最終話 Vengeance

-AM1時02分 東京都練馬区朝霞駐屯地-

野並が飼っている情報工作チームに逐一、UAVや通信傍受による情報が集積されていた。

その結果は精査され、野並とマイルスのもとに届く。

「現地住民達はこの銃撃戦に気づいていないのか?」

マイルスの問いに

「この地域はかなり過疎化していたし、問題ないようだ。カバーストーリー用の現地県警も手配していたが」

と、野並は答える。

UAVによる偵察映像は、カン・ミンギュらのアルファードが海岸沿いの国道をかなりの速度で走っているのを映していた。

「北の工作船はどこだ?」

「それはこっち」

野並は別画面を指差す。海上を走行する中規模の工作船が映っている。

「攻撃はしないのか」

「だめ。工作船の撃沈は2001年にあったがかなり揉めた。非正規戦とはいえマスコミに気取られたらおしまいだ」

マイルスは深く唸る。

「つくづくこの国は縛られているな」

「縛られたのは80年前にどこかの国に負けてからだよ」

きつい返しにマイルスは苦笑する。軍国主義を廃させ、自由主義・非武装の名のもとに日本をがんじがらめにしたのは間違いなく自国だった。

「カナエ、アックスバンクスが福井県に入った。降下準備中だ。残り5分、いや、15分稼いでおく」

野並は振り向き、マイルスを睨む。

「恩でも売ったつもり?」

「ひどいいいようだ。この後の、そうだな、寿司でもおごってもらおう。それでいい」

「野並二尉!J班が海岸に到達しました。回収班とランデブーまでおおよそ15分!」

監視していた部下が叫んだ。野並は画面に向き直し

「チェアマンは後どれくらいで到着するんだ?」

と質問する。

「おおよそ5分!」

戦闘時間は10分。相手は3人、こちらも3人。五分五分だ。

「・・・頼むぞ、九絵」



-AM1時12分 福井県小浜市郊外 海岸-

J班が乗ってきたアルファードは浜辺に横付けされ、彼等はそれを盾に追手を待っていた。

「大尉、ユン・ソナはここで排除しますか」

「そのつもりだ。お前達、これ以上は下がれないぞ。ここが俺たちの墓場だ」

手元の衛星電話に着信が入り、カン・ミンギュは応答した。迎えの船の船長だ。

『我々はあと10分で到着する。日本軍、米軍共に確認していない』

嘘だとわかっていた。日本の警戒網に映らないわけがない。今こうして日本側と交戦しているのだから。訳あって領海への侵入を許しているに違いないとカン・ミンギュは考えていたし、事実そうであった。

「ああ、待っているぞ」

通話を終えた時、部下の一人が叫ぶ。

「来ました!」

自分たちが来た道を、アルファードが走ってくる。その天井のルーフから人影が出ているのをカン・ミンギュは見逃さなかった。

「伏せろ!」


アルファードのルーフを破り、九絵は奪ったPKMをバイポッドで据え付けて撃った。

もちろん彼等には当てないよう、牽制で。

軽機関銃の弾が多量に彼等のアルファードへ降り注ぐ。彼女が撃ち続け、乗っている車は少し距離をとって停車する。その間も彼女は撃つ。

運転席からはユン・ソナ、キャビンからはユウキが降りてそれぞれ銃を撃ちながら前に進む。

「カン・ミンギュ!!!」

ソナはK2ライフルを撃ちながらアルファードに向け前進していく。

ユウキもそれに追随しながら自分のMP9を撃つ。交互に彼女たちはリロードし、射撃し、前進していった。

ソナは砂浜に倒れ込み、K2ライフルをまっすぐアルファードに向ける。

タイヤの後ろに隠れている上手い奴ら二人の片方がカン・ミンギュだと推察した彼女は、足元が丸見えの一人に短い連射をお見舞いした。

彼は倒れ込み、ソナは立ち上る。

その時、ユウキがカン・ミンギュの弾を受けて倒れた。

「くそ、ユウキ!」

PKMを連射したまま、九絵は罵声を上げる。

ソナは倒れたユウキを見てK2ライフルを捨て、ホルスターからK5拳銃を取り出しながらモールベルトに装備したフラッシュバンを抜き取ってピンを抜き、レバーを弾いて投げる。


まばゆい閃光にカン・ミンギュは包まれたが、彼はすぐに自分もAKを捨てて白頭山拳銃を取り出した。

ユン・ソナが彼の部下を射殺し、眼前に迫っていた。

彼女の右拳がカン・ミンギュの顔面に炸裂し、目の前がチカチカとして脳がグラグラと揺れ、気が遠くなる。

それを彼はなんとかおさえ、肘打ちをユン・ソナの胸にぶつけた。

肺が押しつぶされ、ユン・ソナは息ができなくなる。

苦しさを覚えながら、カン・ミンギュの手に握られた拳銃が自分に向く前に蹴り飛ばした。

カン・ミンギュは弾かれた拳銃に見向きもせず、叫び声を上げながら右ストレートを彼女の顔面に向ける。

ユン・ソナはそれを両腕で防いだが、嫌な音が腕から鳴り、激痛が走った。

あまりの傷みにユン・ソナは唸り声を上げ、奥歯を噛み潰す。

彼女は足でカン・ミンギュの脛を蹴り、膝をついた彼の顔に肘打ちをし返す。

カン・ミンギュはその肘打ちを腕で受け止め、そのまま掴んで彼女を引き倒す。

ユン・ソナの上に馬乗りになり、彼女の首をぎりぎりと締め上げた。

脳に送られる酸素が欠乏し、ユン・ソナの視界は黒く染まっていく。


脳裏に浮かぶ自分の娘と夫の姿。

二人は済州島のフェリー乗り場にあった。

「おかあさん、行こう?」

「ママ、時間だよ」

二人の声に私は頷く。

だがそれとは同時に、なにかざわつきを覚える。

「ママ?」

自分は何故動けない、いや、何故行ってはいけないんだ・・・?

その瞬間、私は自分の格好を見た。

チェストリグを装備し、右足にはホルスターをつけ、コンバットブーツを履いている。

「そうか、死んだんだ、ふたりとも」

理解した瞬間、目の前の世界は崩れ落ちる。

「わたしは、二人のために為すべきことをしなくてはいけないんだ」


ユン・ソナは両足をカン・ミンギュの首に回し込み、ひねり上げた。今まで首を絞めていた彼の手の力が緩み、その手は彼女の足と自分の首の間に滑り込む。

自分の足の中でもがくカン・ミンギュに、彼女は締め上げる力を上げていく。

「ユン・ソナ!!!」

誰かが自分を呼んだ。そう思った時、彼女は自分がカン・ミンギュを殺そうとしていることに気がつく。

「やめて!」

九絵の声が彼女の耳に届き、彼女は足を解いた。

酸欠で倒れ込んだカン・ミンギュの手足を、九絵はタイラップで締め上げていく。

「・・・CIAは?」

ユン・ソナは痛む喉をさすりながら九絵に聞く。

「わからない。こちらチェアマン、サベッジ、聞こえるか?」

『こちらサベッジ』

「標的を確保。J班3名を確保。こちらは一人が軽傷。CIAは?」

喋った瞬間、彼女の背筋に冷たいものを感じた。

振り返ると黒ずくめの装具にナイトビジョンをヘルメットにマウントした男たちが6人立っていた。ほとんど真後ろに。音も立てずに彼等はこの浜に降着し、彼女たちの背後をとったのだ。ユン・ソナでさえ全く気が付かずに。

『パラミリは降下している。今ー』

「いや、いい。後ろにいる」


ユン・ソナはゆっくり立ち上がり、流暢な英語で喋った。

「大韓民国陸軍第707特殊任務大隊、ユン・ソナ中尉だ。こっちは日本の自衛隊の」

男たちの中のひとりが前に出てくる。

「我々は居ないことになっている。名乗れなくてすまないが、何かはわかっていると思う。これが北の?」

気絶しているカン・ミンギュを指差すCIAのオペレータにユン・ソナは頷いた。

「我々がこいつの身柄を預かる。悪いが北と南の関係性をはっきりさせろというのがこちらの任務だ。良いな?」

ユン・ソナは拳を握り込み

「徹底的に拷問してくれ。約束してほしい」

と、腹から絞り出しすような声で懇願する。

CIAのパラミリは覆面でよく見えなかったが、笑ったように見えた。

「存在しない場所で、適用されない条約の元で行われるだろう。おそらく、な」

その時、海岸を警戒していたCIAのオペレータが叫んだ。

「Cap、北の送迎船です!」

「警戒しろ!全員、フラッシュライト点灯!照らせ!」

ユン・ソナと九絵も同時に銃を構え、海を見る。

フラッシュライトで照らされた先に漁船に似ている船が現れた。

その舳先には漁師のような姿をしているが、手にAKを握った工作員7人が並び、全員が銃を構えている。

その先頭に立つ男が拡声器を持って日本語で話し始めた。

「その男は我々の仲間だ、日本人!解放してもらおう!血を見ることになるぞ!」

CIAのオペレータ、Capと呼ばれた男が同じように拡声器を用意していたらしく、怒鳴り始めた。それも英語で。

「北朝鮮人!お前たちは誰に銃を向けているんだ!?俺たちはアメリカ人だぞ、この意味がわかるか?」

その言葉に彼等は明らかに動揺し始めた。

アメリカの介入は予想外だったらしい。

「今なら日本も見逃すといっているぞ!領海を出て自国に戻るんだ!」


-2019年2月28日 東京都世田谷区 自衛隊中央病院-

『出てきました。予定では昼食会が行われる予定でしたが・・・交渉決裂でしょうか』

テレビではベトナムで行われている米朝首脳会談が決裂したらしい情報が出てきていた。

「フェイクだ。そういうスタンスだろう」

ベッドで横になるウォン・ジョンハの声に、ユン・ソナは頷く。

「この会談で今回の件が米朝間で片付いたはずだ。J班の暴走と南の一部工作員の反乱という形で」

ウォンの推測にユン・ソナは一言漏らす。

「怖い、政治は」

「俺は中尉のほうが怖いですけどね」

ユン・ソナは無言で彼をにらみつける。

「それで、中尉はどうなるんですか」

「お咎めなし。黙っていることが条件だが、日本での国籍も入手した。九絵ちゃんたちの上司に雇われることになってる。まぁ、落とし所というやつか」

「中尉は納得できたんですか?」

ウォンは彼女の目を見る。

「ああ、できたよ。大人だからな」

彼女の目は、まだ何処か遠くを見ているように見えた。

「・・・ならいいんです」

テレビの映像はアメリカの大統領がいつもの笑顔でカメラにポージングし、車両に乗り込む様子が写っていた。


-同日 東京都新宿区市ヶ谷 防衛省-

「本件は以上により、米国中央情報局へ移行。我々の手元を離れました」

野並は会議室の真ん中で発言を終えた。

彼女を取り囲むように居るのは陸海空のお偉方と防衛大臣がその真中に鎮座している。

「野並二尉、本件は漏洩を防ぐ必要があるのは理解しているな」

防衛大臣の言葉に彼女は

「はい、理解しております」

と答える。

「本件は、釈迦に説法であるとは思うがね、二尉。北と南の政府が融和し、その条件の中に日本国内で北の工作員を”処理”した南の工作員を殺害するというものがあった。当該工作員の家族がその過程で殺害され、工作員は仇討ちのため南側の関係者を全員暗殺し、日本に密入国をした。その上、駐日韓国大使を襲撃し、機密書類を強奪。その情報を用い北と南の合同暗殺部隊を逆に襲撃、20名以上を殺害。その後我々と交渉の上、君の配下にある存在しない二人の工作員と共同で北の工作チーム通称J班を壊滅させた。指揮官はCIAの工作員に引き渡され、その一切の交渉は米国へ移管された。外に漏れたら日本だけの問題ではない」

「深く理解しております」

「よろしい。では、その書類をこちらへ。原本データもだ」

野並二尉は5日かかって作成した数十ページ近い書類とUSBを防衛大臣へ手渡した。

「うん、たしかに。二尉、下がってよろしい」

「はい」

野並は元いた座席に戻る。

防衛大臣はその書類を手にした後、後ろに控えていた職員を呼んで一斗缶を持ってこさせた。その時点で野並は理解した。このあと起きることを。

防衛大臣はその一斗缶の上で書類にライターで火をつけ、放り込んだ。USBもその後入れて蓋を締め、部下に持ち帰らせる。

「諸君、確認する。本案件はこうだ。韓国国内で南北融和に反対する北の工作員が韓国軍人を次々に襲撃。これに反発した南の工作員が日本国内の北朝鮮工作員を襲撃した。裏ではそう片付けられた。真実は総理まで届かない」

その場の全員が頷いた。


-3日後 新潟県某所 PM11時24分-

「あれ、例のロシア人か?」

「・・・たぶん」

九絵とユウキは寂れたビジネスホテルの一室から高性能望遠鏡で向かいにある倉庫の監視していた。

「写真撮った?」

「うん、撮った。二尉に送る・・・」

部屋のドアが開き、二人は一瞬そちらに気を向けたが相手がわかったのでそのまま監視を続ける。

「ふたりとも、根を詰めないで。ハンバーガー買ってきてあげたから交代」

ユン・ソナの差し入れに二人は笑みを浮かべ、双眼鏡を彼女に手渡すと包みを開いて食べ始めた。

ユン・ソナは、食事する姿は年相応に見えるが、その実は殺し屋である二人に複雑な感情を抱いていた。だが、自分も含めてそれが仕事だ。

「ソナさん、対象が倉庫に入った」

「了解、監視を続ける」

彼女は双眼鏡をぞのきながら、

「ふたりとも、改めてありがとう」

と言葉を漏らす。聞こえなかったようで、ユウキが

「え?なに?」

というが

「なんでもない、独り言よ」

と、彼女は言葉をしまった。




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Dark Dark Deep @KamiseYu

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