いいことあるかもね

 渋谷で友人と遊ぶはずが、いつの間にか女子とふたりでマジデート。

 友人にやいのやいのと言われ、一時的にブチ切れそうになるも、あいつらだって善意でやってることだ。母さんや先生と同じく、いつまでも女子嫌い、なんてのを解消させたかったんだろう。ならば怒りを向けても仕方ない。例え余計なことだとしても。

 ついでに、俺の手を握る女子を見ると、どうにも調子が狂う。

 顔がどうだとか、スタイルがどうだとか、そんなものは気にしても仕方ない。どれだけ美人でも蛆が湧いてる性格なら、その見た目はただの飾りでしかない。

 その美しいとされるつらの皮を引き剥がせば、蛆がぼとぼと落ちてくるわけだ。


 翻って、俺の手を持つ女子はと言えば、会話の内容から嫌な感じは受けなかった。

 緊張や引っ込み思案ってことで、少したどたどしい話し方だが、馴染んでくると徐々にそれなりの会話ができる。


 世の中の女子なんて、母親も含め腐ってるとしか思ってなかった。

 もし、こいつも腐っているのであれば、二度と女子なんぞとは向き合わない。

 ひとつ質問をしてみた。


「お前は俺に何を望む?」


 何かひとつやふたつ、あるはずだと思うんだが。本音で言えと。言わずに隠しているようだと、この場に置き去りにして帰る、と言っておく。


「傍に居てくれるだけで嬉しい、です」


 あり得ない。

 ただ「こうして手を繋いで歩いてくれます」とか「付き合えると思っていませんでした」なんてことも。さらには「嫌われる性格なので、一緒に居られるだけで、涙が出そうなくらい嬉しいんです」とまで。

 そして逆に問われた。自分に何か望むものは無いのかと。


「なんでも言ってください。応えられる範囲で、応えたいです」


 別に望むものなんて無い。分からないからだ。何を望めばいいのかすら。

 女子を嫌うことはあっても、望むことは無かった。望むことすらくだらない、意味の無いことだと思ったからな。乞食の如き女子に何を望むのかって話しだ。施されて当たり前と思ってる腐れ外道に、期待するものなどあるわけがない。


「あの、ひとつだけ、お願いがあります」

「なんだ?」

「名前で、呼んで欲しいです」


 愛奈でも柚月でも呼び易い方で呼んで欲しいと。

 お前とか、こいつ、だと少し距離を感じるらしい。


「お前、って呼ばれるのが嫌ではないです」


 俺の物、と意識するそうだ。普通は嫌がるものだと思うが、その点でも変わり者なのだろう。

 お前という呼び方は、相手を尊重してない、対等に見ていないから出る言葉。世の中の女はすべてそう思っている。確かにきれいな呼び方ではない。しかし、こいつは違うらしい。


「時々でいいので、名前で」


 その方が親密な感じを受けるのだそうだ。

 急に言われて名前呼びはできそうにない。少しずつ慣らすしかなさそうだ。


「あの、あたしも名前で呼んで、いいです、か?」

「いい」

「じゃ、じゃあ、康介さん」

「硬い」


 ならば「こーちゃん」と呼びたいと要望が出た。

 あと気になったのが、同じ学年なのに敬語。それはそれで丁寧ではあるが、親しみを感じられるかと言えば、そう言うわけでも無い。

 一歩引いた感じがする。男が女を下に見てる。そんな印象を持つ。

 それだと腐れた女子連中と同じってことになる。


「だから、敬語はやめよう」

「え、と」

「親しくしたいんだろ? だったらもっと普通に」


 もじもじしながら口元が緩んでるぞ。


「こーちゃん、好き」


 俗に言う飛びっきりの笑顔って奴か。満面の笑みとも言うのか。

 とにかく嬉しそうだ。


 女子なんて、クソだとしか思ってなかったのに。散々嫌な思いをしてきて、なんで俺はこいつと一緒に居るのか。手まで繋いで歩くなんて、昨日までの俺からは考えられん。

 昨日までの俺なら徹底的に無視して。

 いや、こいつだけは少し違った。こっちから声を掛けたんだ、あり得ないことに。

 中学以降、女子とは口も利かなかったのに。


「ま、愛奈、は、運命ってのを信じるか?」


 少し驚いてる感じはあるな。普通に運命だなんて思わんだろうし。どこのロマンチストだって話しだ。


「あの、こーちゃんと、出会えたのが運命、だったと思う」


 渋谷に着くまでは、付き合いなんて無理と諦めていた。態度から嫌われているのは理解したから、だそうで。ちゃんと目を見てものを言えない、そんな自分の性格が嫌になったとか。

 しかし、下車して礼を言ってから、やっぱりこの人しか居ない。そう思ったらしい。

 二度と、こんな出会いは無いと思うと、離したくなくなったのが本音だとか。

 目付きも怖い。態度も素っ気ない。ぶっきらぼうで、なのに気になって仕方なくて。


「今はね、勇気出して、邪魔だと思われても、付いてきて良かったって」


 そう言って片手で繋いでいた手に、もう片側の手を添えて、俯きながらも握り締めてるし。

 そして何やらぶつぶつ「こーちゃんの手、好き」とか言ってるよ。

 背が低いのは電車内で分かっていた。頭頂部が見えてたし。手も小さくて、でも少しだけ冷たさを感じて、そして柔らかい感触。ちょっと照れる。

 そう言えば、手の冷たい人は心が温かいなんて、そんな話もあったな。まあ、あれは海外のちょっとした気遣いって奴らしいけど。握手する文化圏ならではの。


 俺に久しく無かった感情。

 女子を見て可愛らしいと思う、こんな風に思える日が来るとは。

 いや、女子だからじゃない。愛奈だから可愛らしく感じるんだ。これが他の女子なら今も醜い蛆虫でしかないだろう。

 俺にとっても自分を変える運命の出会い、だったのかもしれない。


 渋谷でのデートを終えると、一緒に電車に乗り家に帰る。

 車内では終始ご機嫌状態の愛奈だったな。

 下車する際に「時々、電話しても、いい?」と。


「構わないけど、早朝と深夜は勘弁してくれ」

「そんな時間には、しないから」

「ならいい。待ってる」

「こーちゃんからも、してくれて、いいんだよ」


 メッセージも時々、とか言ってるし。まあいいけど。

 俺もまあ、その気になったら、ってことで。


 女子なんて信じていいはずがない。信じた瞬間、嫌な思いをするのが目に見えてるから。

 そう思って今まで生きてきた。けれど、愛奈だけは例外かも、なんて甘い考えを持つ。本当に信じていいのか、まだ答えは出てない。

 ただ、あの表情や態度を見て、疑いをかけるのも違うのかって。


 過去を思い出す。俺を陥れて喜んでいた連中。

 笑顔の奥底に見え隠れする悪意。たぶん、浮かれてさえいなければ、気付ける類のものだったのだろう。

 愛奈にそれがあるのか、と言えば冷静に見ても、感じ取れることは無かった。

 きっと信じていいんだろう。


 家に帰ると母さんが帰宅してた。


「少し雰囲気変わった」


 不機嫌極まりない表情から、少しだけ穏やかに見えるそうだ。


「何かあったの?」

「別に」

「痴漢されてた子?」


 なんで分かるんだよ。


「そう。やっとなんだね」


 少しは人の心を取り戻したようで、安心したとか言ってるし。


「あたしも、康介にちゃんと向き合わないとね」


 母として、大学卒業まではきっちり支えるそうだ。その後は自力で、と言うのも忘れない。ただ、この先何があっても母親と子であることに、変わりはないのだとも。


「老後に面倒見てくれると助かるけどね」

「まだ先の話だろ」

「そう思ってるとすぐだから」


 助けた子の名前を覚えたのか聞かれて答えておく。


「愛奈ちゃん。老後に面倒見てくれるのかな」

「だから、まだ先の話だし、結婚とか考えても無いぞ」

「でも、康介には、その子しか居ないでしょ」


 トラウマを克服させてくれた子であり、恋心まで、もたらしてくれた貴重な存在。

 たぶん一生添い遂げるんじゃないの、じゃねえっての。

 そんな先のことなんて分かるわけがない。


「痴漢のあった日の占い。当たってたね」

「占い? ああそう言えば」

「いいことあるかもね、ってその通りになったでしょ」


 占いなんて関係ない。でも運命の出会いって奴もあるのか。


      ―― Finis ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女嫌いなのに痴漢に遭ってる女子高生を助けてしまったら懐かれた 鎔ゆう @Birman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ