橙未の刻 ー 同道遊戯 ー
視界から曼珠沙華が消え、代わりに落葉が増える頃。
「さっきさぁ、換金に山降りた時に聞いたんだけど」
とある廃棄された山寺に、曼珠の軽い声が響く。
もちろん勝手に上がりこんだわけなので、答えを期待する相手は一人しかいない。
その相手は縁側で船を漕いでいたが、曼珠の声に煩わしそうに目を開けた。
「……うるせぇ。朝っぱらから騒ぐな」
「うん、あのね桜ちゃん。もう
すでに天高く昇っている太陽を指す曼珠に、桜は不機嫌そうに唸った。「陽光は体が重くなる」とかぶつくさ言うくせに、それを利用して日向ぼっこにいそしむのが、いまだに曼珠は理解できない。
もっとも、互いに理解は求めていない関係だ。だから、曼珠はいつも通り勝手に話し始める。
「九陽教、解体されたんだって。瓦版によれば、梓ちゃんが頑張ったみたいだよ」
「――へぇ」
半眼だった目を微かに見開き、桜は相槌を打った。
「よかったじゃねえか。お前、あの子気に入ってたもんな」
「そうかな」
「そーだよ。じゃないとお前、わざわざ足手まといの小娘を連れてかないだろ」
言って、青紫の瞳が曼珠を見上げた。
「昔のお前にちょっと似てたもんな」
「……そういうところ、本当鋭いよねあんた。頭の働き鈍ってるとは思わない」
言って、曼珠は隣に腰を下ろした。柔らかに降り注ぐ午後の光に、再び桜は頭を揺らしている。すでに黒く染めなおされた髪を一瞥し、曼珠は口を開く。
「今回も空振りだったよ」
「白い髪の男か」
「そ。あんたのお友達」
「で、お前の仇」
互いに確認するようなやり取りのあとは、少しだけ間が空いた。先にしびれを切らすのはいつも曼珠だ。
「あんたさぁ、だいぶとあの子には言わなかったよね」
「そうか?」
「一千年も生きちゃいないってこととか、死因とか」
「だって訊かれなかったし。それに、あんまりガキの夢壊すもんじゃねえだろ」
唇の端を歪めて桜は笑った。
「千年間ずっと心臓に杭打たれて死んでました。地震でたまたま杭が抜けて生き返りました……なんて言われても反応に困るだろ」
「それはそう。僕だって「昔の人怖いなー」ってドン引いたよ。しかもたまに生き返って、また死ぬんでしょ。マジで無理」
「抜かせ。お前、俺と会った時に鬼の首引きちぎろうとしてたろうが。三千世界のどこにもいやしねえぞ、そんなエゲツないことする奴」
「いやあ、僕も若かったねえ。ほら、あの時は他に興味がなくてさ」
「――今もだろ」
ぼそりと言われた言葉には答えず、曼珠はすみやかに話題を変える。
「黄泉薬についてもだいぶと端折ったよね」
「不老不死の妙薬が、実は鬼を生む薬でした、ってか? それこそ言ってどうする」
「大半は鬼になって狂うってだけで、間違ってはないけどね。ただ、あんたやあの男みたいにちゃんと不老不死になれる奴もいる。条件はわかんないけど」
「……わかれば戻れるんだけどな」
「やっぱ嫌なんだ」
「ずっと一人だからな」
何げなく漏らされた言葉に、曼珠は隣を見た。
相変わらず夢うつつなのか、すでに桜の目は閉じられている。
「そりゃ……確かに嫌だな」
答えはない。これ以上話したくないから、ただの狸寝入りかもしれないが――
「でも、ま。僕はしばらく同じ道だからね。そこまでは一緒に歩いてやるよ」
とりあえず、曼珠はそう言っておいた。
求めるものは同じでも、成したい目的は真逆だ。だから互いに、道の先の別れ道には気がついている。
気がついて、でも見ないフリをして同じ道を歩く様は、きっと他人から見れば滑稽だろう。
それでも、しばらくはこのままがいいと思うくらいには、互いにこの遊戯を気に入っている。
日願ノ國ノ鬼退治 透峰 零 @rei_T
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