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●序章:闇夜は鬼のとき


 いつの時代も、陽の落ちた闇夜というものは、よからぬ者達の時間である。

 特に鬼が潜む日本では尚更だ。

 今日も今日とて鬼が悪さをする。

 残念な事にこの世には陰陽師も霊能坊主も居ない。

 鬼を払うのは、同じ鬼である。


「チクショウ! どこまで追ってきやがるんだ!」

「どこまでもだよ!」


 月とビルの明かりが照らす都会の街並み。

 その中で一体の異形の鬼と、学ランを着た一人の少年が追いかけっこをしていた。

 とは言っても、追われている鬼の方は息も絶え絶えだが。


「クソっ! これでも喰らえ!」


 鬼は手から炎の球を作り出し、少年に投げつける。

 が、少年は軽く回避してしまった。

 行き場を失った火球が近くの建物に当たり、爆発を起こす。


「なんだその鬼火は。お前やる気あんのか?」

「ひぃ! なんで人間なのに避けられるんだよ」

「悪いけど、俺はお前と同じで鬼人おにびとだ」


 人気の多い街の中を駆け回る二人。

 当然人もいるのだが、鬼の姿を見るや皆逃げてしまう。

 だがこれも現代では日常だ。

 少年が鬼を追い続けていると、ポケットに入れているスマートフォンに着信が入った。


「はいもしもし。今追いかけっこ中」

あき? ウチはすみに追いやるだけでええ言うたよな?』

「仕方ねーだろ三月みつき、すばしっこいんだからさー」

『素人さんのご迷惑になっとるやろ。はよウチの射程範囲に追いやり』

「へいへーい」


 スマートフォンを切るや、少年こと秋は自身の右腕に力を入れた。


「お嬢に叱られると面倒だし。さっさと終わらせますか」


 瞳が赤く光り、秋の右腕に怪しい力が流れ込む。

 その力は秋の腕を異形のものへと変化させた。


「部分変化!」


 学ランの右腕が破れる。その下から出てきたのは、人のものとは断じて呼べない異形の腕。

 身の丈に合わない巨大さと凶暴さを持った、鬼の腕である。

 秋は鬼と化した右腕を軽々使いこなしながら、鬼を追う。


「ほらほら待ちやがれ!」

「止まってたまるかー!」

「じゃあ止めてやる。オラァ!」


 秋が鬼の腕を振るうと、その爪から斬撃が放たれる。

 斬撃はアスファルトを抉り、三本の爪痕を残した。

 鬼はそれを見て震えあがり、さらに速度を上げて逃げ始める。


「オイ、だから止まれって!」

「ふざけんな! あんなもん喰らったら死んじまう!」

「死ぬほど悪い事したテメーが言うな!」


 ちなみに追われている鬼の罪状は殺人である。同情の余地はない。

 追って追って追いかけて、気づけば人気のない場所まで出てきた。

 これは好機と、秋は右手に力を込めて鬼火を出す。


「鬼火の手本、見せてやるぜ!」


 秋は右手に灯った炎を思いっきり投げた。

 ボウッ! と恐ろしい炎が鬼を襲う。

 鬼は背中から鬼火を受けて、その場に倒れこんでしまった。


「グ、うぅぅぅ」

「さーて、年貢の納め時ってやつだな」

「やつやね」


 鬼を見下ろす秋。その後ろから一人の少女が現れた。

 腰まである黒く美しい髪に、着物姿が特徴の小さい女の子。


「なんだ三月。もう来たのか」

「途中からウチが誘導してたん、気づかへんかったの?」

「まったくだな」

「もう、ほんまにウチの相方なん?」


 頬を可愛らしく膨らませて、三月は秋に抗議する。

 だが今優先すべきはそれではない。


「三月、人払いは済んでんだろうな?」

「もちろん。心置きなく……この鬼さん始末できるで」


 始末という言葉を聞いて、倒れこんでいた鬼が後ずさる。

 その顔には恐怖がこびりついていた。


「な、なぁ。見逃してくれねぇか?」

「は? なに言ってんだ」

「お前ら始末屋だって、俺と同じ鬼人なんだろ!? だったら力を持ったら試したくなる気持ちわかるんじゃないのか!?」


 必死に助けを乞う鬼。

 だが秋と三月は、それを冷たい眼差しで見ていた。


「なぁ三月。これどう思う」

「う~ん。喜劇としても三流やわぁ。不合格」

「だとよ。残念だったな」


 鬼の顔が絶望に染まった。


「な、なんだよぉ……人一人殺しただけじゃねーか、なんでこんな事するんだよぉ」

「そりゃあ、あんさんが鬼人の法度を破ったからや」

「鬼たるもの人を殺めるべからず。常識だぞ」


 それとな。秋はそう呟いてから、倒れこむ鬼に近づく。


「助けを乞う相手を間違えてるぞ」

「へ?」

「あのな、俺らは腐っても鬼だからな。慈悲なんか求めるな」


 鬼は悲鳴とも咆哮ともつかない叫びをあげて、逃げ出そうとする。

 だが秋は逃がさない。右腕を再び鬼に変化させて、駆け出した。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

「地獄で懺悔でもしてるんだなッ!」


 秋の右腕は凄まじい力を発揮して、鬼の頭を殴り飛ばす。

 そのまま鬼はあっけなく頭部を破壊され、絶命してしまった。

 完全に死んだことを確認して、秋も変化を解く。


「さて、これで一件落着だな。あとは依頼人に報告するだけ~」

「地獄で懺悔……秋、ちょっとかっこつけたやろ?」

「なんだよ、悪いか。いいじゃないか、年頃なんだからさー」


 赤面して反論する秋に、三月は微笑ましそうにするのだった。

 それはそれとして後片付けは必要だ。

 三月がスマートフォンを取り出して掃除業者を呼ぼうとすると、一つの着信が入った。


「あら、お爺様からやわ。もしもし……えぇ、今さっき片が付いたわ。秋が頑張ってくれたんよ。褒めたげて」

組長ジジイに褒められるのはちょっとなぁ……」

「それでお爺様、用件は……ふんふん。つまり新しい依頼ってことやね」


 新しい依頼。その言葉が聞こえた瞬間、秋の目つきが変わった。

 

「それで、どんな依頼なん……あらあらまぁ。それは楽しそうやね。喜んで受けるわ」

「なぁ三月、形だけでも俺に聞いてくれないか?」

「秋も賛成言うでるわ」

「発言を捏造しないでくれ。というかお前が楽しそうって言った依頼はことごとく面倒くさいんだよ!」

「じゃあお爺様、また自治区で」


 秋の発言をことごとくスルーして、三月は通話を切った。

 大きく溜息をつく秋。こういう事は初めてではないのだ。


「で? 新しい依頼ってなんだ?」

「秋やる気満々やね」

「どうせ付き合わされるから諦めただけだよ」

「もう、ツンツンしてるなぁ」


 頬を膨らませる三月。それを見て秋は思わず可愛いと思ってしまった。


「えっとな、次の依頼は……護衛やって」

「……は? 護衛の依頼だぁ?」

「そうやで。女の子を護衛して欲しいんやと。珍しい仕事やね」

「鬼に護衛を頼むとか、なに考えてるんだ?」

「せやから面白いんや。どんな依頼人か、会うのが楽しみやわぁ」


 鼻歌を歌いながら期待に胸を膨らませる三月。

 だが荒々しい鬼の現場に似つかわしくない「護衛」という言葉。

 秋はなんとも訝しげな表情を浮かべるばかりであった。

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④オーガズッ!~最弱の少女と制御不能な俺~ 鴨山兄助 @kudo2121

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