本文

 以下、本編クライマックス手前までの1万文字ダイジェストになります。

 細かな展開はプロットと異なりますが、ご了承ください。














「いっけな~い、遅刻ちこく~‼」


 私、ほし凛子りんこ17歳。

 ちょっと貧乏なのがたまきずな、どこにでもいる普通の女子高生。

 強いて人と違うところを挙げるとすれば、ソ連の最高指導者ヨシフ・スターリンの生まれ変わりってことかな?





   ⭐   🍎





「いっけね、遅刻ちこく‼」


 俺、日野ひの寅男とらお17歳。

 人よりちっとばかり金持ちな家に生まれた、どこにでもいる普通の高校生。

 強いて人と違うところを挙げるとすれば、ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーの生まれ変わりってことかな?


「転校初日から遅刻なんて――うわ⁉」





   ⭐   🍎





「きゃあ‼」


 四つ角を曲がった瞬間、見知らぬ男の子が飛び出してきた!


 ごっち~ん⭐





   ⭐   🍎





 出会ってはならない二人が出会い、

 地獄のドタバタコメディが今、幕を開ける――――……

























 TS星凛子スターリン × 転生日野寅男ヒトラー











   ⭐   🍎



⭐ ほし 凛子りんこ 1 🍎



 生まれ変わったら、日本人の女イポーンカだった。


 ロシア語を口にする赤子わたしに母はたいそう戸惑ったそうだが、それは私も同じだった。

 とはいえそれも、十何年の昔の話。そんな回想にひたっているヒマなどない。


 私は、忙しいのだ。


 新聞配達を終え、弟たちを叩き起こしてメシを食わせて幼稚園に叩き込み、遅刻しそうな通学路を愛車(1万円のママチャリ、5年物)で爆走していると、


「うわ⁉」


「きゃあ‼」


 四つ角で、見知らぬ男子生徒と接触してしまった。


 ちなみに「きゃあ」と言ったのは私だ。

 信じがたいことだが、17年も生きていると、自然と女言葉が出てくるようになってしまった。


「キミ、大丈夫⁉」


 慌てて愛車から降り、男子生徒に手を差し伸べる。


 ウチの高校の制服だ。

 が、顔は見たことがない。

 全校生徒、教師、OBに至るまでの氏名・嗜好・弱みの全てを把握・掌握している私が知らないということは、転校生だということだ。


 つまり第一印象が命。

 だから、


「お前、どこ見て走ってんだ⁉」


 男子生徒の罵倒にも耐えることにした。


「ごめんなさい! お怪我はありませんか?」


 うるうると泣きそうな顔を作り、手を差し伸べる。

 男子生徒はうろたえたようだ。


 ほし凛子りんこ17歳。

 身長145cm、体重4■kg(検閲済)。

 二重まぶたの大きな目に、柔和そうな顔立ち。

 清楚さを醸成している長い黒髪。

 今世の容姿が日本人男児ウケが良いことは、実証済みだ。


「……大丈夫だ」


 泣きマネが功を奏したのか、男子生徒が大人しくこちらの手を取る。





 ――瞬間、脳が沸騰した。





 暗くジメついたベルリンの地下壕、


   空襲のいななき、


     血まみれの将兵たちの悲鳴、


    T-34中戦車が地上を蹂躙していく地響き、


  なかなか毒薬を飲んでくれない愛犬、


    自殺前夜の結婚式、


      新妻との最後の口付け、


        拳銃自殺。





「きゃぁあああッ‼」

「うわぁあああッ‼」


 男子生徒の手から流れ込んでくるイメージ。

 これは――


「アンタ、ヒトラー⁉」


「お前、スターリンか⁉」


 何てことだろう。

 半世紀以上の時を経て、地獄の殺し合いをした宿敵と再会してしまった!


「まさかアンタまで転生してたなんて! 『帰ってきたヒトラー』よりも悪趣味――うげっ⁉」


 私の言葉は続かなかった。


「貴様ぁああッ‼」


 男子生徒――ヒトラーに首を絞められたからだ!

 前世に輪をかけて背が低い私は、180cmはありそうなヒトラーに吊り上げられるような格好になる。


「うぐぐ……」


 壁に背を押し付けられて、足が、爪先が地面につかない!


「よくも俺を殺したなぁああッ‼」


 ああ、そうか。

 今、私の中に流れ込んできたのは、我が軍にベルリンを包囲され、総統地下壕で絶 望のうちに死んでいったアドルフ・ヒトラーの走馬灯だったのか。


 だが、独ソ不可侵条約を一方的に破って電撃戦バルバロッサを仕掛けてきたのは貴様じゃないか!

 私は、やり返したまでだ。

 祖国大戦争で何千万人が死んだか、貴様、知っているか?





「あら。アナタたち、※※高校の生徒?」





 ふと、女性の声。

 途端、ヒトラーが手を緩める。


「げほっ――はぁっ、はっ」


 必死に酸素を求める私の横では、


「こんな朝っぱらから不純異性交遊とは、良い度胸ね――」


「そんな、誤解ですよ――」


 聞き覚えのある声――クラス担任の登呂とろ月子つきこ先生と、ヒトラーの声。

 角度的に、首絞めだと思われなかったのか……クソっ。


「あらアナタ、転校生じゃない? 乗ってく?」


 呼吸を整えて顔を上げてみれば、ヒトラーが登呂先生の車に乗り込むところだった。


「星さんは、ごめんなさいね」


 先生が苦笑する。


「自転車は載せられないから」





   ⭐   🍎





「凛子様!」

「凛子ちゃん!」


 滑り込みセーフな教室で。

 今日も今日とて、私は人気者だ。


 恐怖政治と大粛清あのてこのてでソ連を牛耳ってきた私である。

 晩年はちょっと――いやかなり痴呆が入ってアレだった感はあるが、こんな小さな高校を支配するなど児戯にも等しい。


 武力などなくてもよいのだ。

 支配者側と非支配者側を適度に分断し、いい塩梅に対立させ、手綱を握れば組織は転がすことができる。


「凛子様、朝当番、代わりにやらせてもらいました!」

「まぁ、ごめんなさいね。この埋め合わせは必ず!」

 

「凛子さん、今日の機関紙プラウダ、300部出来てます。最終チェックをお願いします」

「さすが、完璧な仕事ね。確認なんて不要だろうけど、念のためさせてもらいますね」


 完璧なる我が世界。

 1年と数ヵ月をかけて作り上げた、我が理想郷。


「今日はみんなに、新しいお友達を紹介します」


 そんな世界に望まれざる異物・遺物が、一人。


「初めまして。日野ひの寅男とらおです」


 その日、私の理想郷は崩壊した。





   ⭐   🍎




 数日後。


「注目~」


 教室に日寅ヒトラーの良く通る声が響き渡る。

 コイツは声が抜群に良い。コイツが口を開けば、クラスの誰もが耳を傾ける。

 だが、声の良さだけではクラス中の注目を集めるには足りない。ではなぜ、コイツの言葉が注目を集めているかというと――


「ウワサの映画の、先行上映会チケット! 先着10名様~」


「くれ!」

寅男とらお、俺にも!」


 単純に、語る内容がオイシイからだ。


「はい、売り切れ~」


「うわぁああ!」

「頼む寅男とらお、1枚、1枚でいいから!」

日野ひのくん、私たち友達よね⁉」


 教壇の上で仁王立ちしている日寅ヒトラーを、クラスメイトたちが拝み倒している。

 ……私の静かなる支配体制は、今や無残なまでに蹂躙され尽くしていた。


「しょ~がねぇなぁ」


 自信満々に笑う日寅ヒトラーがどこかに電話して、


「追加で10枚取れたぜ」


「さすがは寅男とらお!」

日野ひのくん素敵!」


 憎き日寅ヒトラーが、金と権力の限りを使ってクラスメイトたちを懐柔してしまったのだ。

 コイツは、日本人なら誰でも知ってる超大手自動車メーカー――の、主要販社社長の息子なのである。


「続いてKGB48、今度のライブのS席チケット!」


「「「日野ひの寅男とらおばんざ~い‼」」」


 今や男子生徒のほとんどと、女子生徒の一部が日寅ヒトラーの崇拝者である。

 わ、私の大事な大事な手下スメルシたちが、拝金主義者に……。

 けど、こんなやり方は、慣れてしまえば支持を失うもの。今は嵐が過ぎ去るのを待つのよ星凛子スターリン


「よぉ、星。お前はチケット要らないのか?」


 私が空気に徹していると、日寅ヒトラーが意地悪く笑いかけてきた。


「話しかけないで」


 コイツは初手首絞めのヤバいヤツだ。距離を置いておくに限る――そう思っている私に反して、


「そんなわけにはいかないだろ。日直なんだし」


「私一人でやれるわ」


「何イラついてんだよ。腹でも減ってるのか? くくっ、貧乏過ぎてメシ買う金もねぇってか? スターリン飢饉ホロドモールの元凶が90年後の日本でJKになって飢えてるなんて、レーニンもびっくりだろうな。土下座したらうまい棒1,000本おごってやってもいいぜ」


 殺された恨みだか何だか知らないが、コイツはやたらと私に絡んでくるのだ。お金を見せびらかして、私をいたぶってくる。


「誰がアンタに土下座なんて。働かざる者кто не работает,食うべからずтот не ест、よ。あとJK言うなし」


 私は、何が何でもコイツと距離を置き続けるのだ――!


「あぁ、ちょうど良かった」


 私が決意を新たにしていると、登呂とろ先生がやって来た。


「アナタたち、今日から修学旅行委員ね。資料渡すから職員室まで来なさい」


畜生めблядь‼」





   ⭐   🍎





「げっ」


 校門で、日寅ヒトラーがスマホを見て眉毛をハの字にした。


「車が調子悪くて来れないって」


 コイツはいつも、『じいや』が運転する黒塗りのレクサスで送り迎えをしてもらっているのだ。

『そこはメルセデスベンツじゃないのかよ』と何度思ったことか。


「なぁ星」


 日寅ヒトラーがニヤニヤしている。


「お前のチャリに乗せてくれよ」


「誰がアンタなんか」


「ンだと? 電撃戦バルバロッサすんぞ」


「ベルリン包囲されてピーピー泣いてたのはどこの誰だったかしら?」


「てめぇ!」


「何よ⁉」


「はぁ……じゃあこうしよう」


 日寅ヒトラーが財布から1万円札を取り出し、私の目の前でヒラヒラさせる。


「乗せてくれたらコレやるぞ」


「崇高なる私が、そんな汚れた金なんかに釣られるもんですか!」


「ははっ、体は正直だな」


「なっ⁉」


 いつの間にか、私は1万円札を力いっぱい握りしめていた。





   ⭐   🍎





 ざぁ~~ぁああーーばしゃぁああ~~ずばばばばッ‼


「ウソでしょ⁉」


 自宅目前にして、とんでもない大雨に見舞われた。


「ゲリラ豪雨だな。ゲリラはお前の得意技だったか?」


「失礼な。私のは崇高なる闘争よ⁉」


「銀行強盗はただの犯罪なんだよなぁ……はぁっくしょい‼」


 バス停で雨宿りをするものの、二人して頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れだ。

 見れば日寅ヒトラーが青い顔をしている。

 季節は秋。このままでは、日寅ヒトラーが風邪を引きかねない。


「アンタ」


 私の家に寄っていきなさい、と言いかけて、考える。

 こんなヤツ、風邪を引いたら良いのでは? そうしたら数日は、平穏が戻ってくるのでは?


「~~~~……ッ‼」


 煩悶はんもんするが、


「はぁ~。アンタ、ウチに寄って行きなさい」


 私も、この17年間ですっかりお人好しな日本人と化してしまったらしい。









   🌞   🐯



🌞 日野ひの寅男とらお 1  🐯



「えっと……倉庫?」


「家よ!」


 隣で星凛スターリンがぷりぷりと怒っている。

 星凛スターリンは全身ずぶ濡れで、目のやり場に困る。

 いやいやいや、何考えてんだ⁉

 コイツはあの憎きスターリン! 俺のかたきだぞ⁉


 星凛スターリンが玄関ドアのカギを開け、引き戸(いまどき引き戸⁉)をガタガタ言わせながら開くと、


「お帰り~ッ!」

「姉ちゃん腹減った~!」

「おっちゃん誰?」

「うわぁああ! 姉ちゃんがオトコ連れ込んできた!」


 四人の小さな子供たちがわちゃわちゃと出てきた!


「ただいまー。ママは?」


「さっき出てったー。オトコとドーハンだって」


「またぁ~? 仕事熱心ねぇ」


「仕事……?」


 星凛スターリンの言葉に疑問符を返すと、


「そ。ウチのママ、美魔女なキャバ嬢」


「へぇ……」


 確かに今世の星凛スターリンは美少女と言っていいだろう。

 その母もきっと美魔女なのだろう。だが、


「わーっ、また雨漏り!」

「バケツバケツ!」

「兄ちゃん、こっちも!」

「手伝ってよ姉ちゃん!」


 けして金回りは良くなさそうだ。





   🌞   🐯





「お風呂沸いたから。さっさと入りなさい」


 ガタガタ震える星凛スターリンが言う。


「お前が先に入れよ」


 いや、間違ってもコイツの身を案じているわけじゃない! ないが、コイツに肺炎なんかでぽっくり逝かれてしまったら、殺された恨みを晴らす楽しみが失われてしまう。


「いいから行きなさいよ、美大落ち」


「は? 戦争? スターリングラード攻め落とすぞ」


「我が軍に全周包囲されたのはどこの軍だったかしら? アンタが入ってる間に、アンタの服を乾かさなきゃなんないのよ。いいから行きなさい」


「ンな短時間で乾くわけねぇだろ」


「んっふっふっ。刮目かつもくせよ! 我が家の最強兵器・乾燥機付きドラム式洗濯機‼」


「家に対して圧倒的オーバーテクノロジー!」


「末っ子が生まれたときに買ったのよ」


「あー」


 わちゃわちゃしている四人の男児たちを眺めながら、俺は納得した。


「多少縮んだりシワになるかもだけど、男なら気にしないわよね?」


「いいよ。どうせ買い替えればいいんだし」


「ちっ、拝金主義者め」





   🌞   🐯





 出てきたらすっかり乾いた制服が用意されていた。

 それを着込むと、入れ違いにずぶ濡れ星凛スターリンが入っていった。

 引き戸越しに聴こえる、湿った衣擦れの音。


「覗かないでよ?」


「誰が覗くか‼」





   🌞   🐯





『現地時間の本日未明に発生したテロは、世界社会主義トロツキスト組織・第四インターナショナルによるものと目されており――』


「おっちゃん」


 テレビを眺めていると、長男っぽい小学生低学年? が話しかけてきた。


「誰がおっちゃんだ」


「おっちゃん、姉ちゃんに着替え持ってってよ」


「えっ、何で俺が⁉」


「おっちゃん以外、手が空いてないんだよ」


「わーっ、そっちも雨漏り!」

「ぶぎゃっ、転んだぁああうえぇえええん‼」

「あーもぅ、痛いの痛いの飛んでけー! ほら、バケツ早く早く!」


「あー……」





   🌞   🐯





「どれ持ってったらいいんだ? うお、アイツ意外と着やせするタイプなんだな」


 おっかなびっくりタンスを漁り、風呂場へ持って行くと、


「アタシの着替えまだ~?」


 引き戸の中から星凛スターリンの声!


「持ってきたよ!」


 バケツを持った長男くんが走り抜きざまに引き戸を開く!


「「……え?」」


 全裸の星凛スターリンと対面し、俺は固まる。


「「うわぁあぁああッ⁉⁉⁉」」


 逃げようとした星凛スターリンが足を滑らせる。それを支えようと伸ばした手が星凛スターリンの腕をつかみ、


 ドンガラガッシャーン‼


 視界がチカチカする。

 うーっ、俺と星凛スターリン、どうなった⁉





 ――ガラガラガラッ





「ただいま~」


 玄関の方から、女性の声。


「アラ、お客さん? ――って、あらあらまぁまぁ!」


「ママ⁉」


 ようやく視界が戻ってきて、俺は全てを悟った。

 俺が全裸の星凛スターリンに押し倒されているという現状を。

 それを、星凛スターリンの今世の母親に目撃されたという惨状を。


「アンタももう17歳だものねぇ。ママがアンタを生んだのも――」


「違うのママ‼」

「ち、違います‼」





「おーい、入っていいか? 入るぞー」





 俺たちが美魔女な母親に弁明していると、何やら聞き覚えのある声が聴こえてきた。


「うおっ、娘さんか⁉ 入浴中だったかスマンな――って、寅男とらお? どうしてお前がここに?」


「親父⁉」


 星凛スターリンの母親が『ぱんっ』と手を叩いた。


「アンタたち、手っ取り早く結婚しなさい」


「「えぇえぇええ~~ッ⁉」」


「私たちも結婚するから」


 星凛スターリンの母親が親父の腕に絡み付く。

 親父がVサインをしてみせる。


「「えぇえぇええぇえぇええ~~ッ⁉」」









   ⭐   🍎



⭐ ほし 凛子りんこ 2 🍎



 日寅ヒトラーとその父親に全裸を見られるわ、日寅ヒトラーと結婚しろなどと言われるわ……まったく、踏んだり蹴ったりだ。


「で、どういうことなの、ママ?」


 日寅ヒトラー親子を居間に残し、私の部屋で秘密会議。


「言ったまんまよ。私たち、結婚するの。だからアンタたちも結婚しなさい」


「???」


 どこから聞くべきか……。

 私は、このぶっ飛んだ母に頭が上がらない。弟たちを残して死んだ今世の父に代わり、必死に働いて私の学費まで出してくれているこの母には。

 前世といい今世といい、私に勝てるのは母だけなのである。


「あの人は私の常連サンで、大手自動車販社の社長さん。年はまぁそこそこだけど、イケオジ風だし優しいし、何より金持ちよ」


「うーん」


「『同族社長はカリスマが命。つまるところ顔が命』ってのがあの人のモットーで」


 それはまぁ分かる。

 私も前世では、盛りに盛ったダンディーな自画スターリン像を国中に掲示させたものである。身長が163cmしかなかったから、いつも上げ底してた。

 指導者というのは、ナメられたらお仕舞いなのだ。

 声の良さと演説力だけで総統に上り詰めた、どこかのちょび髭は例外だ。


「幸い寅男とらお君はイケメンに生まれたけど、支配体制を盤石にするためには、その息子もイケメンでなければならない」


「うん」


「だから絶世の美女たる私の娘とあの人の息子を結婚させてくれ、と」


「ぅおーい」


「私はこう答えたの。『私のことも養ってくれるなら、考えてア・ゲ・ル』」


「ぶっ飛んでる……」


「いい、凛子? この話、何が何でもつかみにいきなさい!」


 母が私の肩をつかむ。

 い、痛い……近い。


「でも私、あんな嫌味な野郎とは結婚したく……いたたたたっ」


「何が、何でも、死守しなさい‼」


「え、ちょっ」


「アンタ、大学行きたくないの?」


「うっ」


「弟たちを進学させたくないの?」


「ううっ」


 天を仰ぐ。するとちょうど、額に水が降ってきた。


「雨漏りのない家で暮らしたくないの⁉」


「うううッ‼」









   🌞   🐯



🌞 日野ひの寅男とらお 2 🐯



「わっはっは! いや~、まさかお前たちがすでに付き合っているとは知らなかったな」


 親父がおかしなことを言う。


「何言ってんだよ親父? 俺がこんなイカレた女と付き合うわけ――いたたたっ」


 隣に座る星凛スターリンが思いっきり太ももをつねってきた!


「何だよ⁉」


「こっち来なさい!」





   🌞   🐯





「はぁ⁉ 俺とお前が付き合ってることにしろ⁉ 何で俺がお前の芝居に付き合わなきゃならないんだよ⁉」


「だって、ママを悲しませたくないもの」


「お前、本気で俺と結婚するつもりか?」


「ンなわけないでしょタマなし野郎」


「あばたオヤジが偉そうに! だいたい片タマなしってのは英国ブリカス宣伝戦プロパガンダでウソっぱちだ!」


「ほとぼりが冷めるまででいいの。ママがアンタのお父さんと結婚して、得意の寝技でアンタのお父さんを篭絡ろうらくしたら、私たちは別れたって大丈夫よ」


「ひでぇ話だなオイ。それにその話、俺には1ミリたりともメリットがないんだが」


「あら。こんな美少女と付き合えて嬉しくないの?」


「自分で言ってて気持ち悪くねぇのか、悪逆非道の大量殺人犯」


「アンタにだけは言われたくないわね」


「人数ならお前の方がずっと上だ」


「毛沢東には負けるけれど。はぁ~……こういう手は好きではないのだけれど」


 言って取り出した星凛スターリンのスマホに写っていたのは、


「お、俺がお前の首を絞めてるところ⁉」


 あのとき、登呂とろ先生には角度的に気付かれなかったが、この画像には俺が首を絞めているところがしっかり映っている。


「コレをクラスのみんなが見たら、どうなるでしょうねぇ?」


「でも何で⁉」


「この街に何台の野良監視カメラがあるか、知っているかしら?」


「あっ……でも見ず知らずのJKに家の監視カメラデータを渡すヤツがいるのか⁉」


「地域住民は、常に隣人に対するマウント材料を探しているの」


 星凛スターリンが底冷えするような笑みを浮かべる。


「奥さん、隣家のゴシップ要りませんか? 代わりに少しだけ監視カメラを見せてください」


「でもそんな簡単にゴシップなんて手に――」


 星凛スターリンがTwitterを表示してみせる。


「アンタの拝金主義的浸透攻撃に私の手勢は大分奪われてしまったけれど。それでも、私の思想に共感してくれる中核派が残っているのよ。泣く子も黙る鬼女隊がね!」


 こうして俺は、星凛スターリンの仮面カレシになった。









   ⭐   🍎



⭐ ほし 凛子りんこ 3 🍎



 今日はアイツとのデートの日。


 偉大なるソ連最高指導者だったこの私スターリンが、ヒトラーとデート……何この地獄。

 独ソ不可侵条約締結のときに描かれた風刺画(私とヒトラーの結婚式)を思い出すわね。


「ねぇキミ、今ヒマ?」

「うおっ、めっちゃ可愛い!」


 駅前の木陰にいると、中坊っぽいクソガキ2人組に絡まれた。


「カラオケ行かない? おごるからさ」


「……見て分からない? 私は人を待っているの」


「うおっ、ドSっぽい表情も可愛い! どこ中?」


「はー。貴様らこそ、ドコ中だ? 学生は遊んでないで勉強しろ」


 言葉が通じるなら、たとえどんな相手だろうが屈服させてみせる――それが私の矜持だ。

 まぁ、言葉の通じないナチどもは、武力ですり潰したわけだが。

 ましてや今の私にはTwitterと鬼女隊がある。どれ、所属校を聞き出して弱みの1つや2つでも――


「いいからカラオケ行こうぜ」


 クソガキの一人が、私のスマホを奪った。


「何しやがる! 人を待ってると言っているだろう⁉」


「怒った顔も可愛い!」


 クソっ、コイツら日本語が通じない!

 言葉とTwitterが使えないと、今の私は無力なんだ――





「お前ら、人のカノジョに何してんの?」





 不意に、背後から頼もしい声――日寅ヒトラー


「うっ」

「失礼しました~!」


 上背のある日寅ヒトラーにすごまれ、クソガキたちが去っていく。





 ……トゥンク。





 何だ何だ、この胸の感じは⁉

 や、野蛮な全体主義ファシズムも、局所的状況下においては有用なのかもしれない。









   🌞   🐯



🌞 日野ひの寅男とらお 3 🐯



 星凛スターリンと付き合い始めて早1ヵ月。

 修学旅行当日がやって来た。

 行先は何と、


「お前の故郷だな、星――っておいおい何だその大荷物⁉」


 俺がプレゼントした塹壕トレンチコートを着た星凛スターリンが、戦場にでも行くかのような巨大な背嚢を背負っている!


「べ、べべべ別に大したものは入ってないわよ⁉ 酔い止めとかエチケット袋とかパラシュートとか――」


「パラシュート⁉」


 見れば星凛スターリンが真っ青な顔をしている。

 あー……そう言えばスターリンって飛行機が苦手で、絶対に乗らない主義だっけか。選挙戦で乗り回してたヒトラーとは真逆だな。





   🌞   🐯





「うわぁああ‼ 死ぬぅうう‼ 堕ちるぅうう‼」


「コラコラ、滅多なこと言うな」


 隣の席の星凛スターリンをなだめすかすことしばし。

 飛行機は無事飛び立ち、ロシア上空に至った。





「皆さ~ん」





 不意に、登呂トロ月子つきこ先生が言った。


「このクラスに、社会主義者の皮を被った全体主義者ファシストがいま~す。だ~れでしょうか?」




























 クラスの全員が、星凛スターリンを指差した‼


















































   ⭐   🍎



⭐ ほし 凛子りんこ 4 🍎



 クラスメイトたちが、私の兵隊たちが、私の手足を拘束してくる!


「百年振りね、同志スターリン?」


「貴様まさか、トロツキー⁉」


「機関紙の名前はプラウダ、口癖は働かざる者кто не работает,食うべからずтот не ест。もう少し隠す努力をすべきだったわね。だいたい、金と暴力なしで学校全体を牛耳るなんてできるわけないでしょう? すべては私が操ってたのよ」


 確かに、簡単すぎるとは思っていたのだ――


「懐かしき古の革命家オールド・ボリシェヴィキたちが、ロシア――いえ、偉大なるソ連で待ってるわ。アナタに殺された恨みを晴らすために、ね」


「クソぉッ」


 身動きが取れない!





 そのとき、搭乗口の近くに立っている日寅ヒトラーと目が合った。





 日寅ヒトラーが隔壁を開く!

 ゴゥッ、という音とともに猛烈な風が機内に巻き起こり、クラスメイトたちの手が緩む。

 私は機内を駆け抜け、今にも外に放り出されようとしていた日寅ヒトラーに抱き着く!





 二人して、ロシアの空に放り出された。





「パラシュートは⁉」


「だだだ大丈夫! 練習したから! でもアンタは⁉」


「絶対に離さないでくれよ⁉」





   ⭐   🍎





「助かったぁ~ッ‼」


 何度も死ぬかと思ったが、私と日寅ヒトラーは何とかモスクワの郊外に降り立つことができた……が、


「何、あの車」


 街の方から何台もの車両がやって来て、


「味方のようには見えねぇな」


 私たちをぐるりと取り囲む!


「久しいな、同志スターリン」

「待ってたぜ、この時をよぉ」


 続々と、老若男女様々なロシア人たちが下りてくる。


「クソ……」


「星、少しでいいから隙を作れ」


「どうするつもり?」


「車を奪う」


 できるかどうかなんて聞いてるヒマはない。

 コイツらに捕まったら、殺されてしまう!

 だから私は、奥の手を取り出した。

 コートの隠しポケットから、拳銃を!


 ポンッ、ポンッ、ポンッ!


「ぎゃっ」

「うわっ」


 顔面をBB弾で正確に狙撃されたロシア人たちが、怯む。

 その隙に、私たちは乗り手のいなくなった車の1台に滑り込む。


 ドルルン! ギャリギャリッ‼


 日寅ヒトラーが巧みなハンドルさばきで包囲網から抜け出す!


「モスクワ中心部に向かって!」


「郊外の方が安全じゃないか⁉」


「いいから!」


「分かったよ」


「ところでアンタ、運転なんてどこで覚えたの?」


 背後から車が追いかけてくるのを見ながら、日寅ヒトラーに尋ねる。


「決まってるだろ、前世だよ」









   🌞   🐯



🌞 日野ひの寅男とらお 4 🐯



 パンッ、パンッ、パンッ!


 背後の車から、発砲音!


「アイツら街中でも平気で撃ちやがる!」


「次の角を右に!」





 ――ガクンッ





 と、急に車体が下がり、ハンドルが重くなった。


「タイヤ撃たれた!」


「右よ右! 早く!」


「くっそがぁ!」


 星凛スターリンに言われるがまま、モスクワの街中を走る――が、


「袋小路だぞ⁉」


「大丈夫!」


 星凛スターリンが車から降りて、裏路地へと入っていく。

 俺は無我夢中で付いて行く。


 パンッ、パンッ、パンッ!


「ひぃッ――ここは?」


 見上げれば、地下鉄への入り口。


「電車で逃げようってのか? ヤツら、すぐそこまで来てるぞ⁉」


「大丈夫だ」


 星凛スターリンが、駅の公衆電話に何やら打ち込んでいる。

 すると、





 ゴゴゴゴゴ……





 隠し通路が現れた!


「まさか、メトロ・ツー⁉」


 かのスターリンが核戦争のために作らせたという、地中奥深くに眠る2番目の地下鉄!


「私を誰だと思っている?」


 いつもと違った雰囲気で、静かに微笑む星凛スターリン

 その星凛スターリンが懐中電灯を手に、慣れた様子で中に入っていく。


「おいおい、入口閉めなくていいのか⁉」


「ここで迎え撃つのだ」


「はぁ⁉」


 小部屋に出た。

 星凛スターリンが壁に触れると、壁だと思っていたものがロッカーになる。


「私を誰だと思っている?」


 再度、星凛スターリンが笑う。


「偉大なるソ連の最高指導者スターリンだぞ」


「同志‼」

「同志スターリン、覚悟‼」


 そのとき、部屋に世界社会主義トロツキストたちが雪崩れ込んできた!

 やばい、こっちにはモデルガンしかないんだぞ⁉





 ――パラララッ‼





 甲高くも腹に響く音が、部屋中に響き渡った。

 世界社会主義トロツキストたちが崩れ落ちる。





 ……むせ返るような、硝煙と血の臭い。





 星凛スターリンの腕の中には、カラシニコフ自動小銃AK-74がある。


「お、お前」


 躊躇ちゅうちょなく人を殺した星凛スターリンを前にして、俺は声と体の震えを必死に抑える。


「その射撃、どこで覚えたんだ?」


「決まっているだろう。前世だよ」





 地獄の反攻作戦が、幕を開ける。

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①TSスターリン × 転生ヒトラー 明治サブ🍆第27回スニーカー大賞金賞🍆🍆 @sub_sub

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