第一章 はじまりは、
トラックにドン!で転生した。
多分、そんなことだったと思う。
これが始まりなのか、やりなおしなのか、罰ゲームなのかは分からない。
今の俺は、高校生になっている。家族もいるし、友達もいる。高校まで育った記憶も持っている。
ただ、当たり前のことのように、俺は事故にあって転生してきて、目が覚めたら高校生だったんだなということを理解しているだけだ。
もしかしたら俺の身体には、本来別の人格が宿っていて、俺がそれを追い出して身体を乗っ取ってしまったのかもしれないけれど、実際のところは分からない。
それこそ、記憶にないからだ。
転生したという事実だけを抱えて、俺は高校生として出現した。
既に高校生としての生活は存在しているので、別に困ることはない。ここは異世界でもなんでもない、日本の町だ。
ただひとつ、気になるとすれば。
── 転生前の俺は、どんな人間だったのだろう?
◆
そんなわけで転生したという事実は、ふっと腑に落ちたように俺の中に出現したものの、今のこのタイミングは非常に悪い。
俺は、告られていた。
より丁寧に説明すれば、同級生の女子生徒に、告白されていた。
現実から一瞬遠いところに意識が飛んで行って戻ってきたような感覚を味わっていた俺は、ああ自分は告られているなあ、そういえばそういう兆候がなかったわけではないなあ、悪い気はしないけれどちょっと困ったなあ、などと、頭の時計が普段よりも半分くらいのスピードで動く状態になって、しばし呆けてしまっていた。
「……ねえ?聞いてる?」
「え、ああ。聞いてるよ。うん……ありがとう」
「それで?」
「えっと、それで……って?」
「私は今、『成瀬修二君のことが好きです』って告白したんだけど?あんたはどう思うの?」
告白というには随分と強気なもの言いをしているのは、この白砂潔美という同級生のよいところでもあるのだけれど、こういう感じで普段会話をしていたので、友達という意識のほうが強くなってしまっている。
「ありがとうって思うよ」
「そうじゃなくて!付き合うか、付き合わないのか、ってそういうことよ!」
「落ち着いてくれよ。そんなんだから、モテないって言われるんだよ」
「モテないって!玉砕か!私、玉砕か!」
「だーかーらー、落ち着けって。……いや、好きだって言ってくれたのは嬉しいし、俺も白砂のこと嫌いじゃないけれど、友達だと思ってたから、急に言われてびっくりしてる」
「あ、友達だとは思ってくれてたんだ」
「そこはいいのかよ」
「いいよ。嫌いとか興味ないって言われるよりは、断然マシ。それで?友達から脱皮して、私と付き合って付き合ってくれる?」
「飛躍しすぎだろ……」
「だってさー。高校生なんて恋に恋するお年頃じゃん。お互い好きでなくても、なんとなく 付き合ったりすることあるんでしょー?友達同士だってそうなんじゃん」
「まぁ、確かにな」
「ねー。だからお願い。私を彼女にしてくださいっ」
両手を合わせて拝む仕草をする白砂潔美。その手つきやめれ。あざといっていうか、 なんだかエロいぞ。
「……うーん。だから、仲のいい『友達』じゃ駄目なのか?」
正直のところをいうと、こいつのことは嫌いじゃないし、友達としてみたら一緒にいて居心地がいいなとは思っている。だけど、なんというか、その……ムラッとこない。……こないんだよなあ。
俺、おかしいのかなあ。普通の高校生男子だったら、女子と見れば、全員に発情するもんなのかなあ。
そんなことをふと悩んでみたが、瞬間で頭から消えて、やっぱりムラッとしないんだよなあ。エロい、ってのは分かるんだけどなあ。
なんだかなあ、俺おかしいのかなあ。病院行ったほうがいいのかなあ。
あれ、待てよ、もしかして、白砂と付き合ってみたら、ムラムラするっていう感覚も分かるようになるんだろうか。
頭の中でぐるぐると思考が回転すること、多分二分くらい。
「もう一回な。俺、白砂のこと嫌いじゃないし、すげーいい奴だと思っているし、気さくだし、話していて楽しいし、気楽だし、いい奴すぎて男子にモテないのは不憫だなって思っているけれど」
「最後のは余計じゃん」
「最後のはなし、オーケー。で、そこは確認した上でなんだけど、」
俺は一歩退いて、膝を落とした。地面を擦るザザっという音がする。そして、深々と土下座した。
ド・ゲ・ザ!
「げ、なにそれ」
「すまん、お前とは付き合えない」
「ええっ!」
「すまん!ほんっとーに、すまん!」
土下座をしたまま、ずずっと下がる。ずずっと、ずずずいっと。
ずずずー。
そして、
脱兎のごとく、その場から逃げ出した。俺なりに知恵を絞った、場の収め方だった。収まってないかなあとは思ったけれど。
俺は転生した。告白されまくる世界に。
いやいや、そんなはずはない。さっきのは偶然だ。俺の記憶している俺の高校生活は、そんなに恋愛まみれではなかった。そう、少し前までは。
転生したってのも、あ、俺転生したんだなって合点したというだけで、その前の高校生としての記憶はあるし、むしろ転生前の記憶のほうがない。転生という言葉が正しいのかどうかすら、こうなると怪しくなってくる。
多分、転生前の俺も、今高校生の俺も、同じように女子と縁はなかったんじゃないかなと思う。
だって……ああいった状況になったら、あんな風に逃げるしかないんじゃないかと思うのだ。
まあ、実際問題としては、あのあとどうなったのか分からないんだけどね。ただ、とにかく逃げたかった。俺には耐えられなかった。だって、俺が悪いわけじゃないもん。じゃあなんで逃げんだよっていう話になるけど、そういうときは逃げるのが一番なんだよね。うん。
それはそれとして、これからのことを考えないといけない。この世界でうまくやっていけるか、考えないといけない。まずはこの世界について知る必要があるだろう。
ふぅ……。整理しようか。
俺の名前は成瀬修二。高校二年生。よし。間違いない。元の世界での俺は……何も覚えてないや。どんな世界から来たのかすら、分からないや。
きっとこことは違う世界なんだろうなあ。妖精とか魔法とか騎士団とかあってさ。……でもそこでの俺も、女子が苦手だったみたいだけど。
でもなんていうか、今の俺はそこまで嫌ということではないような気がする。
う~ん、何が違うんだろう。そもそもこれは夢なのかな? 寝てる間に知らない世界に迷い込んじゃってる感じなのかなぁ……。
「あのぉ……。大丈夫ですか?」
「えっ?」
声をかけられて振り向くと、そこには女子高生がいた。ちょっと派手な感じの子だ。言葉は丁寧だけど、見た目は派手。ちょっとギャップを感じる。髪色は黒でロングヘアーだけど、ゆったりとウェーブがかかっている。顔立ちが整っていて美人と言ってもいいくらいだ。スタイルはよくわからないけど多分いい方だと思う。それにしてもこんなところで何をしているんだろう。大丈夫なのかと、こっちが聞きたい。周りを見渡してみたけど、コンビニもなければスーパーもない。民家があるだけだ。まぁそんなことよりまず返事を返さないと失礼だし、変人だと思われてしまうかもしれない。それは避けたいところだ。
「あっ!はい。すみませんボーッとしちゃってました」
……この喋り方は、違うな。もっと軽くていい。同じ高校の制服を着ているから、学校のどこかで会ったことがあるのかもしれないし。
「いえ……そのお節介かもしれませんが、具合が悪いなら病院に行った方がいいと思いますよ?無理をして倒れられても困りますし……」
心配してくれていたようだ。悪いことをしてしまった。俺は素直に感謝の言葉を伝えることにした。
「あぁ。うん。ありがとうございます。じゃあこれで」
「あのぉ……」
「まだ、なんか?」
「さっきの女の子なんですけどぉ」
見られてたのか。
「どうして、断っちゃったのですか?」
白砂潔美の友達かなんかかなあ。だとしたら、やっかいだ。でもそれにしては、あんまり感情がこもってないな。怒っている風でもなく、普通に心配しているような声だ。
俺は下を向いて答えを考えていたが、うまく言い訳できるはずもないだろうと思い、頭をあげた。
あれ?
いない。目の前にいたはずの、美少女がいない。
何が起こったのか、俺は理解できずにいた。
目の前には確かに彼女がいたはずだ。いつの間に消えてしまったんだろう。下を向いていた間?でも立ち去る気配はなかった。同時に、そこにいるという気配も希薄だったような気もし始める。ふっと現れて、ふっと消えてしまったような。
自宅に帰るために歩き始め、歩いていても彼女のことが気になり、何度も振り返る。 とにかく不思議な出来事だった。しかし考えてみれば、俺の人生なんてそんなものかもしれない。人生の中で起こる全てのことに意味があるとは限らないのだ。
たとえばほら、そこで一人でポテポテと歩いている、保育園児くらいの男の子。親から離れてひとりで歩いているけれど、誰も気に留めない。いや、親はどこだ?見当たらないぞ。
なんだろう。俺の胸の中で、ざわざわとした感情がこみ上がってくる。放っておけない、焦燥のような、義務感のような、なんとかしなくちゃいけないっていう感覚だ。子供、子供を護らなきゃ。
小さな子供は幅の広い歩道を、あっちこっちと気の向くままに歩いている。時には車道側、時には草むら。草むらの先は私有地で、柵ができているのがせめてもの救いか。
下手に声をかけたら不審者かなあ。でも気になる。いや、気にせずにはいられない。衝動だ。
だって、子供だよ?幼児だよ?まもらなきゃ。俺がまもらなきゃ。
だって、さあ。だって、ほら。車が──車が──
俺は走り出していた。通学カバンを放り出していた。ひたすら走って、男の子に接近し、左足に力をいれて両腕で子供を抱きかかえ、制動をかけて反対方向に地面を蹴った。
キキキというブレーキの音と、クラクションの音。
トラックの運転手からは死角になっていて、小さな子供が見えていなかったんだ。俺の身長が急に進行方向に飛び込んできて、あわててブレーキを踏んだんだろう。そして俺は子供を抱えてトラックから距離をとり、すんでのところで子供を救った。
痛いなあ、背中。そして膝。足首も捻挫したかも。
腕の中にいる男の子がびっくりした顔で俺を見た。かと思ったら、全力で泣き出した。
ま、いっか。泣く元気はあるってことだ。ちゃんと生きてる。怪我してないかは次に確認すればいい。
「せいじ!」
女の人の悲鳴のような声がした。多分母親だろう。あー。ってことは、後は親に任せればいいや。俺はちょっと休憩しよう。
体中が痛くてたまらないや。
女の人が、子供を抱き上げる。泣いている子供が静かになる。
「ママー、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがー」
「何?どうしたの?何かされたの?」
おいおい、それは勘弁してくれよ
「かっこよかったー」
「……助けてもらったの?」
「うん!」
「そうだったのね。せいじのために、命をかけてくれたのね」
「死んで……ない……」
俺は我慢できず、途切れ途切れの声で訴えた。ここで救急車に乗せてもらえるか、霊柩車に乗せられるかは、だいぶ違う。
「あれ、あれれ、生きてる」
「お兄ちゃん、いきてるー」
「せいじ!よかったね!お兄ちゃん、生きてるね!」
わかったから、わかったから、救急車を……。
俺は、もしかしたら、もう一回転生するんじゃないだろうか、と思った。
今度転生したら、何がいいかなあ……。頑張って目を開けようとすると、そこには最後に目にする青空……だけじゃなくて、大きな丸い影が。
で、でけえ。
このママさん、えらい巨乳だった。このママの子供に生まれ変わるのもいいなあ、などと思ってしまった。
そうだ。このまま死んでしまうのなら、最後にこの丸い影をと思い、手を持ち上げ、双丘をがしっと。
「なっ!」
「お兄ちゃん、えっちー」
ママさん、息子を振り下ろし、息子の蹴りが俺の顔面に決まった。
今度こそ本当に意識を失う。そのきわに、頼む救急車をとつぶやいていた。
本当に、頼みます。
◆
そして、今に至る。俺は、ベッドの上で目覚めていた。病院である。
いかんせん、もう若くないので回復は遅いものの、なんとか助かったようである。
顔には絆創膏や湿布。全身包帯だらけだが、まだ生きている。加齢には勝てないなと、ぼやく。声は出ないな。少し時間が必要なのだろう。病院の横になっているってのは、そういう状態なのだろう。
体も動かないな。手足が動かせる気がしないけれど、何かついている感覚はあるから、四肢に異常はなさそうだ。多分、赤ん坊に転生しているなんてこともないだろう。俺はもうおっさんなんだから、転生して寿命が伸びるなんてのは都合がよすぎる。
おっさん……。俺はおっさんだったのか……?
そうか……おっさんかぁ……。
あれ?
おっさん?
あれれ?
そうだっけ?
なんかー、なにがー、正しいのかー、わからなくー、なってー、えーとー、
「修二くん?成瀬修二くん?聞こえるかな?」
「ん……んん……」
「一通りの検査はして、おかしな所見はなかったから、目が覚めたら帰ってもいいです。頭は打っていないようだけど、後から症状が出るかもしれないから、少しでもおかしな感じがしたら病院を受診しなさい。CT撮れる病院がいいだろうね」
「先生、ありがとうございます」
俺のかわりにママさんがお礼を言ってくれていた。そうか、救急車に乗せてくれたか。それだけで、感謝だ。
②【プロット】ダディ・アゲイン 木本雅彦 @kmtmshk
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