幽霊でよかった

すずめ

幽霊でよかった

「はあ……、もう運転なんかしない……」

 慣れない運転に戸惑いながらも、なんとか目的の場所に着いた。

 オカルトや都市伝説好きが高じて、廃墟や心霊スポット巡りをするようになった。今回は、某県の廃村をさらに山奥に入ったところに有る、廃病院に来た。噂ではここは産婦人科で、亡くなった子供の霊が夜な夜な出るという話だ。

 適当な場所に車を止め、荷物を抱えて車を出る。

 これまで何箇所か心霊スポットに来たが、その多くはほとんど観光地化されていて、私と同じオカルト趣味の人間がいることも多かった。しかし、今回の場所はなかなか来づらい場所のため、周りに人の気配は全くない。

 心霊スポットで会ったおっさんにしつこくナンパされる心配もない。それだけで安心できるというものだ。女が一人で持つには重めの荷物を持ちながら、廃病院へ向かう。


 廃病院を一通り探索して、再び車に戻ってきたときには、すっかり日が暮れていた。懐中電灯をつけて足元を照らす。

 結局、幽霊らしきものは出なかった。子供の霊もいなければ、廃病院の壁に血で描かれた意味不明な文字もなければ、腐りかけの正体不明の肉片もなかった。探索中にもっぱら怖かったものといえば、人間、あとは熊や猪が出ないかだ。


 時計を見ると夜7時、暗い中で慣れない運転で山を下るのは流石に不安だ。今日は車中泊をして、明日の朝に帰るとしよう。

 車の座席を倒して目をつぶると、すぐさま眠気がやってきた。私は、ゆっくりと意識を眠りに沈めていった。


 コンコンという音で目が覚めた。断続的に続く音がなんなのか最初はよくわからなかったが、目が覚めるに連れて気がついた。

 これはノックの音だ。

 この山奥の廃病院で、しかも夜中にノックの音、嫌な予感しかしない。

 ノックの音は次第に強くなる。ノックというよりも、車の扉を全力で殴打しているようだ。

 もっとも問題なのは、誰も扉の向こうにいない、ということだ。誰が、いや、何がこの音を立てているのかわからないという事だ。

 廃墟や心霊スポットはそれなりに巡ったが、本当の心霊現象は初めてだった。

 私は、車の扉を勢いよく開け、外にでた。とにかく外に出てどうにかしないといけない思ったからだ。


 外には、誰もいなかった。

 深夜の山奥に、ひたすら殴打の音が響いていた。

 私はそこで意識を失った。


 朝になり、私は目を覚ました。車の外で、倒れるように寝ていた。服は土で汚れている。

 昨夜のことは夢か?いや、現に私は車の外で寝ていた。あのノックは本当にあったのだ。

 しかし、朝日に照らされる周囲には、幽霊や心霊の気配などない。

 念のため、財布やスマホを確認したが、何も変わりはない。昨夜のことは手の込んだ物盗りの仕業ではなかったのか。

 ため息を一つつくと私は気を取り直して山を降りることにした。なんにせよここでの目的は果たしたのだから。


 しかし、昨夜現れたのが幽霊でよかった。

 私が車の免許を持っていないことも、廃病院に私が隠した死体も、幽霊にならバレても構わない。

 本当に幽霊でよかった。

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