気を利かせる友人たち

 隣に立ち俯きながらも、ぼそぼそ喋り始める女子が居る。

 声が小さくて実に聴き取り辛いが、それでも時折こっちを見て、反応を窺いつつ話してるようだ。


「あたし、こんな性格、なので。イライラしますよね」


 緊張してしまうと、スムーズに言葉が出てこないらしい。ついでに恥ずかしがり屋だとか言ってる。引っ込み思案って奴だろ。

 そのせいで相手がイライラするのも自覚してるとか。


「た、助けてくれた時、感動、したんです」


 痴漢の被害に遭っていることに気付いても、周囲の人が止めに入ることは、まず滅多にない。勇気を持って行動する人は少ない。昨今、刺されたり殴られたりで、怪我のリスクの高さを考えて見てるだけ。物騒すぎて容易に制止できないのも、分ってはいる。だからこそ助けてくれたことが、嬉しかったのだと。


「ずっと、電車の中で、見てたんです。いいなあ、って。そ、それで、思っていた、通りの人、だったんだって」


 勇気があり正義感の強い人だった。

 そうなると最早気持ちを抑えることはできず、告白して少しでも傍に居たい、なんて思ったらしいが。


「でも、あたしみたいな、の、い、イヤです、よね」


 だから、今日話ができたことで諦めることもできると。

 以降は会わないようにするから、今日だけ話に付き合って欲しいらしい。

 目を見ると泣きそうだ。まあ、女子は泣くのも仕事だしな。そうやって気を引くわけで。これを真に受けて従ったりすると、途端にお姫様モード突入だ。

 下僕を従えどこでも横柄な振る舞いになる。


 顔を上げて俺を見て。


「ありがとう、ございます。いい、思い出に、なり、ました」


 と言った瞬間、涙をぼろぼろ流してるし。なんだこいつは。

 いくら気持ちが強くても相手あってのことだから、付き合ってくださいとは言わないそうだ。ただ、感謝の気持ちと、元より抱いていた気持ちを伝えたかったと。

 自分の性格がゆえに、嫌われるであろうことは理解してるとか。


 こんな状態のまま渋谷に着いた。

 下車するのだが、人の多さゆえに俺に張り付く感じで、一緒に車外に流し出されることに。さらには後ろから押されたのか、倒れそうになって咄嗟に支えると、滅茶苦茶笑顔になってるし。

 放置すりゃいいのに、俺もまだ人の良さがあったのか。


「また、助けて、もらい、ました」


 改札を抜けると深々と頭を下げ「ありがと、う、ございました」と礼を言ってる。

 どこに行くのか知らんが、その場を離れようとしたら袖を掴まれた。


「なんだよ」

「あ」


 また俯いてもじもじしてるだけかよ。

 はっきりしない奴だが、逃がす気は無いってか? 口で言ってるのと行動が伴って無いぞ。


「俺は友だちと待ち合わせをしてる」


 じっと見つめてくるが、だからなんだっての。俺は女子と付き合う気は一切無いんだから、引き止めても無駄なんだよ。

 まあ、事情程度は理解したが所詮は女子だ。すぐに薄らこ汚い部分を見せてくるだろ。手に入れるまでが勝負で、手に入れてしまえば、あとはどうでも良くなるんだから。


「ま、待ち合わせ、は、どこですか」


 言う必要あるのか?

 ただ、言わないと張り付いてきそうだし。なんか俺、こいつと居ると調子が狂うな。


「モヤイ」

「あ、でしたら、途中まで」

「なんで?」

「え、と。好き」


 わけ分からん。

 待ち合わせの時間もあるし、こんなの構ってると遅れるし。

 面倒になり歩き出すと袖を掴みながら、一緒に付いてくるし、なんだよこれ。


 行き交う人々で溢れ返る雑踏の中、並ぶわけでも無く少し後ろから、袖を掴んだまま歩く女子が居て。これがあれか、奥ゆかしさとか言う奴。遥か昔、大和なでしこと呼ばれた女性の姿。今どきの女子は男を顎でこき使う程度。終始ご機嫌取りをしないと、不平不満を漏らし不用品の如く、男を捨てて平気で他に乗り換える。

 ま、あり得ないけどな。こいつもまた現代の女子だ。


 モヤイ像が見えてくると、友人三人の姿も見えてくるが、こっちに気付いたようで様子がおかしい。

 傍まで行くと気付いた。

 俺と一緒に居る女子のせいだ。しかも袖を掴んだまま。


「なが……その女子」

「お前、どこで手に入れた?」

「女嫌い、だったよな?」


 驚愕の表情を浮かべていたが、少しすると「その子が電車の君か」とか「ついに結ばれたか」とか「おめでとう、やっと人になったな」じゃねえよ。

 女子はと言えば、俺の背中に隠れるようにして、友人たちを見てるようだが。

 騒ぐ野郎どもと対照的に警戒心が高まってる感じがする。


「こいつらが俺のダチ」

「なあ、ちゃんと紹介しろよ」

「良さそうな子じゃん。年は同い年?」

「大当たりだな、羨ましい」


 背中に張り付く女子を見ると、同じようにこっちを見て「あ、の。お友だち、の方ですか」と。そう言っただろ。ダチだって。聞いてねえのかよ。って言うか、ここまで付いて来てどうする気だっての。

 結局、ひとりひとり紹介すると、横に並んで頭を下げ「柚月愛奈です。女子高に通ってます」と自己紹介してる。


「お前、名乗った?」

「いや」

「あり得ねえ。いい加減名乗れよ」


 女子を見ると「あの、かまわない、です」とか言ってるが、そう言うと野郎どもがな「良くない」だの「ちゃんと付き合うなら、全部知っておくべきだ」とか言い出すし。

 付き合うわけじゃない。勝手にしがみついてきただけで。

 この状況下でそう言っても無駄だった。


「長沼だ」

「苗字だけじゃなくて」

「こ、康介」

「こーちゃん、って呼んであげればいい」


 呼ばせるな。こいつと付き合うわけじゃない。ただ、一緒になっただけのことで、なんてのも一切通じなかった。

 こいつら面白がってくっ付けようとしてやがる。

 だが、女子を見ると楽しそうに微笑んでいて、それでも俺の袖は離さないのかよ。

 こうなると執念って奴かもしれない。


「あのさあ、俺らと一緒でいいの?」

「なにがだよ」

「デートの邪魔だろ」

「違う。根本を間違えてる」


 デートじゃなく偶然。

 告白もされたが付き合う意思表示はしてない。その気が無いんだから。ましてや俺の忌み嫌う女子。どうして付き合わなけりゃいけない。どう考えても罰ゲーム以外の何ものでもないだろ。

 と言ってみたら。


「いい加減にしろっての」

「その子が悪い子に見えるとしたら、お前がバカすぎるってことだ」

「だから、まずは付き合ってみなよ」


 一度付き合いを始めたら、別れちゃいけない、なんて決まりはないのだからと。

 合わないとか、やっぱり思っていた通りの嫌な奴、だと知った時には遠慮なく別れりゃいい、と言ってる。


「長沼の言う飛行機が墜落する確率の子、だと俺には見えるぞ」

「だよな。すげえ良い子じゃん」

「あのさ、愛奈ちゃんだっけ? こいつさ、女嫌いで有名だったんだよ」

「そうそう。女なんてクソだってな」


 揃って俺が女子を遠ざける理由を話し始める、余計なお世話連中が居る。

 過去のことを話してるわけじゃないが、とにかく学校内でも有名なほどに、女子嫌いで通ってる変人だから、最初は大変だけど根はいい奴だとか。

 自分たちも協力するから、ちゃんと捕まえて離さない方がいいとか。

 マジで大きなお世話だっての。


「あ、でも今は掴まってるよな」

「なんか、その仕草も可愛い」

「俺にはいい子にしか見えない」


 こいつらは女ならなんでもいいんだろ。

 とりあえず、この場を移動しようとなり、歩き始めると。


「手を繋ぐとかすればいいのに」

「だよな。袖もいいけど、やっぱ手を繋いでってのが定番だろ」

「羨ましいけど、まあ、今回はお前を立ててだな」


 こいつら人の言うことなんて聞きゃしねえ。

 繋げと騒ぎ、女子を見ると照れて顔真っ赤だし。そこで意識してんじゃねえ。

 この女子、マジで調子が狂う。

 この俺がこんな状況を許してる時点で、完全にペースを乱されてるんだよ。


「相性いいと思うぞ」

「振り払わないのがな」

「だよな」


 相性じゃねえ、調子が狂うんだっての。

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