エピローグ

 ココーネの体が元に戻り、学校に復学するかと思いきや、検査入院という形になり、しばらくオンリーアの病院で体のいたるところを診られるらしい。

 それなら復帰祝いのパーティーの式次第を練りに練られる、とココーネの入院日数を逆手に取って、ウォルゴとルビーシャは高等部の三つのクラスにいる友人たちを集め企画を熟考した。

 アネスは寮区画の中庭のベンチに座っていた。隣にはダイガンが腰かけていた。ダイガンがジスードに会ってきたと言うのだ。

「ジスードくんは自身のこれまでの人生を憂いていたよ。ゾムクーレ家の長男として生まれたが、ヘキサ・シンの値が低く、一族の一部からは見放され、貶されもしたという。次男が家督を継ぐことは決まっていたらしい。面会したとき暗い顔で彼は言ったよ。『ヘキサ・シンの値が低いままの僕は果たして生きていく意味はあるのか』とね。人としての価値がない、とも言っていた。だが親御さんからはこう聞いた。〝ジスードくんの可能性を信じこの学校ヘ入れた〟と。彼は座学ではいい成績だった。ヘキサージェンになる夢は潰えたが、ジスードくんは親御さんの言うとおりまだ可能性はある。私はこうジスードくんに伝えた。〝諦めるのはまだ早い、今は自分のなすべきことをやりなさい〟と、ね」

 それは罪を犯したことへの罪悪感で心に負荷をかけ、償っていくことを言うのかと、アネスは思った。しかしダイガンの言っている〝今なすべきこと〟とは、贖罪や懺悔ではないと、また思うのだった。

「ジスードのいる収容施設では、小物を作成する作業があるみたいですね。ダイガン先生の言いたいことはそれをまずやっていく、という……」

「それもあるが、あそこでの生活全てだよ。社会で決められたことを守り、奉仕していく……、長い隘路のような道のりだが、私たちはジスードくんを信じ、彼を更生の道へと導く役目がある。それはこれからの君にも言えることなのだよ、アネスくん……」

 ダイガンの終わり際の言葉を鵜呑みにはしないよう気をつけた。

 ダイガンの述べたことが、自身のヘキサ・シンを復活させたことで、今後様々な変化が日常に訪れ、その中をジスードのように、やるべきことからやっていくと、言いたいのだろうと。

 アネスはダイガンに明るく返事をした。


 数日後、リクシリア校、屋内運動場にて――。

 多くの観客は高等部の生徒たちだ。予選に落ちた者や、上位に届かなかった者もいるが、今日の月間試合の見ものは、なんと言っても、ヘキサ・シンが復活したアネスの活躍だった。

 ナキムとボーノは張り切って放送部の活動に取り組んでいる。

「さあ、今月もすでに末日。勝敗を決するのはどちらか、楽しみですね、ボーノさん?」

「そうですね。何と言ってもヘキサ・シンが回復したアネス選手の実力が試されるところがこの試合のハイライトでしょう」

 観客席からは、アネスへと声援を送る者もおり、幾日前とは明らかな違いがあった。

 背から剣を抜き、ヘキサリリース、と詠唱するアネスの目の先には、腰から抜刀し、水色の闘気を両肩から頭上へと湧き立たしつつ眼鏡をかけたレザークがいた。

 アネスの底知れぬ力が、赤い気流となってレザークと同じく天へ向かって映えている。

 レザークの眼鏡の奥にある鋭い眼光は相変わらずだが、アネスにはこのときわかった。

 ――レザーク、楽しそうだな……。

 二人の睨み合いは数秒続き――、

 審判の挙手と共に、二人は互いの方向へと向かって駆け出した。

 一弾指、アネスは密かにジスードへと送った手紙の一文を思い浮かべた。

[ジスード、君は確かに過ちを犯した。罪を償っていく道はきっと険しいかもしれない。でも、必ず道は開ける。価値のない人なんていない。僕もヘキサなしのとき辛かったけど、ずっとそう信じて歩いてきた。君も信じているであろう、自分の中のヘキサ・シンを……。ヘキサ・シンとは生命そのものだと教えにもあるじゃないか。だから僕にも君にも価値はある。誰かが無いと言ったって、絶対にあるんだ]

 アネスとレザークの戦いに会場は揺れに揺れた。

 誰しもが両者の健闘を祈っていた。

 疑い、離れることがあっても、人は人を思い、願い、繋がっている。

 例え、道を踏み外すことがあっても――。

 そんな誰しもが持つ可能性を、人々は今日も世界のどこかで信じ合い、共有している。


                                           了


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心奧のヘキサ・シン ポンコツ・サイシン @nikushio

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