星を殺す

深川我無@「邪祓師の腹痛さん」書籍化!

星を殺す

「汚ねぇビル……」

 

 破れたデニムのホットパンツを履いてTシャツに鋲付きの革ジャンを着た女が、薄汚れた雑居ビルを下から眺めて吐き捨てる。

 

 階段で五階に上るとアルミの扉に摺り硝子。白いプラスチックのプレートには明朝体で「心霊解決センター」の文字。

 

 ノックもせずに乱暴にドアを押し開けて中に入ると、若い女が一人、驚いた顔でこちらを見ている。

 

「卜部って人いんの?」

 

 革ジャンの女はソファに深々と腰掛けてラッキーストライクに火をつける。

 

「トロそうな女」

 

 ザーと水の流れる音がしたかと思うと男が後ろに立っていた。

 

「ここは禁煙だ」男はそう言って女からタバコを取り上げた。

 

「チッ……」悪態を吐きながらも女はその男の言葉に従った。そうするべきだと星が告げる。

 

「何のようだ?」

 

 男は向かいのソファに座って女に言った。助手と思しき若い女がお茶を二つ机に置いた。革ジャンの女は、その表情から心を読み取ろうとしたが、結局、助手が何を考えているのか分からなかった。

 

「あんた一流なら分かんだろ?」

 

 女はそう言うと自分の左肩の上の空間を指さした。

 

「酷い凶星だな」男は表情を変えずに言った。

 

「こいつを殺してくれよ。出来るんだろ?」

 

「無理だ。他を当たってくれ」

 

「もうここしか残ってないんだよ!!」女はローテーブルを蹴って大声を出した。湯呑が床に転がり、溢れた緑茶が湯気を上げる。

 

「そんなになるまで星を使ったんだ。自分のケツくらい自分で拭いたらどうだ?」

 

「そうだよ!! 自業自得だよ!! だけど生きたいんだよ!! 死にたくないんだよ!!」

 

 女は被っていたキャップを脱いで頭を押さえてうずくまった。

 

「もうすぐこいつのルーラーがコンジャンクションする……それまでになんとかしないとアタシはおしまいだ……」

 

 女は充血した目で男を見据えて言った。

 

「なんでもする。頼むよ……」

 

 男は立ち上がって部屋の隅に置かれた木製のデスクに向かった。そこの鍵付きの引き出しから何かを持って帰ってきた。

 

「こいつはだ」

 

「は?」

 

「知らんならいい。これを持って帰れ。コンジャンクションの時にこれを被って自分の部屋にいろ」

 

 男は不気味な牛のマスクを女に手渡した。

 

 マスクからは腐ったひどい臭いがした。それどころか粘ついている。どうやら本物の牛から顔の皮を剥いで作ったものらしい。 

 

「それで命が助かるのかよ?」

 

「死なない」男は無表情でそう言った。

 

「ただし……いや。いい」

 

「恩に着るよ! いくら払えばいい?」

 

「金はいい。ただし二度とここには来るな。いいな?」

 

「ハッ! そうかよ! じゃあ二度とこねぇよ!」

 

 女はそう言って部屋を出ていった。

 

「先生……あれでいいんですか?」助手の女が床に溢れたお茶を拭きながら尋ねる。

 

「ああ。来るのは分かっていたからな。星が言ってた」

 

 蠍座に火星が重なる夜に、女は件の生皮を被って部屋で震えていた。

 

「大丈夫だ。あの男は本物だ。きっと大丈夫……」

 

 そしてついにその時が来た。閉じきったはずの部屋に風が吹き、カーテンが揺れる。

 

 ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 

「ひぃいいい……」

 

 部屋の中に何かが蠢く音が聞こえる。それが何かは判っていた。

 散々酷使して、使い古して、痛めつけてきた星。自分の蠍座。

 人の蠍座も利用した。利用して使い捨てた。ボロ雑巾にして搾り取っては捨てた。

 男が破滅するまで弄び、利用し、他の男を使って追い払い、そんなことを繰り返した。

 

 そのツケが回ってきたのだ。無数の蠍の怨念が火星の力を借りて、徹底的に自分を痛めつけようと蠢いているのが解る。

 

 ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 ガサガサガサガサガサガサガサガサ

 

 

「死ね!! 蠍共!! 死ね!! アタシは牡牛座の化身だ!! お前らの対極の存在だぞ!?」

 

 眼の前に現れた一匹の蠍を女は夢中で叩き潰した。

 

 

!?」

 

 

 突然自分の意志とは無関係に、男のような低い声で、意味不明の言葉が口をついた。

 

 するとあのガサガサという蠍のざわめきが消えて部屋は静寂に包まれた。

 

 おそるおそる部屋を見渡したが蠍は一匹もいない。

 

 やった! 助かった!

 

 そう叫ぼうと思ったが声が出なかった。

 

 牛のマスクを脱ごうと首に手をかけたがマスクに指が引っかからない。

 

 ???

 

 おかしい。

 

 そう思って鏡の前に立つと自分の頭が巨大な牛の頭に変わっていた。

 

 牛の顔は腐り、悪臭を放ち、目は落ち窪み、眼孔の暗い穴からは蛆が落ちた。

 

 ゾッとして叫ぼうとするが声が出ない。

 

 あの男になんとかしてもらおう!

 

 そう思って外に飛び出すも、街には人がいなかった。

 

 空は赤く染まり、全てが煤けて黒ずんでいた。

 

 歩き回って、人を探し求めたが、とうとう夜になってしまった。

 

 クタクタに疲れ果てた。喉が乾いた。しかし水を飲めども乾きは癒えなかった。

 

 絶望して夜空を見上げると、赤い星が輝いていた。

 

 火星……

 

 おかしなことに、火星と重なるようにそこにあるはずの蠍座が見当たらなかった。

 

 そうか……

 

 アタシは星を殺したんだ。

 

 星はつまり神々の一人だ。

 

 それを殺してタダですむわけがない……

 

 蠍の加護を失った女は、こうしての合わさった化け物に成った。

 

 その異形の化け物は 件 と呼ばれる。

 

 凶兆を告げる異界の住人。







本作はいかがでしたでしょうか?

楽しんで頂ければ幸いです。


本作の本編にあたる作品


「邪祓師の腹痛さん」好評連載中です。


気に入って下さった方は下記リンクからフォローして下されば幸いです。


https://kakuyomu.jp/works/16817139555499753150

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星を殺す 深川我無@「邪祓師の腹痛さん」書籍化! @mumusha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ