世界の終わりに、君を

人生

 The World Ends Wish...




 とあるオンラインゲームがこの日、数年続いてきたそのサービスを終了しようとしている。


 PCの画面には、サービス終了――世界の終わりに相応しいような、凄惨な光景が映し出されていた。

 永遠に終わらない戦いを続けるNPCたち……兵士とモンスターの衝突。一定のリズムで繰り返される効果音。

 その中に混じって、不規則な動きをする四体の大型個体と、それぞれ個性的な装備に身を包んだ戦士たち――運営が直に操作していると噂のボスモンスターと、それと戦うプレイヤーたちだ。


 サービス終了告知後に設けられた特殊なフィールド――そこでは、『終末戦争』というこのゲーム最後の大型イベントが行われている。


 チート級の化け物を相手に、これまで育ててきたキャラクターと培ってきた技術を試す――あと十数分もすれば終わるゲームで、最後の思い出作り、報酬は運営を倒したという満足感だけ。参加しているのは相当なもの好きだけだろう。


「……はあ」


 何度目とも知れないため息をつく。


 俺はゲームのタイトル画面を視界の端に映したまま、別ウインドウの動画サイトでライブ配信されている『終末戦争』の様子を眺めている。


 普段なら、運営がコントロールするプレイヤーキャラクター……銅像のように微動だにしない、ほぼNPC同然のキャラの視点がライブ配信されている。プレイヤーの多く集まる首都の中心に立ち、移り変わる街の様子を常に映しているのだ。

 世界の終わりには動き出すなどとユーザー間で噂される伝説の英雄キャラクターだったのだが、現在、その配信画面は『終末戦争』のラスボスの視点に切り替わっている。平和な街の様子から一転、戦場の光景が二十四時間配信されているのである。


 配信ページのコメント欄はサ終を目前にしてか、流れが速い。ゲームが終わるまでに四体のボスモンスター及びラスボスを倒そうとする攻略チームの応援をしているようだ。

 なんでも、このラスボスは倒せるかもしれない、という。海外のトップチームが四天王と呼ばれるボスを全滅させる配信を行っていたのだが、その際、これまで微動だにしなかったラスボスのHPゲージに動きがあったというのだ。


 サ終の告知から三か月――ラスボスのHPは徐々に回復しながらも、ついに四分の一を切っている。

 あのゴディラみたいなクソデカ怪獣が一時、片膝をついたのだ。


 伝説サービスの終わりを見届けようとコメント欄やゲーム内の戦場に集まったプレイヤーたち――なおも戦い続けるトッププレイヤー――そのいずれにも混じらず、俺は暗い部屋でぼんやりと、PCの画面を見つめている。


 ……週末のこの時間、これまでなら同じギルドのメンバーと集まって、ボイスチャットをしながら一緒にゲームをするのだが――サ終の告知があってからというものそれもめっきり減り、俺なんてこの一ヶ月ログインすらしていない。


 どうせ終わるのだ。何をしても空しいだけ。メンバーの中には想い出の地を巡ってスクショを撮ったりしているヤツもいるようだが――何をするのも悲しくて、終末イベントなんてせずにさっさと終わってしまえばいいのに思いながら、またため息。


 ボスを倒したところで、サ終が撤回される訳でもない。既に有償コンテンツの販売は終了しているのだ。今から課金して運営を続けてもらうことすら、もう出来ない。

 そもそも、俺一人がいくら課金しようと意味なんてないのだ……。


 まだストーリーも完結していない。カットシーンばかりで未実装のエリアだってたくさんある。行ってみたい場所もあった――


 ……もう、どうにもならない。


 やるせない想いだけがあって、サ終を簡単に受け入れているユーザーや、もう終わるから削除しました、とか言ってるヤツとか、思い出話に花を咲かせている連中とか……何一つ共感できない。


 だから最後の「お祭り」を楽しむ気になんてなれず――ただただ、早く全て終わって、もう何も取り返しのつかない状態になってしまえばいい、と――



 ――その時、不思議なことが起こった。



「!」


 気付いた時、俺は地上を見下ろしていた。


 どこか、高いところから――夜空の星のように無数に瞬く、地上のエフェクトを見下ろしている。


 この視点、知っている……!


 ラスボスの――『破壊神』の視点だ……!


 俺は今、『破壊神』になっている――なぜだがそのことが明瞭に理解できた。

 これは夢かもしれない――サ終間近のゲーム世界に転生する、よくある夢物語かもしれない。


 しかし、だとしても――夢は夢でも、俺はそれを自覚している。なら、もう画面越しに眺めているだけじゃない……この夢の中で――ゲームの中で! 自由に動けるのだ!


 しかも、ゲーム内最強のキャラクターとなって――!


 ……サ終が告知されてからというもの、死んだようだった俺のやる気が息を吹き返す――どうせ終わるゲーム。俺一人の力がどうにもならない――だけど今なら――


「俺の手でこのゲームを終わらせてやる……」


 そうだ。何も出来ないまま、ただ終わりを見届ける無力感――そのつらさ空しさから今、解放される。どうせ終わるなら、終わらせてやる。破壊だ! 蹂躙だ!


 そして――未実装エリア世界の終わりを見に行くんだ――――




 巨大怪獣が動き出す。

 それは現地で戦うプレイヤーやライブ配信を視聴していた人々だけでなく、四天王を操作していた運営チームのあいだにも動揺を走らせた。


「戦闘エリアから移動しています!」


「『破壊神』、操作を受け付けません!」


「NPCを追って移動しているようです!」


「このままでは戦闘禁止区域に……!」


 次々と上がる部下たちの報告を受け、部屋の奥のデスクで肘を立てて両手を組み合わせるような格好で座るプロデューサーと、その横に佇むディレクターは小さな声で言葉を交わしていた。


「どうする、P」


「……これも世界の意思だ」


「そうか」


「サーバーが閉じるまで、残る五分――我々は見守ろう」




 戦場には、俺の最推しだった――このゲームのヒロインの姿もあった。


 このゲームに残念なところがあるとすれば、それは――プレイヤーキャラに様々な衣装を着せたりポーズをとらせてスクリーンショットが撮れるのは今やどのゲームでも基本的な仕様だが、NPCであるヒロインなどのキャラ相手にはそうもいかない、ということ。


 しかし、今の俺は彼女と同じゲーム内にいて――この手で捕まえることが出来れば、スクショなんて撮り放題だし、もっといろんなことが出来るだろう――


 逃げるヒロインを追いかける。こちらの動きは鈍重だが、圧倒的な体格差があって一歩で稼げる距離は大きく、またその前進は大きな衝撃波をもたらす。


 逃げる女の子を追い回すなんて現実はもちろん、ゲーム内でもプレイヤー相手にはNGな行為だが――今の俺に、そんな常識は要らない。


 ヒロインを捕まえる。世界を壊す――まるで悪の大魔王にでもなった気分だ。


 平時なら決してモンスターが現れることのない、戦闘行為の発生しない市街地に――数多のプレイヤーが最後の時を過ごしているホームタウンに足を踏み入れる。


 近代ヨーロッパ風の街並みが広がっている。建物は高くて三階ほどで、今の俺はさらにその倍もある目線から地上を、NPCを、プレイヤーたちを見下ろしていた。


 この街で――ゲーム内で起こった様々なイベントが、他のプレイヤーとの交流の記憶が蘇る。


 個人では決して手の届かない高級街の別荘地――ギルドのメンバーと資金を出し合って購入した。でもやっぱり個人用の住宅は憧れで――そのマンションを、片腕で薙ぎ払う。屋根が倒壊し、中身が露わになった。


 瓦礫が積もった廃墟だらけの街に、怯えるヒロイン――あぁ、いい光景だ。それを目標に頑張ろう。


 滅べ、世界――



 ずごぉおおおおおおおん!



 ぴしゅぅううううん……! どこぉおおおおおおん!



「?」


 どこからか聞きなれた効果音が響く。


 見下ろせば、街。魔術師系のジョブと思しきプレイヤーが数名、俺に杖を向けていた。今のは、攻撃魔法のSE――視界の半分を覆う激しいエフェクト。


 ……くそ、スクショ撮影の邪魔をする気か!


 身体の動きがより鈍くなる――なんらかの状態異常か。この体格では攻撃を避けることは難しい。HPは全然減っていないが――邪魔されてるあいだにサ終されてしまってはマズい。

 かといって、一人一人潰していくのも――プレイヤーは各方向に散っている。後方からも世界のトッププレイヤー集団が迫ってきているようだ。ビームでも撃って一網打尽に出来ればいいのだが、いかんせん怪獣の視線は正面にいる重装備をした集団に釘付けにされる――タンク職がヘイト管理しているのだ。これがシステムに縛られるモンスターの感覚か。


 こうしている今も、ヒロインの姿は遠ざかっていく。向かう先にはムービーのカットシーンにこそ登場するが、プレイヤーたちは誰も足を踏み入れたことのない王城エリア。そこも一つの世界の終わり――未実装のエリアには入れないのか、それとも――それを確かめるためにも、こんなところで足止めを喰らう訳にはいかない。


 一対多数はさすがに分が悪い――ならば、俺にも考えがある。


 この街の地下にはダンジョンがある――地団太を踏んで街路を破壊し、地面に穴を穿つのだ。そこからモンスターを溢れさせてやる――地獄絵図を作り出そう。美しい想い出で終わらせてなるものか。


 破壊する。進撃する。蹂躙する――サーバーが壊れるくらい、激しい一斉破壊を生み出してやる。中身をきれいさっぱり消し去って、同じサーバーで他のゲームの運営なんてさせてやるものか――


 さあ動きだせよ英雄、世界の危機に立ち上がってくれ――街はモンスターでいっぱいだ。NPCが死んでいく。斃れたプレイヤーを蘇生魔法の光が覆う、ヒーラーのMP回復が間に合わない。


 やるせない想いは、怒りとなって俺を衝き動かしていた。

 その動きが、俺の意に反して重くなる。


 ……なぜだ? どうして?


 その理由は、俺の周囲を取り囲むプレイヤーキャラクターの数にあった。


 そうだ、多くのプレイヤーが今この場に集まり――サーバーがメモリ不足に陥っているのだ。描画も荒くなっていく。せっかくの破壊の痕跡にモザイクがかかってしまったかのようだ。


 ――HPが減っている。今、全てのプレイヤーが俺の前に立ち塞がっている。


 その先に――ヒロインの姿がある。


 そして、


「……!」


 よく見知った一人のキャラクターが、ヒロインを庇うように立っていた。



 ――あれは、俺だ。



 これまで俺が操作してきた、俺が育ててきた、俺の――もう一人の推しじゃないか。


「く――――」


 あいつを殺せば、気分が晴れるか? ヒロインもろとも、周囲のプレイヤーも巻き込む範囲攻撃が今の俺には使える――使えばきっと、大量のパケット通信が発生し、サーバーにも影響があることだろう。それで、全てお終いだ――


 しかし――


「くそう……」


 全てのユーザーが今、この世界を守ろうと立ち上がっている――その大量のアクセスが、俺の動きを重くする。


 ……やれる訳、ないじゃないか――



 ――そして、世界が終わった。




 スマホの通知音で、俺は目を覚ました。


 顔を上げると、ディスプレイには二つのウインドウ。


『サーバーとの通信が切断されました』


『このライブ配信は終了しました』


 ……寝落ち、してしまったのか。肝心の瞬間に、立ち会えなかったのか。


 スマホを見ると、リアルでも繋がりのある、ギルドのメンバーからだった。


 ……ゲームは終わっても、そこで生まれたコミュニティまでは終わらない、か――


「あぁ――」



 ――良い夢を、ありがとう。



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世界の終わりに、君を 人生 @hitoiki

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