは、私のほうだから…―」

「?それはどういう—」

言いかけてる最中に睡魔が襲ってくる。普段なら眠気を抑え込んで話を続けるが、今日のは抗えようがない程強烈である。

「―今日は精神世界に多くの人が入ってきたうえ戦闘までされたから相当疲れたでしょ—」

普通に座っているのもつらくなってリビングのソファに横になってしまう。

「―あとは任せてゆっくり寝ましょ—」

それを聞くと同時に眠りに落ちていった。

—――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「さあ、ボイド!こっち来て」

目の前の少女が手をこちらに伸ばしながら笑顔で言ってくる。見た目的に4,5歳といったところだろうか、顔はもやがかかっているように見えない。

ここはどこだろうかと周りを見渡してみるとボイドとその少女を囲むように大量の本が積みあがっていた。なにやら大量の字と絵が描かれているが読めない。

少女がいるほうに行ってみると巨大な扉が現れる。開けてはいけない、何故かは分からないがそんな気がして後退りする。だが、いつの間にか少女が扉を開けてボイドに手をのばす。この手をとってはいけないと思いつつも、体がいうことをきかず勝手にその手をとり扉の向こう側に出る。

その瞬間、周りは火の海とかしていた。訳が分からずあたりを見回すと自分の手に妙な感触があることに気づく。恐るおそる見てみると、そこにはさっきまで元気だった少女が物言わぬ姿があった。それを抱えている自分の手には大量の血が付いている。

「記憶が戻ったの!?…いや、触発されて記憶の一部が一瞬だけ戻ったのか」

どこからか声が聞こえてくる。

「どっちにしろまずいのに違いはないか…。もう一度封印しなおさないと、知らないに越したことはない」

それを聞いた後周りが一気に闇に飲まれていく。その闇にボイドも飲み込まれて…

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「っ!?」

驚き飛び起きる。心臓がうるさいほどこだまし、全身から汗が吹き出していた。

落ち着こうと呼吸を整えながら、周りを見回す。自分の部屋でベッドに寝ていたようでベッドのシーツが汗で濡れていた。昨日はリビングのソファで寝てしまったのでテルがベッドまで運んでくれたのだろう。

「今のは…」

夢だということは分かっていたが、それにしては妙にリアルだった気がする。確かあれは…

「…あれ?」

夢の内容が思い出せない。こんな風になるほど強烈な内容だったのに、全く思い出せない。

「…フィル、お前の仕業か」

「―何の話?―」

「夢の話だ」

この家にはテルとボイドの二人しか住んでいないし、防犯設備の結界もかなりのもので物理はもちろん魔法だってそう簡単に通しはしない。そうなると第三者による介入は不可能に思えるがフィルなら可能だ。結界はあくまで外からの攻撃等を防ぐもので内側のことに関してはなんにも効力を発揮しない。

「俺に見られたら不都合なものでもあったのか。だから夢で見たことを忘れさせたんだろう?」

「おフィルは俺の何を知っているんだ?」

どうせ何も答えないことは分かっている、それでも聞かずにはいられなかった。予想通りの沈黙が続く。

(もういい、聞くだけ無駄だ)

そう思い学校へ行く準備を始めようとした瞬間、

「―そうね。私はボイドあなた以上にあなたボイドのことを知ってるわ。」

決して口を割らないと思っていたフィルが口を割った事実に驚き、少しの間硬直したが我に戻り話し出す。

「急にどうした?」

「―別に深い意味は無いわ。信用を得たいだけよ…―」

「俺からの信頼を得て何がしたいんだ?」

「―これからのことを見据えてよ。あなたは恐らくこれから壮絶な戦いを強いられ、絶望に打ちひしがれることになる。もちろん起きない可能性だってあるし、それなら問題ないんだけど…それに信用はあっても困るものじゃないでしょ—」

これから起こるであろうことを聞いてさすがに断るわけにもいかない。

「それはおフィルのせいで起きるのか、それともボイドのせいで起きるのか。どっちだ」

「―大部分は私のせい、もしかしたら全部かも—」

(ということはまだわかりきっないのか)

それにフィルは大部分と言った。ほかの部分はボイドのせいで起きる可能性もあるということだ。

「分かってるところだけでもいい。教えてくれ」

「―無理、教えると最善じゃなくなる。もうこれ以上は聞かないで—」

言ってる意味は分からないが、とりあえず言うとおりにする。てっきり未来が分かってるのかと思ったがそうではないらしい。さっきも可能性の話だったので未来が見えてるわけではないのだろう。

「―二つ、教えておく。一つ、この話は私が許可するときまで誰にも教えてはいけない。二つ、精神魔法といえど人の記憶を消すことはできない―」

一つ目のことに疑問を持ちつつもそれ以上に二つ目のことに驚く。自分の記憶が無いのはフィルが精神魔法で消したからだとボイドは思っていたが、本人によってそれが否定された。フィルが嘘をついてる可能性もあるが、たった今信用を得たいと言っていたのに信用を失うようなことは言わないだろう。恐らく事実だ。

「―それともう一つ—」

「?」

「―電車、逃すわよ—」

「!今何時⁈」

慌てて時計を見るともう八時をゆうに過ぎていた。学校は九時から授業が始まるがボイドとテルは寮ではなく何駅か離れたところに住んでいる。学校までは四十分ちかくかかるのでいつもはもう電車に乗り込んでいる時間で、その次の電車は十分後。

「おばさん起きろ!」

いつもはボイドが早起きして朝ごはんを作りテルを起こすのだが、今日はボイドがフィルとの話し合いに熱を入れてしまったため当然起きていない。急いでテルの部屋まで行き、いつもならノックするドアをノックせずに開けて入る。

部屋の中は予想通りゴミだらけ、といっても本当のゴミはない。ボイドが毎日掃除しているのでここに散らかっているものは重要な書類だとか、昨日着た服とかだ。

こんな中何故か布団の周りだけはきれいなのでテルを見つけやすい。

「ほら遅刻するぞ!」

一向に起きる気配がないので頭を軽く叩く。普段ならこれで起きるのだが酒を飲んだ影響か未だぐっすりと寝ている。

「これ以上寝るようならもう飯作らないよ」

「おはよう!」

今までの睡眠が嘘のようにすぐ起きる。テルは食に目がないのでこの脅し文句はよく効く。

「ほら、遅刻するから!早く着替えて!」

「え〜、昨日そのまんま寝たからこのまま行ける」

「…まぁ、確かに。髪は寝癖つきまくってるけど」

「面倒だからこのままでいいわ」

これが大人の女性の言うことであろうかと思いつつすぐさま家を出る。

家から駅までは歩いて十分、走れば三分で着く。だが、もう電車は出てしまったので別の手段で行くしかない。

「おばさん、バイク出して!」

「無理。二日酔いで今きつい…」

「じゃあ走っていくぞ!」

そう言い二人は学校のほうへ走り出す、ぎりぎり授業に間に合うかどうかといったところだ。

「最初の授業は…しめた!課外授業だ!」

確か集合場所は学校より近いはずである。ならば直接行ったほうがいい。

「じゃあ、おばさん。俺あっち行くから!」

「りょうか~い。愛してるぞ!」

言い切る前にボイドは違う方向に走り出していた。

「…難しいお年頃かな」

そう呟くと、より加速してテルも目的地にむかうのだった。









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