第54話 新しい景色

 花音は結局病院へ運ばれて念のため入院ということになった。


 周りには花音から自殺するかもしれないという連絡があって、屋上で発見してもみ合って転倒したということにした。


 実際、転倒の擦り傷や頭に瘤があったし、一連の出来事を全く覚えていなかったから頭を打ったショックからの一時的な記憶障害と見なされたようだ。


「覚えていないのだけど、何かいろいろと解放されたような気がする。私、何て言ってたの?」


「花音、抱え込まずに誰かに相談したり、当たって砕けて次に行くのがいいよ。これ以上は私からは言える立場ではない」


 見舞いに来た蛍は花を活けながらそれだけを言うと、病室を去った。闇が増幅した結果で彼女が覚えていないとはいえ、彼女にも美蘭にも酷なことをしてきた。


 鈍感と言われるのには慣れていたとはいえ、ずっと恋のライバル視されていたことに気づかなかったのは容疑者扱いされた時以上にショックであった。


 部屋に戻ると美蘭が魚川の様子を見ていた。


「見舞いは終わったのか?」


「うん、何て言っていいか分からなかったし、それ以前に私がどうこう言えるものじゃない。それで魚川君の様子は?」


「相変わらず無反応。実体化しても丸一日寝るから今回はかなり消耗したのじゃないかな。俺もあの日から昨日まで寝込んでいたから。とにかくだるくてだるくて。眠っている時間の方が長かった」


「私も消耗したな。とにかくお腹空いて空いて。朝ごはんでは足りなくてコンビニへ肉まんとカツ丼買いに行ってママに驚かれたし」


「……えーと、リカバリーの方法が違っただけと思っておくよ」


「魚川君、以前寝ていた時は寝返りなのか、石がゴロンゴロン動いてたのだけどな。魚だから体温も呼吸も分からないし。とりあえず磨いて行くよ」


 蛍はいつもの机に座って石を磨き始めた。凹凸感が無くなってツヤが出てきたがまだ中身は見えない。


「ゼロ感な人は守護霊が強いというけど、蛍もそうだったのかな」


「うーん、優花叔母さんの影響が強いと思う。『力こそ全て』という強い信念で実際強いし。遊びに行くと体を鍛えるストレッチとかすぐにできる太極拳も教わったもの。太極拳って護身術にもなる中国拳法の基礎なんだって。良太叔父さんが言うには『彼女は黄泉の国の女王とも渡り合えるくらい強い』とよく分からない例えをしてたけど」


「なんとなく、あの禍々しい闇にもお前が無敵で渡り合えた理由がわかった気がする。それでさ、今日は大晦日だろ、夜に近所の神社へ行って二年参りしないか? 魚川君の快癒祈願に」


「神様に仙人の回復ってなんだか変な感じだね」


「そうかもな、でも神頼みしかできないし。一旦帰るから十一時ごろにまた迎えに来るよ」


「わかった、美蘭」


「おう、また後でな」


 そうして夜にになり二人は近所の神社へ来ていた。除夜の鐘を付くのは先着百八名なので、すでに埋まっていた。


「あれ? 金町と真奈ちゃんが並んでる。おーい、二人は間に合ったんだ」


「うん、真奈が誘って早出させたの」


「もうずっと、並んでるからさみぃーよ」


「だってぇ、一度やってみたかったんだもん」


「わかってるよ、しょうがないなあ」


「頑張って鐘を付いてね。勢い付けるのがコツだよ。じゃ、私達はお参りの列に行くよ」


 二人から離れて参拝の列に並び、美蘭が感想をつぶやいた。


「真奈ちゃんって、初めて見たけど見た目と裏腹に気が強そうだな」


「うん、金町は既に尻に敷かれている。あれ? あそこ、ここから五メートルくらい先の列に並んでいるのは三田先生とモネ先生じゃない?」


「え? 本当だ。大胆だなあ、この神社は高校にも近いから生徒も来るのに」


「なんだかまだちょっとぎこちないけど、笑顔でいい雰囲気そうだね。電撃結婚の話なんかあったりして」


「まさか、岐阜に行ったのは半月前だろ?」


「わかんないよ~。長年の付き合って別れた後って、次に付き合った人とは電撃結婚ってよく聞くよね」


「まあ、そうだけど」


「さすがに地学部全員はいないね。七海はおばあちゃんのことがあるから空いてくる三日ころかな。杉君もここじゃない神社かもしれないし、花音は……」


 蛍が言いかけて気づいて黙る。


「蛍のせいじゃないよ」


「わかってる」


 それっきり蛍は黙ってしまった。


(まずいな、気晴らしにと思ったのに逆効果だな)


「じゃあ、話題を変える。こないだの返事は?」


「え? いきなり何?」


「命の危険は無くなったからさ、元々初詣で言おうと思ってたし」


「え? ええ?」


 突然の質問に蛍は戸惑ってしまった。容疑者事件のときのように鈍感ではあるが、知ってしまうと急に意識してしまう。


「えと、えとえとえと」


 その時、除夜の鐘が鳴り始めた。


「じゃ、この鐘が鳴り終わるまで。余裕持たせたぞ、優しいなぁ、俺って」


『わしも知りたい』


 スマホから突然声が聞こえてきた。おじいさんの声、この割り込み具合、無粋な感じ。


「魚川君?!」


『さすがに今回は力を消耗しすぎたが、除夜の鐘で目が覚めた。これだけは千年近くやってるから人間は律儀じゃのう』


「良かった、無事だったんだ。これで塩焼きの野望持てるよ」


 蛍がポロポロと涙を流した。


『お主の鈍感力が闇にも通用したのが良かった。森山の叔母さんといい、強い信念で突き進むタイプは闇は付け入る隙がない。だから破壊できたのだろう』


「最後はアルコールかけて止めを刺すゴキブリみたいな倒し方になったけど」


『まあ、相手にしてみれば天敵から聖水をかけられたようなもんじゃ。で、蛍。返事は? 美蘭がやっと勇気を出して告白したんじゃ、お主もきちんとしないとな。三田先生に顔向けできんぞ』


「う……」


チャッカリZoomoにしてイメージ画像だが魚川はニヤニヤしている。仙人なのに俗っぽい。


「これからも二人で一緒に……と言いたいけど違う」


「ええっ!?」


 想定外の答えに美蘭はまた落込みかけた。


「美蘭、話は最後まで聞くこと! 二人じゃなくて二人と一匹でずっと一緒だよ」


 蛍はそう言って腕を組んだ。


「蛍……」


(納まるところに納まって良かったなあ。わしも二度寝するか、って除夜の鐘がうるさいのじゃった。しばらく黙って邪魔しないでおくかの)


 新しい年、いろんな人にとって新しい年、今年もこの二人と一匹にも新しい景色が見えるのだろう。そう思うと二人はなんだか嬉しくなって顔を見合わせてフフッと笑った。


 〜完〜

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【完結】化石と思って割ろうとしたら、神格化した魚入りの魚石でした 達見ゆう @tatsumi-12

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