悪霊払い
大隅 スミヲ
悪霊払い
そいつの存在にぼくが気がついたのは、夏の暑い日だった。
学校の裏山にある名前もわからない神社。
手入れもされておらず、苔に覆われた賽銭箱へぼくは五円玉を投入した。
願い事はただ一つ。
そいつは、ぼくの願いをかなえるために現れたのだと思った。
でも、周りの反応は違った。
「お前は悪い霊に取り憑かれているから、お祓いをしてもらった方がいい」
養父である叔父が言い、霊能者と名乗るおばさんを連れて来たのは金曜日の午後だった。
たしかに、ぼくには悪霊がついていた。
その悪霊のせいで、ぼくが好きだったクラスメイトは自殺した。
彼女の自殺は悪霊のせいだといっても、誰も信じてはくれない。
そのことを口に出せば頭のおかしい奴だと、ぼくは後ろ指をさされた。
霊能者だと名乗るおばさんは、紫色の派手な服に水晶石で作られているという数珠を何本も手首につけていた。
おばさんは、ぼくについている悪霊と対話するといって、なにやらもごもごと呪文のような言葉を唱えていた。
「もう、大丈夫よ。辛かったわね」
おばさんはそういって、持ってきた大きなカバンの中からペットボトルを取り出した。
「この水は、神聖な水なの。悪霊を遠ざけるわ。この水を毎日飲みなさい」
そういって、ぼくにペットボトルを5本渡してきた。
神聖な水であるため、1本5万円するということだった。5本なので全部で25万円。それときょうのお祓いの費用として25万円。合計で50万円請求された。
「背に腹は代えられないな」
叔父はそういって、50万円を支払った。全部、お前のためなんだぞ。叔父はぼくを納得させるかのように呟いていた。
※ ※ ※ ※
一週間後、またあのおばさんが家に来ていた。
「ダメじゃないの、あなた」
顔を合わせるなり、おばさんはすごい剣幕でぼくに言った。
「水はぜんぶ飲んだの?」
「はい。全部飲みましたけれど」
「えっ、それなのに……」
おばさんの表情が曇った。
おばさんによれば、まだぼくに取り憑いている悪霊は去っていないそうだ。
たしかにぼくにも、そいつの存在は見えていた。以前は黒い靄だけだったのに、いまは少しずつ形が変わってきているようにも思えた。
「これは、先生にお願いしないとダメだわ」
おばさんはそう言って、どこかへ連絡をしはじめた。
電話から数分後、おばさんの先生だという初老の男性が家にやってきた。
あごに長い白髪のひげをたくわえた、やせ細った男性だった。
おばさんは、その人のことを先生と呼び、叔父もその人のことを先生と呼んだ。
先生は部屋の中に、紙の札を貼りはじめた。
悪霊を追い払うための結界を作るのだという。
その間、ぼくは隣の仏間にいた。
仏壇にはぼくの両親の写真が飾られている。
両親は夏休みに交通事故で亡くなっていた。
ぼくだけを残して。
その日からぼくは天涯孤独となった。
母の弟である叔父がぼくのことを引き取り、一緒にこの家で住むようになったが、ぼくはこの叔父に心を許したことは一度もなかった。
「準備が整いました。入ってきなさい」
隣の部屋から先生の声がした。
ぼくはふたつの部屋を区切っている襖を開けて、隣の部屋に入っていく。
そこには奇妙な祭壇が作られていた。
その祭壇で先生は上半身裸になり、なにやら念仏を唱えている。
念仏は20分ぐらい続いた。
途中、ぼくは眠くなってしまったが、叔父も霊能者のおばさんも真剣な表情で先生の念仏を聞いていたので、我慢した。
「エイヤァ!」
先生が大声で叫び、立ち上がった。
「よし。これで大丈夫。あとは……」
先生がそういうと、霊能者のおばさんがかばんを持ってきて、中から大きな水晶玉を取り出した。
「この水晶玉がキミを守ってくれるはずだ」
先生はそういって、ぼくに水晶玉を手渡してきた。
全部で200万。そう話している声が聞こえて来た。祭壇と祈祷で100万。水晶玉で100万。霊能者のおばさんが叔父に伝えている。叔父は「わかりました」といって、現金を渡していた。
※ ※ ※ ※
朝、目を覚ますと叔父が奇声に似た大声をあげていた。
どうしたのだろうと思い、声のするリビングへ向かうと、水晶玉が真っ二つに割れていた。
「大変だ。大変だ。すぐに先生に連絡しなければ」
叔父は真っ青な顔をして、電話をかけた。
たしかに、あの水晶玉はなにの効果もなかった。その証拠に、ぼくの後ろには邪悪な笑みを浮かべたそいつがいる。
叔父の呼び出しに応じた先生がやってきたのは、3時間後のことだった。
今度は霊能者のおばさんだけではなく、もうひとり妙な格好をしたおじさんを連れてきていた。
「こちらは、陰陽師の大先生だ」
先生が陰陽師だというおじさんを紹介した。なんとなく頼りない顔をした陰陽師だったが、ぼくは気にしないことにした。
再び部屋の中に祭壇が作られて、祈祷がはじまった。
やっていることは先生が先日やったことと大して変わりはなかった。
「もう大丈夫だ、少年。辛かったな」
陰陽師だというおじさんは、涙を流しながらぼくに言った。
どうして、泣いているのか、ぼくには理解ができなかった。
叔父はぼくに「隣の部屋に行ってなさい」といって、陰陽師たちとなにやら小声で話しはじめた。
きっとぼくには聞かせられない相談ごとなのだろう。
あの陰陽師は、ぼくにもう大丈夫だと言った。
でも、そんなのは嘘だということはわかっていた。なぜなら、そいつはぼくの目の前にいるからだ。
「2000万っ!」
「そんな大金を引っ張り出すのは無理ですよ。いくら子どもとはいえ、あいつは俺が金を使い込んでいることは気づいています」
「大丈夫だよ。全部、悪霊のせいにすればいいんだ」
となりの部屋から声が聞こえてくる。
叔父と陰陽師、先生、霊能者のおばさん、4人の声だった。どうやら、お金のことでもめているようだ。
お金は全部、ぼくが両親から受け継いだ財産だった。
叔父がぼくの養育費として、その財産を使い込んでいたことは知っていた。
まあ、少しぐらいはいいか。そう思っていた。
叔父はぼくに取り憑いているそいつのことを悪霊と呼び、悪霊を追い払うために彼らを呼んだ。
彼らが詐欺師だということはすぐにわかった。
叔父とどこで知り合ったのかは知らないが、彼らは金のことしか考えていなかった。
叔父が彼らとグルだということもすぐにわかった。
でも、ぼくは叔父の言うことを聞いて除霊を受けた。
叔父たちが悪霊と呼ぶそいつとは、学校の裏山で出会った。あの神社にいたのだ。
たった5円のお賽銭で、そいつはぼくの願いをかなえてくれた。
口うるさかった両親も、告白したぼくをキモいのひと言で片づけたクラスメイトも、ぼくのことを後ろ指さした連中も……。
「――――くん。ちょっと来てくれないか」
隣の部屋から叔父がぼくを呼んだ。寒気がするほどの猫なで声だった。
同じタイミングで、あいつがぼくの耳元でささやいた。
「なあ、あいつらも喰っちゃっていいか?」
ぼくはその声に応えるべく、隣の部屋へと続く襖を開けた。
悪霊払い 大隅 スミヲ @smee
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