終章 風呂上がりにはフルーツ牛乳を
047:帰郷
そうして帰ってきた。この地へ。
ああ素晴らしき鄙びた温泉街トレヴゼロよ。
20年暮らした街並みは、一年振りでも特に変わらず俺はホッとしていた。
ドラゴンの住む火山の温泉に浸かり、ドラゴンに乗って移動というおとぎ話のような出来事から一夜明け、朝の光の中、俺たちはトレヴゼロの大門をくぐった。
久々に会う門番さんたちにまずもみくちゃに歓待され、街に入ってひとしきりすれ違った知り合いにいつ戻ったの!今!?みたいな会話を交わしながら、それぞれの家に行く道をたどる。
「じゃあ俺はこっちへ。落ち着いたらまた飯でも食いに行こう」
「そうだね〜、クレッグもお疲れ〜!」
「おう、お疲れ。また誘いに行くわ〜」
まずは大通りを挟んでうちと反対側にあるクレッグが離脱。俺とイームルは家が近いので同じ方向だ。
ちなみにカルラはちょっと忘れ物が……と言って、朝出発前に火山に戻って行った。改めて来るらしい。
ご実家に挨拶に行くのにこんな格好ではのう……とかモジモジしてたが、誰の実家にご挨拶に行く気だ。聞かなかったことにしよう。
「さ〜、一年ぶりの我が家だけどどうなってるかな〜?」
「おまえんとこは落ち着いてそうだけど……俺の兄弟どうなってるかなあ……」
「あは、もうさすがにラクリスは結婚してるんじゃないの?ラブラブだったじゃん」
「そうなんだよなあ……義弟が増えてるのかなあ」
そんな会話をしながら、イームルの家であるところの魔法屋が見える通りに入った。
「じゃあまたね〜落ち着いたら宿屋にごはん食べにいくよ〜」
「おう、またな」
ひらりと軽く手を振ってイームルが魔法屋に入っていく。なんか中からドンガラガッシャーンみたいな音が聞こえたが大丈夫か?
俺は俺で、実家が見えるにつれてなんかドキドキしてきた。人の少なめの通りを歩いていくと、3階建ての見慣れた宿屋が近づいてくる。
「ただいま〜」
「いらっしゃ……えっ!?
「おい待て妹よ、何を言いかけた」
生きてるよ!!オニイチャン生きてるからね!?
久々の実家だが、まず顔を合わせたのは受付にいた妹のクララだった。ついでに横にムキムキの好青年が。えっ。誰だ?
「あ、この人、あたしの彼氏。成人したら結婚する予定なの」
「初めまして、ミルリオといいます。よろしくお願いします」
明るい金髪に俺が見上げるくらいの背丈、それに見合った筋肉はモリモリである。はにかんだ顔は意外にも朴訥としており、優しくて力持ちっぽい印象の義弟(予定)だ。今は宿屋の仕事の修行に通いで来てるらしい。
びっくりしすぎてまじまじと見てしまったが、とりあえず挨拶する。
「ラッシュです、よろしく。しばらく旅に出てたから、初めまして?……クララおまえ……父さんのこと結構好きだったんだな?」
「何よ!別にいいじゃない!!!各個人の好みよ!!!」
見上げていた首を戻し、クララに向けると、顔を真っ赤にしてクララが即反論してきた。
うんうん、そうだな、各個人の好みだなあ……。
そう、なんていうかミルリオくんはガタイたくましく口数はそんなに多くない父のようなタイプなのだ。父よりもっと話しやすそうだが。父の顔はちょっと怖いからな……。
「とにかく荷物置いてきなよ。お茶入れとくからさ」
「あ、うんそうするわ」
「俺は仕事の続きがあるからこれで……久々なんだしお兄さんとゆっくりしなよ」
「うん、ありがと。また後で」
そこそこいい雰囲気を醸している妹と義弟(予定)を置いて俺はひとまずまだ残されていた自部屋に荷物を投げ込んで、ざっくり着替えて厨房に降りる。
見慣れたテーブルの上、クララはお茶とお菓子を用意してくれていた。そういえば今日学校ないのか。あれ?休みの日か?まあいいや。
「そういえばラクリスは?」
父と母は今の時間は狩りと買い物で不在。弟のラクリスがいるはずだが全然姿が見当たらない。
「あー、ちい兄はね」
ちょっとクララが目を逸らす。なんかあったのか。深刻そうな顔ではないからいいことか?
「?どした?まさか結婚して出てったとか?」
「まず、2年前の彼氏とはちい兄、別れました」
は?
「えっええええ!?あんなにラブラブだったのに!?」
「そうよねー、そうなるわよねー」
そうなるわ!えっ半同棲でラブラブしてたのに別れたのか!?なんで???
「え、マジどしたん?」
「仕事でね、彼氏の方がちょっと心をお病みになりまして」
「あら大変」
「ひとまず療養ってことで、静かな山奥の病院に引越したんだけど、そこで運命的な出会いがあったと」
「はあ」
「そんで、そっちと結婚するから別れたんだって」
「はあーーー!?」
心変わりで俺の弟を振ったんかよ!おのれラクリスの元彼!!!
「まあ、あっちが山奥に引越してから半年以上経ってたしさ、その間会えなかったし手紙もだんだん減ってきて、ちい兄も薄々ダメかもって思ってたんだって」
「ぬおおおお」
「大兄落ち着いて」
これが落ち着いていられるか!頭をぶんぶん振って怒りを示す。っていうかラクリスも諦めてんじゃねえ!!取られたんなら取り返せ!
かわいい弟のことを思ってるのか、浮気した相手のことに怒っているのかちょっとわからなくなってきた。
「ああもう!わりと穏便に別れたんだから良しとしてよ!で!本題はこっち、ちい兄はね、今はアイリスさんと付き合ってる」
「!?」
ぶりぶり怒っていた俺は突然の情報に固まってしまった。
は?アイリス???アイリスってアイリスか???クレッグの従姉妹の???
「な、なして??」
「何その言葉。分かるけど。なんかさー、振られて別れたショックもあったけど、ちい兄はちゃんと仕事いってたし生活もしてたんだよ」
「お、おう。えらいな」
「でもストレスが溜まるじゃない?」
「うん」
「それで父さんに、ストレス発散なら身体動かして来いって、クレッグさんとこの道場にぶん投げられたのよ」
「わあー脳筋発想……って、え、そのご縁で?」
「そそ、稽古つけてもらってるうちに、ちょっと元気になってきてさ。アイリスさんも真面目にやる人には親身になってくれるじゃん?」
「あー、そうね、彼女そういうところあるね」
姉御肌というか、面倒見がいいのだ。クレッグと険悪にさえならなければ本当に。
「でまあそこそこ元気になって。元彼の話しても大丈夫になったんだよ。そしたらさあ!たまたま稽古終わりに私が迎えに行った時に見ちゃって。ちい兄花束買ってアイリスさんに告白したのよ」
ヒュ、ヒューーーーッ!!かっこいい!!俺の弟は勇者だったんか……!?
「いやー、マジでびっくりしたわ。アイリスさん、いわゆる高嶺の花じゃん?周りに憧れてたやつ多かったけど、なかなかみんな踏み出せなかったのに……。まさかの突撃でアイリスさんも顔真っ赤にしてるし」
「えっ、ということはアイリスOKしたの?」
「したの。OK出ちゃったの。稽古で性格は知ってたし、何よりこんな素敵な告白されたの初めてだって感激してて」
「あ、ああ〜〜……なるほど……」
確かに高嶺の花だったなあ……みんな返り討ちを恐れてなかなか下手な告白もできてなかったもんなあ。
「そんなわけで、今2人は家借りて同棲中です」
「超展開!!」
「あっちの両親もこっちの両親も、一度お試しで住んでみるといいって。その後で結婚するかどうか決めろってさ」
「まあそうだな。生活できなきゃ意味ないもんな……」
「そそ。2人ともいい年だしね」
え〜……そんな面白いことになっていたなんて……。俺もラクリスの告白とか見たかったなあ。
とりあえず俺が旅に出ていた間、一番でかいニュースがそれだったらしい。クララもしゃべり切ってすっきりした顔でお茶を飲みながら、そのほかの細々とした出来事なんかを話してくれた。
俺の方の話は夕飯の時にでもみんな揃ってからということで、一旦解散した。クララは宿の手伝いに戻るらしい。
さて俺はどうするか。荷解きして土産とか配りに行くかなあ。
◇◇◇
「私は言葉もキツイし、口下手だからな……根気強く聞いてくれるのはありがたい」
「アイリスさんはさ、ちゃんと聞けばわかるように言ってくれるんだよ。もったいないよね、聞かないの」
「ラクリスは気長に待っててくれるからな。いつもすまない」
「も〜そこ謝るところじゃないから!」
そんなわけで俺はいまラブラブ同棲カップルのお家に来ています。
どうしてこうなった。
昼飯調達がてら、帰宅のご挨拶回りに行くか〜と土産持って、とりあえずラクリスたちの住んでる家を教えてもらって。その道なら途中で昼ごはんを買おうとうきうき歩いていたら、当のラクリスにバッタリ道であったのだ。
今日は仕事だけど、昼飯は家で食べてるらしくちょうど家に帰る途中だと。じゃあそのままついでに一緒に食べようとなってお邪魔したところ、アイリスもお昼を食べに帰ってきていたのだ。
あっそういうことですかあ、お昼は一緒に食べてるのね!
「はあ〜〜ん……まあ、お互いそういうとこちゃんと話し合えてるならいいんじゃないか?」
「そうだな、話し合いは大事だと思ったよ」
「そんな深く考えなくてもいいよ?俺はアイリスさんといろんな話するの好きだから」
「そうか?……私もラクリスと話をするのは好きだな。ほっとする」
食後のお茶を飲みながら2人は微笑みあっている。うん、ラブラブですね。
まあしかし、実際見てみると、わりといい組合わせなのかな?
弟は気づかいができるほうだし(しすぎてよく1人で落ち込んだりもするけど)アイリスも弟のペースに無理に合わせるでもなく過ごしてるみたいだし。
お昼休みの終わりに合わせて俺も早々に退散する。いや〜ほんと幸せオーラがだだもれていたな……いいことだが。
そういやクレッグはもうこのこと聞いたかな?やつの反応が楽しみすぎるので、明日にでも聞きに行こう。
「あ〜しかしなんだな、俺もラブラブカップルってやつを一度は体験してみたいなあ……」
幸せそうな2人を見て、我が身を振り返り、ちょっと寂しくなったのであった。
結婚なんて、できたらいいなあくらいにぼんやり思ってたが、目の前で見た、大好きで信頼し合える人が隣にいてくれる、というのが羨ましいな、と思ったのだった。
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