第四十話 お馬さんにもおみや

 帰宅してから私がしたことは、まずはおみやの中を見ること。


「うっわ、めちゃくちゃ入ってる!」


 風呂敷を広げてて出てきたのは、なんと二段のお重。その中に、これでもかと言わんばかりに、ぎっしりとおかずが詰められていた。そしてラップに包まれた豆ごはんのおにぎり。おにぎりはまだ、ほんのりと温かい。これはお花見弁当以上の豪華さだ。


「豆ごはんかあ」


 冷蔵庫に入れながら、手にした温かいおにぎりを見つめる。お店を出るまでは、もう一口も入らないと思っていたけれど。やっぱり食べたい。


「明日からまた運動すれば良いだけだし!」


 自分に言い訳をしながら、ラップをはがしてかぶりついた。ちょうどいい塩味がとてもおいしい。


「うまぁぁぁ~~! 本当に先輩のお母さんのご飯、最高~~!」


 しかし、これ以上の体重増加は超危険。休みが終わったら、しばらくのあいだは早めに起きて、いつもより少し長めのランニングをしよう。そう決意をし、スマホで撮った写真を弟に送ってから、お風呂の準備をはじめた。



+++



「おはようございまーす! おはよー、丹波たんばくーん」


 休み明け、まっさきに厩舎きゅうしゃに出向くと、丹波の馬房ばぼうに向かう。丹波は私の声に馬房ばぼうから顔を出すと、こっちを見ていなないた。その表情は、なんとなく不満げだ。


「なに、その顔。休み前にちゃんと話したでしょ? 昨日と一昨日おとといはお休みの日だったの。ちゃんと休まないと、いい仕事ができないんだよ? わかってる?」


 丹波は「そんなの僕は知りません」と言いたげな顔をして、私に頭突きをする。


「やれやれ。ワガママな子なんだから。私と先輩がお休みの間、土屋つちやさん達を困らせてなかったかなー?」

「二人の休みのことを話して聞かせたら、ちゃんと納得してたよ」


 猫車ねこぐるまでワラを運んできた土屋さんが、笑いながら教えてくれた。


「本当ですか? また一日中、ねてたんじゃ?」

「そんなことはなかったよ。なあ、丹波」


 土屋さんが話しかけると、丹波は元気よくいななく。まあ土屋さんがそう言うのだ。信じておこう。


「ところで比叡ひえい、会えたかい?」

「はい。とても可愛いお婆ちゃんでした!」

「元気そうだったか?」

「私はそう思いました。おやつもモリモリ食べてましたし。詳しくは先輩に聞いてもらったほうが良いかもです」

「そうだな、そうしよう。おお、噂をすればなんとやらだ」


 大きなアクビをしながら、先輩が厩舎きゅうしゃに入ってきた。


「おはようございます!」

「おはよー」

「朝からアクビとはなあ。大丈夫か?」


 土屋さんが笑う。


「いやいや。実家にいたら色々とやらされて。休んだんだか働いたんだか、よくわからない状態ですよ」

「そんなにこき使われちゃったんですか?」

「うちは母親が店をしてるから、家のことは祖母任せにしてるところが多いからね。親孝行ならぬ、お婆さん孝行かな」


 きっと先輩のことだ。お婆さんに頼まれたらイヤとは言えず、いろいろとやってあげていたんだろう。


「おみや代の元はしっかり取ったみたいですね、お母さん達」

「そこは間違いないね。だから馬越まごしさんも、あれに関しては気にする必要はないよ」

「心配することなく、美味しくいただきました」


 そう言ってから、先輩が手に持っている物に目がいった。


「ところで先輩、朝からお買い物にでも行ったんですか?」

「ん? ああ、これね」


 私が指さしたパンパンにふくれたレジ袋を見て笑うと、中身をひろげて見せてくれる。


「サツマイモにカボチャ、リンゴ、バナナ……? めちゃくちゃ重いものばかりですね」

「言っておくけど、これは馬越さんのおやつじゃないよ」

「ってことは、もしかして丹波君にですか」

「当たり。土屋さん、一応、俺もチェックしたんですが、食べさせても問題ないものばかりですよね」


 土屋さんが袋の中を確める。


「ああ、問題ない」

「天ぷら用に仕入れた野菜と、家で飲むジュース用の果物。丹波におすそ分けだそうだ」

「私だけじゃなく、丹波君にまでとは」


 先輩のお母さんの心遣いに恐縮してしまった。


「馬越さん、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ってことわざ知ってる?」

「もちろん知ってますよ……ん?」


 なにやら意味深なことわざに、首をひねる。


「その馬って丹波君のことですか?」

「うん。で、将は馬越さんのことだね」

「……」

「……」


 妙な沈黙が流れた。


「けど丹波君、お母さんと会ったことなんてないじゃないですか」

「それはそうなんだけどねえ」

「……」

「……」


 再び沈黙が流れる。


「なかなか策士なんですかね」

「そうなのかな。どう考えても、策士策に溺れて沈んでるって感じだけどね」

「てか先輩、最初から相手にしてないじゃないですか。お母さんが言ってることに対しても塩対応だし」


 先輩のスン顔を思い出してニヤニヤしてしまう。


「ま、策でも策じゃなくても、丹波君には関係ないですからね。ありがたくおやつはいただいておきましょう! ありがとうございます。あ、でもこのリンゴ、新鮮そうですし、私でも食べられるんじゃ?」

「相棒のおやつの横取りは厳禁だよ、馬越さん」

「そうでした。丹波くーん、夕方のおやつ、当分は困らないよ~~」


 それからふと、良いことを思いついた。


「おやつのお礼、丹波君のサイン入りブロマイドにしましょうか。サインは難しいので、足形とかにして」

「足形をつけるとか、また難易度高いことを思いついたね」

「え、やっぱり難易度高いですかね」

「高い高い」


 さすがにお相撲さんのように、一枚ずつ手形をおしてもらうのは無理だろうか。


「そっか。御朱印みたいで良いかなって、思ったんですけど。ほら、古い蹄鉄ていてつなら、酒井さんが保管してらっしゃるし、それを使う手もあるかも」

「ああ、それを使うのは良い考えかも。一度、隊長に提案してみたら? たまに野菜やワラを寄付してくれる農家もあるし、お役所的なお礼状ばかりじゃつまらないからね」

「ですよね! だったら後で隊長に話してみます!」


 新しい提案、隊長がその気になってくれれば良いんだけど!!

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こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです 鏡野ゆう @kagamino_you

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