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大河
お告げの真意
「実は貴方は明後日19時34分に起きる地震で倒れてきた本棚に潰されて圧死するのよ」
日課の読書をしていると、窓から侵入者がやってきて唐突に告げた。侵入者は髪の長い猫背の女だ。見覚えがなかったのでおそらく近所の住人ではない。全体的に細身だが、腕や脚は細さの割には筋肉がついているようだった。
「私は
本に集中していたため返事をできずにいると、女はそう続けた。
「よろしくお願いします、汎子さん」
「この状況で挨拶を返すなんて、貴方、真面目な人なのね」
理解が追いついていないだけである。
僕は本を閉じて、侵入者と対峙する。汎子さんは入り口として利用した窓を閉め、手近な椅子を引き寄せて座り、すっかり落ち着いてしまっている。数分もしないうちにお茶と菓子を要求してきそうな落ち着きっぷりだ。とても初めてのお宅訪問には思えないほどだが、記憶が確かなら僕と汎子さんはついさっき初めて顔を合わせた関係だ。
「とりあえず出ていってもらえます?」
「その前に本棚の整理をしましょう。死にたくはないでしょう?」
「何言ってるんですか?」
「さっきも言ったでしょう。このままだと地震で本棚が倒れて貴方は死ぬの」
酷い妄言だ。冗談を言い合える仲ならはたして、初見の相手に真顔で妄想を喋り出す女はひと昔前のラノベでしか存在を許されていない。
「死のお届けでもされてるんですか?」
「宅配業者だからね」
皮肉に対して本気で得意げな顔をされても困る。
「いえそんなことはないわ。正直に事情を話しましょう」
僕が困っているのを察したか、汎子さんが説明に入る。
「一部の宅配業者は増えすぎた荷物をなんとか少ない人員で捌くための技術開発に努めた。そして私たち、黒猫疾風は光速を超える配達速度によりお届け予定日の数日前に荷物を配送するサービスを開始したのよ。もちろん超高額」
「少し考えていたのですが、汎子さんって精神病院を抜け出した患者さんでは?」
「本来なら明日注文され、明後日の20時に届く荷物……文庫本を四冊。これを貴方に届けるべくこの家を訪れた私は、直前の地震で倒れてきたのだろう本棚に圧し潰されている貴方を見た。脈を計ったけれど既に死んでいたわ」
適当なことを、と呆れる僕に汎子さんは四冊の本を手渡した。どれも買おうと思っていた本だった。まだカートに入れたりチェックリストに入れたりはしていないから、事前に察知するのは難しいはずだった。
「分かってくれた?」
「いや納得するわけないじゃないですか。早く出ていって下さいよ」
たったこれだけの根拠で初めて会った信頼度ゼロ怪しさ満点女の荒唐無稽な話を理解したと聞き入れるのはご都合主義展開ショートショートの主人公くらいのものだ。僕はショートショートの主人公ではないので納得しない。
「それにもし仮に万が一、汎子さんの話が本当だとしたら、見ず知らずの僕のためにとても高額なサービスを使ってくれたことになりますよね。何か理由があるのですか」
「まだ始まったばかりのサービスだから初回利用は無料なのよ。私も試してみたかったの。初めてよ、初めて」
初めてに特別な感慨を抱く人間ばかりだと思わないでほしい。
「あと単純に貴方の顔が好みだったから、助けたらお近づきになれるかなって。ライン教えて下さい」
「彼女いるので」
「年上の女性って包容力があって素敵なのよ」
「彼女年上なので」
「は~~~~~~~~~マジでやってられないわ。じゃ死んだらいいんじゃない?」
汎子さんはめちゃくちゃでかいため息を吐いて、窓を開けて、窓を閉めたあとで「鍵ちゃんと掛けておきなさいよ」と僕を叱りつけてから立ち去った。
なんでさっき会ったばかりの変なことばかり言う女に叱られなければいけないのかと思ったが、鍵を掛けていない状態は好ましくないことは事実なのできちんと鍵を閉めておいた。また侵入者が入ってくるのが嫌だったからだ。
そうして僕は家にいるときも常に鍵を掛けるようになった。
ところでこれは余談になるが、汎子さんがやってきた日から数えて二日後、すなわち彼女が言うところの明後日19時34分に地震が起きることはなかった。その代わり、同時刻に僕の家の周辺にナイフを持った変質者が現れて、通り魔的に女性を狙って殺そうとしていたというニュースが流れていた。ついでに、黒猫疾風で聞き覚えのある内容のサービスが始まったという報道もあったことを付け加えておく。
僕は自分の顔が良くて良かったなあとぼんやり思った。
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