7.5e-10の世界線
はるきK
7.5e-10の世界線
誰得
小さい頃から割と身体が弱かった とは親の弁
確かに自らの遠い遠い記憶にも
従弟と寒空の中遊んでいたら
唇が真紫になってものすごく心配された とか
動き回ると結構すぐに喉をヒューヒュー鳴らしていた とか
ツベルクリン反応で腕を真っ赤に腫らして 再検査 偽陽性 とか
小学校に上がってからしばらくも
どちらかといえば痩せっぽちで 肋が浮いていたのだが
どういう訳か 学年が上がるにつれて 肉付きも良くなって
小学校を上がる頃にはすっかり健康になったかと思いきや
しかし 眼は相当に悪くなってド近眼になってしまう
どうも何かと引き替えないと健康にはなれない そんな気配のする半生
中学の時には 友人とじゃれ合っていて避け損ね
頭を鉄骨の角に打ち付け出血 何針か縫う といったことも
まあこれは 事故 の部類ではあるけれど
なんとかかんとか小学校 中学校をくぐり抜け やって来たのは高校生活
そこで 人生初めての入院を経験することに
いつまでも尾を引く夏風邪を前に 単位が掛かっているからと
無理にプールへ入ったのが運の尽き
町医者では良くならず 病院に掛かったなら即入院と相成り
入院初夜に高熱を発して七転八倒 肺炎一歩手前だったとか
結局10日入院して 出てくる痰の色も良くなったところで無事退院
病室はご高齢の方ばかりで自分みたいな若造は珍しく
孫感覚で可愛がられてしまったのが良い思い出
ですが 実は皆さん末期患者ばかりだったというお話であったり
さて 時は流れて無事大学生に
時々インフルエンザに罹るくらいで 取り立てて病気のないひととき
その代わり連徹とか無茶ばかりやっていました
遊びたい盛りだからね しかたないね 体重が順調に増えたのもこの頃
さて社会人になります そして結婚します 子供も生まれました
しかし この辺から徐々におかしくなってくる雲行き
まだ30代半ばなのに
少し動き回っただけで 目が回りそうになるほどの疲労困憊
さらに 両肩で立て続けに起こる四十肩 三十路なのに
おまけに やたらとひきまくる風邪
極めつけは 血液検査に現れる 謎の
リウマチって お年を召した女性がよく罹ってる
手や足指の関節が強張って変形してくる あの病気
自己免疫疾患の一つと言われていますが
40にも届いてないうちに しかも男性で起こるのはあんまり
手指が強張るので検査してもらったら 見事に出たので
主治医の先生も驚いていましたが
最初は歳のせいかな なんて思っていました
どれも一気に起こってきたわけではなくて
徐々にそういう事が増えてくるので
病気だとは思わないわけです
さて 40歳が目前になってくると さらに症状がひどくなり
36℃を切る低体温が平熱のデフォルトに
そのせいで
42℃近い熱めのお風呂にどれだけ浸かっても温まらない
極度の冷え性
ほんの数年前まで 温めの湯船に少し浸かっただけで汗だくだった人間が
お風呂から上がっても汗一つ掻かず すぐに服を着ないと翌朝確実に風邪をひく
おまけに
顔はいつもなんだか青白く
ちょっと労作をするとすぐに息が上がってへたり込む頻度が上がり
1シーズン1風邪は当たり前 冬場なら3風邪ぐらいは楽勝になってくる
肌も白く 薄く 弱くなって 踵とかバリバリにひび割れて治らない
絶対に冷えない靴下 なんかを愛用し始めたのもこの頃
でも冷えて冷えて仕方がない
気がつくと体毛がずいぶんと薄くなっていまして
脛とかつるつるに 腋もつるつるに 下もつるつるに
おまけに体の肉付きにも変化が起きていたようで こんな出来事も
あるとき あまりにも無気力に過ごしていて仕事場の管理がなってないと
親にケツを叩かれる
と そのときなぜかこう言われまして
「なんやオマエ女みたいなケツしやがって」
いや 自分一応男なんだが
というか親父よ 貴様女のケツしょっちゅう叩いとるんかい(笑
しかしながら言われた方は内心穏やかならず
そう言えば性欲もすっかり減退しておりますなと改めて気がつく
そんな事があったりもしたわけですが その頃辺りから今度は
目が見えにくくなる
なんとなく眩しさを感じるようになってきて
細かい作業が非常にやりにくくなってくる
最初はメガネの度が合わないのかなと思ったりもしていたんですが
メガネを新しくしても見難さは変わらない
そしてあるとき 何気なく片目で壁に掛かった時計を見たら
文字盤が半分白く潰れて見えやしない
左目を閉じれば右半分が見えず
右目を閉じれば左半分が見えず
両方開けば眩しさでくらくらする
さすがにこれはおかしいぞと気がつきまして 近所の眼科医に駆け込む
と その場でいきなり視野検査が始まって 結果伝えられたのが
「
さらに
「この症状のあるときは十中八九この病気ですから」
と言われて脳神経外科に回される
紹介状を抱えて市民病院へ出向き 脳神経外科へ
紹介状を読むなり担当の医師が
「MRI撮ってきて」
と 1分もしないうちに診察室から追い出され そのままMRIへ
頭の周りで響き渡る特大のブザー音に30分耐えまして
そして再び医師の下へ
今し方撮れたばかりの新鮮な頭部MRI画像の真ん中には
でっかいだるまさんが鎮座
担当医師曰く
「30年物だね」
だそうで 付いた病名が
『非機能性下垂体腺腫』
下垂体 というのは 脳下垂体 とも呼ばれる器官で
大脳のど真ん中の一番下に ちょろっとぶら下がってる
直径1センチメートルくらいの豆のような存在
成長ホルモンや 甲状腺刺激ホルモンといった
体の調子を整えるホルモンを常時出している非常に重要な器官
そこに というか それ自体が腫瘍化していました
良性腫瘍ではあり しかも増殖していたのはホルモンを出さない細胞で
手術して取り去れば予後は良好 とはいうものの
問題はそのサイズ
高さが4.5センチ 奥行き4センチ 幅も4センチで
真ん中がくびれて上下に二つの丸がある まさにだるまさん
「こんな大きいのはあんまり見たことない」
などとこの道ウン十年のベテラン主治医にも言われてしまう出来
聞けばこの病気
「大体10万人に3人」
発生するのだそうで 実は中々のレアものではあるそうな
レアとは言うものの全然嬉しくはないわけですが
ともかくも切らねば ということで
その年のお盆のど真ん中に手術を決行
もちろん全身麻酔
手術時間はトータル7時間半という大手術
ところで話は変わりますけど 全身麻酔 面白いですね
「それじゃ入れますねー、いち、にー、さん」でドーンと意識不明
そして無理矢理起こされれば 既に全行程終了でおつかれさまでしたー
付き添って待っていてくれた家族は気が気じゃなかったそうです
本人は何にも感じず考えずに寝てるだけ
そのとき多分一番のほほんとしていた 当事者なのにね
だってどうしようもありませんし まさにまな板の上の鯉
とは言うものの 手術する場所が場所だけに血管でも切ったら即死が待ってる
ここで死ぬのかも知れんなあと腹を括って臨んでいたのは自分だけの秘密
手術はどうやるかというと 鼻の穴からやります
場所がちょうど頭のど真ん中で 鼻の穴のどん詰まりの直上
なので頭を割るようなことはせず
鼻の穴から耳かきみたいなのを入れて 腫瘍を崩して取るのだそうだ
術後最初の一晩はICUで
まだ管があちこちに付いていて おまけにICUのベッドはウォーターベッドで
寝返り一つ打てやせず 落ち着かないままそれでもぐったりと朝を迎える
朝食をその場で戴いてから自分の病室へ帰還すると
フルカラーになった世界が待っていました
一変した世界 体調も一気に回復して アラフォーらしい活力に
自分も家族も親もやれやれと ようやく胸をなで下ろした一幕
下の毛はそのうち戻ってきました ヒゲなんかすぐに戻ってきた 鬱陶しいのに
脇毛は戻りませんでした あとスネ毛も これは比較的嬉しいおはなし
でも
自分の
冒頭でも述べましたけれど なにかを引き換えにしないと 健康でいられない運命か
そんなこんなで下垂体腺腫の手術からまるっと7年後
晩ご飯を食べていたら 痛っと
奥歯でほっぺたの内側を思いっきり噛み込む 当然血豆ができて あーあと
すぐに破れてしまうと口の中血まみれになってなかなか面倒 故に
そーっと食事を終わらせて翌日へ そして朝食
なぜか血豆が大きくなっている感触 さらには 数も増えていた
寝ている間にまた噛んだのかなと思って またもやのほほんとしていた自分
さらに翌日 口の中の血豆がさらに大きくなっている感触を楽しみつつ起床
そのまま着替えようと寝間着を脱いだら
脚に細かくて赤い斑点がびっしりと
仕事柄さすがにこれは
「あ、アカンやつや」
と ようやく気がつきましたので とりあえず近所のかかりつけ内科に向かうも
ぎっしり満員で
何時に診れるか分かりません などと言われてしまってはさすがに焦る
自力でクルマを出して市民病院へおっとり急行して
外来が開いていたので普通に初診を手続いて しかし
普通に内科へ行ってはまた激混みだろうなと 珍しく勘が働いてくれたので
口の中に血豆があるのを理由にして口腔外科へと向かう
この判断が多分生死を分けたんじゃないかなと 今も自画自賛
さておき
目論見は当たってスムーズに口腔外科医の前に座りまして
「これ、アカン奴ですよね?」
「アカン奴ですねえ」
阿吽の呼吸で血液検査へと回されて 採血して戻ってきたら
「このまま血液内科へ向かって下さい」
わあ本格的にヤバいことになってきたよと 歩いて向かうと
ここでもノータイムで先生の前へ通されて
「はい、緊急入院です。帰っちゃダメです」
と ダメ押しされた
「前にね、一時帰したら救急車で戻ってきて助からなくて」
などと怖いことを言われてしまうも こちらも帰る気は更々なくて
入院の手筈を進める先生の目の前で スマホを使って家人に連絡する
診察室でスマホって使って良かったんだなあと 妙な感心 結局
『
というありがたくない病名を戴きまして
「歩くの禁止」
とも言い渡されましたので 車いすに乗せられて 着の身着のままベッドイン
入院の説明やら 点滴のルートを取ったりやら 検査結果を聞かされたりやら
ちなみに『
血液中の血小板が自己免疫反応のせいで減ってしまう病気
原因が不明なので『特発性』と付いていて
実は指定難病になっているレア疾患でした
そして検査結果を看護師さんから聞かされるに当たり明らかになる驚愕の数値
正常だと血小板の数は大体20万個/マイクロリットル
幅はありましてまぁ10万~30万は正常範囲というお話ですが そのときの値なんと
1000個以下
実際のところほぼ0だったそうで なんでも 検査室が一時パニックになったとか
外来ではあり得ない数値だったそうな
いや よく生きて朝目が覚めたな自分
まさに九死に一生を得る 危機一髪だった模様 でも本人はのほほんと横たわる
結局その日の夕方には輸血も届きまして
白い輸血が200ml自分の身体の中に投入される
白? 赤じゃなくて?
白い輸血は血小板輸血 これ1本で大体40人分ぐらいの貴重な献血を使ってるという
超高級品
調べてみたんですが 大体1本20万円くらいかかる代物らしい
さらに調べるともっと高級品もあるみたいですが……値段が恐ろしいことになってた
翌日にももう1本輸血が入りまして これで合計400ml 80人分の献血を戴く
しかし
それだけ戴いてしまっても 血小板の数が1万に届かない
なかなかに頑固な我が病気
輸血と共に あり得ない量のステロイドも同時に投入されておりまして
あとはそのステロイドが効いてくれるのをじっと待つのみ
毎朝の血液検査
お昼には結果が出て
1万 1万6千 1万4千…… 減っとるやんか……
最初の1週間ぐらいは一進一退の攻防で
でもステロイドの効果でなんとか抑えてる状況が続きます
ようやくじわじわと血小板が増えてきたのは最初の1週間が過ぎた頃
2万 2万5千 と数値が上を向き始めるも
相変わらず大量のステロイドを服用しつつ耐え忍ぶ日々
最終的には3週間かけて5万程度まで回復して ここでようやく退院許可
それでもステロイドを手放すことはまだできませんで
退院時に飲んでいた量は1日に錠剤15錠 75mg
退院してからお薬を貰いに行った薬剤師さんも驚きの量で
よく生き残りましたねぇと感心される
退院してみたら季節は夏からすっかり秋になっていて
入った時はポロシャツ一丁だったのに 出てくる時は上着を羽織っておりました
この病気も 指定難病になるぐらいなのでレアでして 血液内科の医師曰く
「10万人に2.5人」
なんだそうで 下垂体腺腫よりも少しばかりレア ということらしい
なんだかこう レア病気ばっかり引き当ててますね
それで紫斑病もすっかり治って再発も見られずに今に至るわけですが
ふと考えた
「これって結構すごい確率なのでは?」
どういうことか
下垂体腺腫が10万分の3の確率で起こって そこから生還
紫斑病の方は10万分の2.5で そこから生還
生還する方の確率は分からないけど 罹る方の確率はわかるので
ざっくり計算してみると
3 / 100000 * 2.5 / 100000 = 7.5 / 10000000000
別の書き方をすると
7.5e-10
ここでタイトル回収します
つまり100億分の7.5という確率になる
これ もう少し俗っぽく言い換えると
年末ジャンボ1等65回分の確率 ということ
それだけの低確率をくぐり抜けて生き残ったのは
まあ 運が良かったと 言っても差し支えはなさそうで
もうほとんど1回死んだも同然のようにも思えてきたので
今こうして短編に認めている というわけ。
――――――――
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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どうにも★ボタンまで見ていただける方は少ないんですよねえ……。
7.5e-10の世界線 はるきK @kanzakih
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