046:ドラゴンの湯
「おっ入れるねえ〜」
「ちゃんとした温泉だあ……適温……」
「色の割には意外と刺激が少ないな」
ふふん、と湯に浸かっているカルラの後に、それぞれ服を脱いだ俺たち3人が入っていく。
翡翠色の熱湯は、ほどよく水で薄められいいお湯である。周りが暑いせいか、少しぬるく感じるくらいだ。茹だらないように注意しないとな〜。
ああ、しかし晴天のもとに入る風呂はなかなか乙である。
すっかり緊張が緩んだ俺たちは、故郷に戻って何をするかの話題を蒸し返していた。
イームルが旅の間に仲良くなった女子と連絡を取り合っていると聞いた時には、いつの間に!?という衝撃を受けたぞ。
……本当いつの間に!?ほとんど一緒に行動してたのに……!?
「オレね、冬の間はチックエリのあたり回ろうと思ってるんだ〜」
ざばっとお湯をすくって顔にかけているイームルがサラリとのたまうには、吟遊詩人で稼いでいた時に知り合うことが多かったらしい。確かに、酒場だしいろんな人がいたな……。
「吟遊詩人だからさ、冬は稼ぎ時じゃん?ついでに各地回るんなら、傷薬とかそういうの行商しようと思って。家帰ったら改めてトレッサの研究所と契約するんだー」
所長さんとやりとりしてて、大体の値段の折り合いが付きそうになってきたんだよ、とつづけられた日には、幼馴染の成長がものすごく眩しい。
「す、すごい……具体的に……いつの間に……」
「ふふふ、オレだって色々考えてるんですよっ。それと乗馬の練習もしようと思っててさ。移動手段、徒歩だけじゃ限界があるなーって思ったから」
「ああ、確かにな……馬に乗れるなら獣がいても振り切れる可能性が高いしな」
「でしょ?最悪1人で旅するなら乗れるほうが絶対いいよね〜」
次々と語られる具体的な夢の手段に、俺はおののいた。
い、イームルおまえ……そんなにしっかりした考えのやつだったのか……。
どちらかというと3人の中ではふわふわと浮世離れしている感じだったのに……。
「何て顔してんの。オレだって、ラッシュが旅に出ようって言わなきゃここまで考えなかったよ。ある意味ラッシュのおかげなんだからね?」
「そ、そうなのか」
「そうだな。俺もおまえが旅に出ようって言わなければ、考えもしなかったことがたくさんあるぞ」
クレッグは王都での騎士団の見学の時に、自分の実力がどのへんなのかを確認したので、しばらくあそこで稽古をつけてもらうことにしたのだという。
「騎士になることはあまり考えていなかったが……鍛錬は自分が思ってたより好きだったみたいだ。できるなら、やっぱり強くなりたい」
なんか、決意を秘めた顔で1人うなずいているが、そういう顔をしているとキリッとしていてなんかいい感じに見える。そうか、これが覚悟を決めた男の顔か……。
「ラッシュはどうするんだ?トレヴゼロに戻ったらやっぱり実家の宿屋に戻るのか?」
ああ、うん、話の流れからそうなるよな。
俺もずーっと考えてはいたんだよ、旅の間に。
「俺なー、やっぱ温泉宿の仕事好きなんだよなーって思ってさ。できればそういう仕事しようと思ってはいるんだけど。でも宿屋の経営自体は、妹がやった方が多分うまく行くと思うしな……悩んでるとこ」
「ああ、ラッシュ、経営って顔じゃないもんね」
「どんな顔だよ!!まー、でもそうだな……結局好きなのが宿屋じゃなくて温泉なんだよなあ……」
我ながら微妙すぎる。宿屋じゃなくて温泉を仕事にするって何があるんだろう。それができたら最高なんだがな〜。
俺が長考に入り始めたそばで、お湯を堪能していたカルラが顔を上げる。
「ふむ。温泉のう……そういえば我、おぬしらの街の温泉は入っておらんの。入りに行くかのう」
「あれっそうなのか?ウノで会ったからてっきりトレヴゼロにも来てるもんだとばかり」
「ウノで見つからなんだらそこまで行こうと思っておったのじゃ」
「なるほど」
納得し、そろそろ茹だりそうだしお湯から上がるか……とそれぞれ動き始める。
あ〜、水がうまい。
身体をざっと拭き、服を着替えるとだいぶさっぱりした。暑いのは暑いが、温泉からあがったばかりだし汗も落ち着いたからな。
「よし、では帰りはドラゴンたる我が送ってやろう。光栄に思うが良い」
カルラがいきなり爆弾発言をかましたぞ。おい。
「いや待って???ドラゴンとか飛んでたら大騒ぎになるよな???」
「大丈夫じゃ、ちゃんと人の少ないところを低空で飛ぶゆえにな」
「いやなんも大丈夫じゃないですが!?!?」
ぜっったい飛んでるところとか絶対どこかで見られるだろうが!!
俺が若干パニックになっていると、イームルがのほほんと話を継ぐ。
「え〜いいじゃん、乗せてもらおうよ!!!ドラゴンに乗れるなんて一生に一度かもだよ!?」
「……俺も正直乗ってみたい」
えっ2人ともなんでそんなワクワクしてんの。いや、そりゃ俺も乗ってみたい気持ちはあるが!!それ以上に厄介な状況になる予想が!!
「ほらの?まあ、我も考えなしではないゆえな、認識阻害をかけるぞ」
どやああああとイームルとクレッグの興味津々の顔を眺めてからこちらを見るカルラ。
認識阻害とか!!そういえば出来たな!!ぐうう!!!
◇◇◇
びゅわーーーーとすごい勢いで風が飛んでいく。
すごい、はやい。
これまで苦労して登ってきた山々がすごい勢いで遠ざかっていく。
しかし、ドラゴンの背というものは意外なほど乗り心地がいい。と思っていたら、どうやら結界を張ってくれているみたいだ。
『じゃないと飛ばされるからの』
おおお、頭の中に直接……!!湧き立つ俺たちをよそに、悠々とドラゴンは青い空を飛んでいった。
俺たちは過ぎ去る景色に夢中になっていて、目的地に着いたのは本当にあっという間だった。
トレヴゼロから1時間程度の草原に降り立った頃には、すっかり日が暮れていた。……ちょっと火山で温泉に入ったりしてまったりしてたからな……。
今日はここで野宿だ。温泉巡りの旅の、最後の晩。
この辺りは小さい頃から遊んでいた草原なので、慣れたものだ。どの辺に岩や水溜りがあったりだとか、獣が巣にしてる草の群生はどこかとか、一年振りとはいえほぼ変わりはなかったし。
さっさと野営用のテントを張って、そこらの枯れ木を組んで火を起こす。
とりあえず保存食をパーっと食い切るかということで、残しておいた干し野菜や肉をスープにしたりチーズを炙って黒パンの上にかけて食べたり。旅の間だとちまちま節約して食べるので、腹一杯になることはまずない。素材的には同じだが、節約を気にしなくていいのはやはり気が楽だ。
「やっぱり交通手段がいるよなあ……ドラゴンめっちゃ早かった」
「ふふん、我の素晴らしさに気づいたようじゃの」
焚き火を囲んで、ホットワインを飲む。ワインに砂糖や蜂蜜、香辛料を入れて、温めて飲むホットワインは、チックエリで教わったやつだ。白でも赤でもいい。お茶もよく飲んだけど、寒い外の夜はこれが温まっていい。
「ドラゴンに乗るの、すっごく早かったね〜。馬車もいいけど高いしさ」
「カルラのようなドラゴンは他にいないだろうしな。やはり俺たちが扱うなら馬が一番適しているだろう。イームル、冬に旅をするなら足が短めの丈夫な種にしといたほうがいいんじゃないか?」
「あ〜、そうだねえ山にも登るかもだしね。体力があって丈夫で長期間乗れる馬ね〜どこにいるかなあ」
「ふむ、そういう馬ならトレヴゼロの北から竜のあばら骨山脈を越えたあたりにおるの」
吐く息は白い。火山のせいでちょっとおかしくなっていたが、季節的にはまだ春が来る前なのだ。この辺は雪こそあまり降らないが、気温自体はまだまだ冬の冷え込みだ。
わいわいと交わされる話に適当に相槌を打ちながら、ホットワインをすすり、俺は明日の朝実家に戻ったらどうしようかなあ、なんてぼんやり考えていた。
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