第三十九話 おみやをいただきました

「ごちそうさまでした!」


 お茶漬けを食べ、その後にデザートとして、ゆず味のシャーベットを食べた。もうこれ以上は一口も入らない。お腹いっぱいだ。幸せな気持ちでごちそうさまをする。


「お口にうたみたいで、安心したわ」

「本当においしかったです! 母がたまにこっちに出てくるんですけど、その時に、おすすめのお店としてつれてきたいぐらいです」

「その時は遠慮のう来てちょうだい。馬越まごしさんのお母さんやったら、ごあいさつしたいし」


 その言葉に先輩が反応して顔を上げた。


「ちょっと。なに、親戚づきあいを勝手に始める気でいるのさ」


 そして鋭い指摘が入る。


「せやかて、あんたの後輩さんのお母さんやろ? そりゃ、京都に来はったらごあいさつせな」

「まったく。油断もすきもありゃしない。馬越さん、うちの母には音羽おとわ以上に要注意だよ」

「わっかりましたー」


 私の返事に、先輩はヤレヤレと首を横にふった。


「音羽て?」

水野みずのさんの相棒の馬」

「水野さんのお馬さんて、噛みついたりむしったりしてた子やん。そんなお馬さんとおかあちゃんと一緒にするなんて、失礼な子やな、ほんまに」


 お母さんの抗議に、先輩は相変わらずのスン顔塩対応だ。


「油断もすきもないのは本当のことだろ?」

「だからて、あのお馬さんとやなあ……」


 音羽の悪行は、こんなところにまで伝わっているらしい。


「……あ、もうそんな時間なのか」


 なんとなく店内の時計を見て、かなり長居をしてしまったことに気がついた。


「もうこんな時間なので、そろそろ失礼しようと思います。先輩、今日はごちそうさまでした……で、良いんですよね?」

「もちろん。じゃあ、バス停までは送っていくよ。母さん、支払いは戻ってきてからで」

「はいはい。ああ、馬越さん、ちょっと待っててくれる?」


 帰る用意をする私に声をかけ、お母さんが奥に引っ込んだ。そしてすごく戻ってくる。


「これ、もって帰りよし。いれもんはゆずるにことづけてくれたらええから」

「?」


 お母さんが持ってきたのは、風呂敷に包まれた四角い物体。


「この時期は食中毒の心配もあるから、帰ったらすぐに冷蔵庫に入れてな。食べる時は、お皿に分けてチンしたらええし」

「おみやだねえ。良かったじゃないか。これだけあったら、明日はなにも作らなくても、大丈夫じゃないかな」

「今日は食べへんかった、豆ごはんもおにぎりにしておいたからね」

「え、でも良いんですか? こんなにたくさん」


 ぱっと見、重なったお重なのでは?という大きさだ。


「かまへんかまへん。明日、うちの息子をこき使って元は取るから」

「俺、明日は休暇日なんだけどなあ」


 お母さんは、それをマチ付きの大きな紙袋に入れて、先輩に渡した。


「ほな、バスに乗る前に、忘れずにちゃんと渡してな。任せたで?」

「任されました」

「馬越さんも、くれぐれも帰ったらすぐ冷蔵庫、やしな?」

「はい。ありがとうございます! 今日はごちそうさまでした!」


 席を立つと、奥にいたあの常連さんがこっちに向けて手を振ってきたので、会釈えしゃくをする。


「お先に失礼しますー」

「またなー。譲君、またカノジョさんをつれてきたりいやー?」

「だから後輩だって、さっきも説明したのにまったく……」


 ぼやく先輩と一緒にお店を出た。


「あ、お婆さんにごあいさつしてないんですけど」

「ん? ああ、この時間だと、もう寝てると思うから、気にしないで良いよ」


 先輩が腕時計を見る。


「あ、それでお姿が見えなくなっていたのか」


 お年寄りは夜が早いと言うが、それは東西関係なく同じらしい。


「ところで先輩、私、送ってもらわなくても大丈夫ですよ? 遅くなったと言っても、まだまだよいの口ですし」

「そう? では質問です。今、俺達が立っているのは、なに通りでしょうか」


 そこまで遅い時間でないとはいえ、外はすっかり暗くなっている。人通りもそれほどなく、目印になるような建物はない。


「……やっぱり送ってもらったほうが良さそうです」

「人間、素直が一番だよ、馬越さん」


 そう言って笑うと、私の前を歩きだす。


「あらためてですけど、今日は本当にごちそうさまでした! めちゃくちゃおいしかったです!」

「それは良かった。少しは異文化交流をした気分になれたかな?」

「はい!」


 写真もいくつか撮らせてもらったし、これもまた弟に自慢の晩御飯として送っておこう。


「夏場になるとまた違った料理が並ぶから、その時は来てみると良いよ。ただ祇園祭ぎおんまつりの前後は、町内の会合で貸し切りにすることもあるから、事前にチェックしてもらったほうが良いかな」

「じゃあその時は、先輩に確認します。それで良いですか?」

「遠慮なくどうぞ」


 五分ほど歩くとバス停についた。なるほど、このバス停の近くなのかと納得する。


馬越まごしさんが住んでいるのって、西陣にしじんの待機宿舎だっけ?」

「はい。ここからだと12番かな」

「一番の最寄りのバス停だと50番か」

「うまく後ろに50番が来たら、どこかで乗り継いで帰ります」


 バス停の接近表示が12番のバスが来たことを知らせる。道路から通りを見ると、向こうの信号でバスが止まっているのが見えた。


「まだ早い時間だけど、気をつけて帰るように」

「はい!」

「じゃあこれを渡しておく。渡し忘れたら、タクシー使ってでも届けろって言われるから」


 紙袋を渡された。結構な重さだ。


「あの、本当に良かったんですかね、こんなにいただいて」

「もちろん。ま、おみや代も俺が払わされるわけだけど、そこは気にしないで」

「ごちになります! 明日もご苦労様です!」


 このおみやの元は取るといっていたが、そのせいで先輩は明日、どんな目に遭うのだろう。


「なにをさせられるんですかね」

「そうだなあ……きっと男手がないとできないことを、ここぞとばかりに言いつけてくるだろうね」


 なんのための休暇日なんだろうとぼやいている。


「マジでおつとめご苦労様です!」

「警察官としては、ビールを飲んだからには車に乗るわけにもいかないし、この機会に少し親孝行しておくことにするよ」


 向こうの信号が青になり、バスがバス停に到着する。


「じゃあ、また明後日あさって

「はい。おやすみなさい!」


 あいている席があったので座ると、見送る先輩を置いてバスは発車した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る