第53話 蛍らしい闇との対決
ドアを開けた瞬間、蛍ですらわかる瘴気が漂っていた。と言っても、蛍の目には薄い霧のような靄のような闇が花音を中心に渦巻いている。花音はエプロン姿の上にコートを羽織り、魚川の石を抱えてフェンスに寄りかかっていた。
石は見た目はなんとも無さそうだが、人間でこんなにすごいダメージを感じる瘴気だから神仙界のものだとかなりのダメージを受けているか、自分を守ることで精一杯なのかもしれない。
「くっ! 予想以上だ。俺の目には真っ暗な闇の中に花音ちゃんが立っていることしかわからない」
美蘭は正気を保とうと片手に蛍からもらった石を握り、蛍と繋ぐ手の力を強めた。
「美蘭、私の後ろにいた方が少しは盾になれるかもしれない。私ですらわかるこの空気、花音は恐らく乗っ取られている。でも、聞かなきゃ」
蛍は戸惑いながらも花音に尋ねた。
「花音、何故こんなことに? 望みは何?」
「美蘭先輩」
「え?」
「入部した時からずっと好きだったのに」
「え?」
「ずっと
「そりゃ、目当ての鉱石があと数センチでハンマーが届かない時なんかあるし、わかるけど」
こんな非常時でも蛍はわざととぼけた答えをした。しかし、いつもならツッコミを入れる花音ではなく、冷たく重い声が響いた。
「わかっていないわね。美蘭先輩を寄越しなさい、そうしたらこの石は返してあげる。私なら彼を愛してあげられる」
「お約束の卑怯な取引だね。どちらにしても大事なものを失うから私への復讐になると」
「つべこべ言ってないで寄越しなさい」
(美蘭、少しの間だけ我慢して。いったん花音の元へ行って。必ず助けるから)
「蛍、ダメだ。あちらが約束守るとは思えない。魚川さんの身まで危なくなる」
(今はこれしか方法がない、私に任せて。ところで花音のどこが瘴気が強い? やはりコートの下のポケット?)
「そうだ。コートの下、特にエプロンのポケットが強い」
(わかった)
「花音、わかった。あなたの取引に応じる」
「ハッ、想ってくれる人より石を取るなんてあんたらしいわ。こんな奴に想い続けた美蘭先輩もかわいそうに」
蛍は美蘭を連れて花音の元へ近づく。
「まずは石を返して。それが先」
「私を信用してないの?」
刺々しい花音に対して蛍は真顔で美蘭の喉元にハンマーを近づけた。
「従わないなら、美蘭と私はこのハンマーで自決する。男性の急所は喉仏なの。その後で私は頭を割る。端から見れば無理心中。あなたの想いは永遠に叶わない事になる。ハンマーがあって鉱石を割る力があるなら人間の骨を割ることも可能なのはわかるでしょ?」
「な……!」
予想外の言葉に花音、いや闇は驚いたようだが取引に応じると言った。
二人は近づき、握っていた手を離し、美蘭を引き渡し、花音から魚川を受け取った。見たところ、ひびや欠けは見当たらない。やはり地学部用のリュックに入れて運んでいたようだ。
蛍はそれを確認すると魚川を安全な距離へ置き、ダッシュで戻って美蘭をキスしようとしていた花音を跳び蹴りにして倒した。あんなことをされたら彼にも闇に乗っ取られてしまう。
「私の美蘭に手を出させない! 花音、ごめん!」
転んだ花音に素早く寄り、エプロンのポケットから黒い石を取り出す。
「これは錫石。モース硬度は6・5くらい、ならばイケる! はあっ!!」
蛍は錫石めがけてハンマーを振り上げた。闇の霧が蛍を渦巻くが、彼女には効かない。
「抵抗しても無駄無駄無駄ぁ! 真っ黒な塵になっちゃいな!」
そのまま力一杯ハンマーを振り下ろし、錫石を砕いた。
『ぐおおおぅ!!』
石から何か叫びが聞こえ、だんだんと霧が薄くなるのを感じた。
「鈍感力と叔母さんの信条が勝ったのか……。そうだ、皆は? 美蘭! 魚川君! 花音!」
二人は気絶していた。花音は闇が剥がれた反動と蛍に転倒させられたショック、美蘭は今まで耐えていた精神力が限界だったのだろう。魚川の石に近づいて呼びかけるが反応はない。スマホは元に戻っているから何か呼びかけがあってもいいのだが、彼も気絶しているのだろうか。
蛍は魚川の石を抱えて美蘭や花音の元へ駆け寄った。とりあえず、二人とも心臓が動いて息をしているのに安心する。
「美蘭、約束通り助けたよ! しっかりして! 魚川君も無事だよ」
「花音、私の声が聞こえる? 目を覚まして!」
「こら、いつまでも寝てんじゃねえぞ、クソ魚ぁ! 塩焼きにするぞ!」
三者三様に呼びかけるが返事は無い。
「救急車かな、でも魚は動物病院なのか、神社なのか。それに私、花音を転倒させているからもろに傷害罪だよねえ。悪い奴をやっつけたはいいけど、いろんな意味でどうしよう」
ふと、錫石があった所を見ると黒い砂のような煙が何かうごめいている。
「うわ、ゴキブリ並みにしつこい。えいっ!」
蛍は残滓に向かってハンマーを叩き続けたが動きは止まない。
「訂正。ゴキブリ以上にしつこい。ゴキブリなら、あとは熱湯か洗剤かな。いいや、手持ちの消毒アルコールをかけて見て叩き潰すか。物は試しだ」
蛍がザックに入れていたアルコールを掛けた途端、うごめきが止まった。本当に息の根を止めたらしい。
「オカルトの闇って菌やウイルス並みだったのか、知らなかった。確かにこれも浄化だけど」
「う、ううん。霧が晴れてる?」
その途端、美蘭の声が聞こえてきた。
「美蘭、気づいたんだ。良かった、本当に良かった。約束通り助けたよ。ハンマー突きつけてごめんね」
蛍が美蘭を抱きかかえてわんわんと泣く。
「うう、普通なら逆のポーズなんだがな。また蛍を守れなかったな」
「そんなこと気にしなくていいよ。いくらでも守るから、そばにいてくれるだけでいいよ。ずっとそばにいてよ」
「それ、さっきの返事か?」
「それより、花音と魚川君が目覚めないの。私が転ばせちゃったから頭を打ってしまったのかも。魚川君も見えないひびが入ったか、闇で消耗したとかで死んじゃったのかも」
しくしくと泣き出す蛍に今度は美蘭が慌てることになった。
「お、落ち着け。呼吸と脈が正常なら花音ちゃんは多分気絶しているだけだと思う。それに闇に乗っ取られて体力を消耗したのかもしれない。魚川さんも」
「あれ? ここはどこ? 何で二人がいるの?」
「花音!」
花音も気がついたようだが、記憶は無いようらしい。
「花音んんん! 良かったぁぁ!!」
「ちょっと、ちょっと何があったのよ」
蛍に大泣きされて抱きつかれている花音は状況が飲み込めなかった。
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