最終話 婚約破棄のそのあとで
※2022/10/2 二話目の投稿です
「…………怒られましたね」
「…………ああ、尋常じゃない剣幕だった。ここまでのド怒りは王位継承権破棄騒動以来だな。それよりひどかったかもしれん」
深夜。煌々とした月明かりに照らされた王城の敷地内で、レオとネムは並んでベンチに座っていた。その少し離れた場所にはガーベラがひそかに佇んでいる。
二人はフィリペンにこってりと絞られ疲れ切っていた。今更説教くらいなんてことないと思っていたがさすが一国の王は格が違った。威圧感が普段とは比べ物にならなかった。
フィリペンがアーネとカランを自分たちにあてがった理由は分かっていた。フィリペンからの気遣いを最悪の形で無に帰したと自覚しているだけに反発することも出来ず言葉でボコボコにされた。
なお、フィリペンの胃袋の方がボロボロであることは言うまでもない。
「カラン殿、幸せそうだったな」
「アーネ様、見たことないくらい笑ってましたね」
会場から去る直前、レオとネムは並んで手を取り合うカランとアーネを見た。
アーネはぼろぼろと涙を流して笑っていた。レオが知る令嬢然としたアーネではなく、子供のように隙だらけの表情だった。
カランの表情は優しかったが、かつてネムに向けられた笑顔とはまるで違っていた。ネムに向けられた優しさは誘拐された子供を安心させるためのものだったと一瞬で思い知った。
「「はあ……」」
レオとネムのため息がきれいに重なった。
「なあネム、今回の件でどれくらい俺たちの株は下がったと思う?」
「理想のさらに下まで突き抜けたと思います」
もともと格下の貴族と結婚したかったので評判の下落は望むところだったが、それでも限度というものがある。
アーネとカランはネムとレオの側室に内定していたとすぐに広まるだろう。
なぜフィリペンが結婚前に二人の側室を決めたのか。貴族たちはすぐに『問題児をおとなしくさせるため』と気付くはずだ。
二人は国王の意向も気遣いも無視して騒動を起こした。普通の貴族なら反逆罪に問われてもおかしくない。
反逆者予備軍という評判は二人が求めていたレッテルよりはるかに危険なものである。そんな見える地雷を一族に迎え入れるとんちきな貴族はいない。いたらフィリペンに頼んでお家断絶にした方がいい。
「……もう、恋愛とか結婚はあきらめた方がいいかもしれませんね」
「一生独り身か……ちょっと堪えるな」
アーネとカランが結ばれたので、下げた評判がただのデメリットとしてのしかかる。
レオとネムは身勝手で単独行動しがちだが、その実孤立が得意ではない。
アーネと会うまでのレオは生き延びるために馬鹿を演じ、自分を見失いかけていた。アーネがいなければ意志も希望もなくただ生きる人形となっていただろう。
カランに助けられるまでのネムは父の言いなりで、そのことに疑問すら抱いたことはなかった。父に失望し、カランに憧れたからこそ一個人としての願いを持つことができた。
二人とも他人に影響されやすく、『やる』『やらない』が極端なのだ。一人で決断して行動するのが得意なら協力者を作ろうとはしない。
「どこかにほどほどの身分で気が合う人とかいないものか」
「いませんよ、そんな都合のいい人。今回ほとほと思い知りました。私が魅力的に感じるような人は他の誰かにとっても魅力的だから、のんびりしていてはいけなかったんです」
「だなあ。俺たちと釣り合いが取れる家柄の人は、この年齢だともう婚約者いるもんなあ」
「今や私たちは反逆者予備軍ですし、なおさら難しいでしょう」
「「…………はあ…………」」
二人のため息が再び重なった。
見かねたガーベラが二人が座るベンチに近づいた。
「本当は、こういうのは当人たちが気付くまで放っておくのが良いと思います。ええ、分かっています。でもこの二人は言わなきゃ十年後にも気付きません。今のやりとりも相手から言わせようとかそういう意図がないんです。おそろしいことに」
「ガーベラ? 急にぶつぶつつぶやいてどうした?」
「お気になさらず。それよりもお二人に耳寄りな話がございます」
「私にもあるのですか?」
ガーベラは深く頷いた。ネムは身を乗り出した。短い付き合いだがガーベラはつまらない冗談を言う人間ではないと知っていた。
「ネム様が仰っていた『都合のいい人』に心当たりがあります。男性と女性、両方です」
「本当か!?」
「婚約者がいてもダメなんですよ!?」
「結婚する上でのハードルは全てクリアしています」
結婚後のことはわからないが、そんなものは世の中の全ての人に当てはまることだ。
ガーベラの真剣な面持ちに二人は戦慄する。ガーベラは王家を超える情報網を持っているのかもしれない。
そんな二人を見てガーベラも戦慄していた。ここまで言われてどっちも心当たりすらないのかと。
「そ、そんな方がいらっしゃるならぜひご紹介いただきたいです」
「俺も、俺も頼みたい。礼は必ずする」
「わかりました。ではレオ殿下、私の右手を見てください。ネム様は私の左手を見てください。お相手を指さします」
ガーベラは人差し指を立てた状態で両手を挙げた。レオとネムは素直にそれぞれ指示された指をじっと見ている。
誰を、どんな人を紹介されるのだろうか。人差し指が上を向いているということは伝説の天族でも紹介されるのだろうか。それとも国外の貴族を紹介されるのだろうか。
そわそわする二人の前でガーベラは両腕を前に出しながらクロスした。
レオは右手の人差し指が示す先を、ネムは左手の人差し指が示す先を見た。
レオとネムの目があった。
「「…………あっ!!!!」」
その瞬間、二人はものすごく納得した。
身分は第二王子と公爵令嬢でぴったりである。
話していて楽しいし息が合う。お互い黙っていても気にならない。
年齢は近く結婚するのに抵抗を感じない。
反逆者予備軍という強烈なレッテルも関係ない。お互い様だ。
どちらも婚約者はいるが全く問題ない。なにせその婚約者がお互いである。
「……あの、本っ当に言われるまで気付いていらっしゃらなかったんですか?」
「いや全く。想像もしてなかった。アーネとカラン殿を口説くまでの協力者としか思ってなかった」
「イヌカイが言うところの『灯台下暗し』というやつですね。確かにレオならびっくりするほどぴったりです。陛下から結婚の許しをもらえているくらいですし」
などとネムは言うがフィリペンはこの二人を組ませるとまずいかもしれないと思いつつある。身を固めたら落ち着くどころか互いにアクセルをベタ踏みし合う組み合わせである。
ガーベラは早まったかもしれないと早くも後悔し始めていた。
「そういえば、前はネムに言わせてしまったな。今度は俺の番だ」
ごほん、とレオが咳払いする。
「ネム、俺と結婚してくれませんか?」
「喜んで!」
二人はこれまで誰も見たことがなかった笑顔を互いに見せた。
ガーベラは苦笑した。早まったかもしれないが、これはこれでよい落としどころだったのではないか。
「……さ、私はどこの国に逃げましょうか」
そんなつぶやきは誰の耳にも届かなかった。
結婚後、僻地に飛ばされた二人が独立宣言してフィリペンの胃を破壊するのはもうちょっと先の話である。
婚約破棄を前提に婚約することを決めました @taiyaki_wagashi
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