048:俺の進路


 ちょっと切なくなってしまったので、暖かいお茶とお菓子を買って、噴水広場のベンチでぼーっとする。故郷に戻っては来たが、さてこの後どうしようというぽっかり感がすごい。あとラブラブカップル2連続のせいでちょっと目が遠くなっているのは気のせいだ。


 ああ……空が青いなあ。まだ冬の空気だ。この透き通った空気は、春になると少し緩んで霞んでいく。それをじっと待つのもいいか。



「何をたそがれておるのじゃ?しゃきとせい、せっかく我が探しに来てやったのじゃぞ?」


 感傷に浸っていたら、カルラがやってきて上から覗き込まれた。びっくりして固まってしまったが、今日は性別が分かりにくい。じーっと見つめていると、何やら通じたらしい。


「今日は中間の日じゃの。男でも女でもないしどちらでもある。そういう日もあるのじゃ」

「なるほど……いや?」


 納得しそうになったが、つまり中性?の日?なんだそれは。訳がわからん、さすがドラゴン。

 頭をもとの位置に戻して手の中のお茶を飲み切る。その様子を見て、カルラは立ち上がらんかと催促を入れてきた。


「さ、おぬしの実家に挨拶に行くぞ」

「いや、まだ寄るところあるから、俺は」

「ぬ、なんじゃと……じゃあちゃっちゃとすませるのじゃ!」

「はいはい着いてくるのは確定なのね……ところで挨拶って、俺の想像してるやつじゃないよな?」

「なんじゃ?ご両親におぬしをくださいとか言うつもりはないぞ?」

「あ、そうなの」


 ちょっとホッとしてしまった。

 正直、カルラとラブラブカップルになれと言われると難しいところなので……。

 だって障害がありすぎるというか、まずドラゴンというところを飲み込むところからだからな……。その背中に乗せてもらう前に目の前で変化するのを見たけど、いまだに信じられん。

 俺が1人でうんうん考えていると、なぜかカルラがキリッとした顔をしてきた。


「我は欲しいものは何があろうが獲りにいくのでの。今回はおぬしの実家はどんな感じか気になるから見に行くのじゃ。旅の道中でやたら剣士と詩人が故郷の温泉が一番とか言うから、温泉にも入りたいしの〜」


 問答無用のタイプだった!!!あと故郷の温泉は俺も格別だと思います!!!


「頼むから大人しくしといてくれよ……あと、獲りに行く前に話し合いをしような……」


 とりあえず止められるかどうかはわからんが、横にいてなるべくツッコミを入れよう……。


 今からすでに気が重くなっているが、とりあえずあと一件は顔を見せておきたいところがあるから、そっちを先に済ませよう。



◇◇◇



「師匠〜戻ってきました〜」


 足湯の施設のそばに据えられた番台的なテーブルセットに、いつものように座って本を読んでいた師匠を見つける。俺は手を振りながらそっちに寄っていった。

 まだ寒いので、外で浸かる足湯にはあまり人気がない。というか外にいる人がいない。


「おう、ラッシュか久しぶりだな。それよりそっちの別嬪さんは誰だ?」


 俺への挨拶もそこそこに、めざとく横のカルラを見たらしい。あれ?別嬪てことは認識阻害は効いてないのか?

 当のカルラはニヤリと笑って、挨拶を返していた。


「カルラという。ラッシュに命を救ってもらったので恩返しをしておる。よろしくの」

「俺ぁオズワルドってんだ。よろしく。なんだおまえら結婚すんのか?」

「いや、ちがいます!!付き合ってもないです!!ていうか恩返しまだ続いてたの!?」


 トレヴゼロに送ってもらった時点で俺はもうすっかり恩返しは終了してたと思っていたんだが!?


 しかしそうか、結婚適齢期に旅に出て、誰か連れて帰ったらそりゃ結婚相手かと思うよな〜。それはしょうがないが、きちんと否定しておかねばズルズル行きそうな気がするぞ。これは実家に戻る時も気合を入れておかないと。


 ちらりとカルラの方を見ると、案の定不服そうな顔をしていた。

 俺はちゃんとノーが言える子だからな、問答無用で攫おうとか考えないでくれよ……。

 実際力づくで来られたら勝てる気などまったくしないので、出来ることなら話し合いでなんとかしたい。なんとかさせて。


「なんだ、おまえさん手が遅いんだな。気に入ったやつ見つけたならしっかり繋ぎ止めとかないと後で後悔するぞ」

「そうじゃぞ、手を出すなら今のうちじゃぞ」

「2人して何言ってるんですか、はい師匠、これお土産です。チックエリの酒とユーリカさんのお手製ツマミ」


 調子よく煽ってくるのを流して、ユーリカさんから預かった手紙と、干物やらの漬物やらの日持ちする酒のツマミセットを渡す。


「おっ、すまんな!これ好きなやつだな、さすがわかっとる。ユーリカ元気だったか?」

「めちゃくちゃお元気でしたよ。すっかりお世話になりましたから、師匠からもお礼の手紙出しといてください」


 おうーと生返事を返しながら早速酒を取り出そうとしている師匠を横目に、ぼつりとカルラがつぶやいた。


「あやつのツマミ美味かったの……」

「てかカルラももらってただろ。もう食べきったのか?」

「とっくの昔じゃ。あやつの料理は酒に合うのじゃ……また貰いに行かねばならん」


 ああ……そういやちょいちょい旅の間に酒飲んでたもんな……。


「ユーリカさんのレシピいくつか貰ってきたから、今度作ってやろうか?」

「本当か!?むむむ、あれじゃ根菜と肉を甘辛く炒めたやつとか、青菜を漬けたやつを炒めたやつとかできるか!?」

「……あとでレシピちゃんと見とく」


 すごい食いつきだった。まあ、ユーリカさんの味を再現できなかったらカルラがあらためてチックエリまでもらいに行けばすむしな!


「で、戻ってきたからにはよ、このあとどうするか決めたのか?」

「あーー、あーー、その……」


 酒とつまみをつつきながら師匠が聞いてくる。カルラもちゃっかり自前の酒を出して飲み始めている。師匠は珍しい酒をカルラが出してきたので、喜んでツマミを分けている。酒飲みの美しい友情である。


 俺は若干現実逃避しながら、目を逸らす。いやあぶっちゃけ全然決まってないです。どうしよう?


「……それならいい話があるぞ。俺はぼちぼち隠居しようと思っててな。ちょうどいいし、この店引き継げよラッシュ」


 えっ。

 

「師匠、でもまだそんな年じゃ」

「そんな年だよバーカ。俺ぁもう60だぞ?いい加減隠居してもいいだろがよ。それに、身体が動くうちに、まだ生きてるやつの顔見に行くのも悪くねえと思ってな」

「師匠……」

「まあこの店は好きにしな。っていっても1〜2年は引き継ぎという名の小遣いむしりとってやるから、安心しろよ」


 師匠はそう言って笑いながら酒をグビリと飲んだ。俺の進路が決まった瞬間である。




 師匠は酒を飲んでぐか〜とその場で寝てしまったので、ひとまず師匠宅の寝室まで運んで布団をかけておいた。この辺はもういつもの流れなので慣れたもんだ。

 そしてカルラと2人、師匠のとこの足湯に浸かりながら、俺は覚悟を持って聞いてみた。


「な〜、ぶっちゃけた話、カルラは俺と結婚とかしたいの?俺のことす、好きなの?」

「結婚はまあどっちでもいいかの。我ドラゴンじゃし。おぬしのことはわりと好きじゃぞ」

「う〜ん!わりと!?わりとってどのくらい???」

「人間の中では一番くらいかの」

「……それは結構好きなのでは?」


 思っていたより好かれていた!ちょっとキュンとしたがしかし、俺の気持ちは全然そこまで盛り上がってないんですがどうしたら!


「ドラゴンって他にいないのか?オスとかメスとか」


 ドラゴンも含めるとどの辺なんだろう……と思って聞いてみたが、ドラゴンなんてそもそもおとぎ話の存在だと思ってたくらいだしなあ……いないのかもしれない。


「他のドラゴンはおるが、我と同族と数えられるくらいのドラゴンは限られておるのう……そもそもドラゴンに男も女もないしの。力の強い方が卵を産むだけじゃ」

「え、そ、そうなの?」


 あ、やっぱり少ないのか。数が少ないドラゴンの中に好きなやつがいないってことかな。流れでドラゴンの生殖の一端を知ってそっちの方に興味が湧いてきたぞ。


「そうじゃ。新しい命を産み出すにはそれこそ己の命を賭けるほどの力が必要になるでの。必然、力の強いほうが産んだ方が生存率が高い」

「そ、そうなのか…」

「安心せよ、お前の卵は我が産んでやろう」

「!?た、たまごデキルンデスカ???」


 はい!?どういうこと!?人間とドラゴンで!?ていうか俺のことそこまで!?


「うむ。なんじゃ?嫌なのか?」

「いや、その、嫌っていうか人とドラゴンでは子供は無理なのでは……?異種だし……あと、俺そこまで気持ち固まってないっていうか、カルラのことは友達だと……」

「なんじゃ!煮えきらんの!!!……はっ、まさかおぬし我以外に好きなのがおるのか!?」

「えっ、それは、まだですけど……」

「じゃあ我にしておけ!!」

「ダメです、こんな中途半端な気持ちでお付き合いはできません!!!」

「なんでそこだけ頑固なのじゃ〜!!!」


 なんでもなにも、俺は恋愛結婚がしたいしドラゴンと暮らすなんて覚悟もできてないんだよおおお!!!




 しかし、こうしてカルラと俺はなんやかんやで長い付き合いになっていくのだが、それはまた別の話。





 師匠の店を継いだ俺は、持ち帰った各地の温泉地の湯をトレッサの研究所で解析してもらって入浴剤を作れないかと四苦八苦したり、すっかり人間の街に馴染んだカルラと食倒れの旅に出たりと忙しくしていた。

 その間にクレッグは正式に王都の騎士団に入団したり、イームルは吟遊詩人らしく各地を飛び回っている。




 そしてこの数年後、俺はドラゴン印の薬用入浴剤を大ヒットさせ、ここトレヴゼロを大温泉観光地へと発展させていくのだった……。





- 俺たちの世界湯けむり漫遊記 終わり -

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俺たちの世界湯けむり漫遊記 幹竹 @miaaki

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