第113話 ゆけるところまで。

「でも、ママ」

「いーから受けなさい。公立だろうが私立だろうが行かせてやるわよ。勉強だろうがサッカーだろうが、やりたいことをやりなさい。ひとり親だからってあなたに何かを諦めさせるような、情けないママじゃないわよ。」

 母親の気持ちは嬉しかったけれど、現実はそう甘くないことを夏南も知っていた。叔母の家で世話になっている時も、公立を受けるようさり気なく勧められたりしていたのだ。

 途方に暮れるほど悩んでいた時に、カイトコーチが連絡をくれたのだった。練習試合で偶然会った時のことを覚えてくれたのだろう。やはり中学の教師なので、受験事情には精通していて、未冬の高校が特待生を募っていることを教えてくれた。

 才能ギフトを持たない夏南はサッカーで未冬を追いかけることは出来ない。

 だが、努力を続ければ学業でなら追いかけることが出来るかもしれない。

 もしそれで追いついて同じ高校へ入れたとしても、もうその差は縮まることはないかもしれないけれど。

 たとえ忘れられていても、追いかけ続けることは出来るのだ。

 だから、未冬がピッチでボールを追いかけることに努力する間に、夏南は、全く違う場所で努力を続けた。

 再会したときの、あの未冬のなんとも言えない表情が忘れられない。

 そして、覚えていてくれたと確信したときの嬉しさも忘れられない。


 追いかけてきてくれたんだ


 はい


 たったそれだけの会話が、忘れられない。

「わたしは間違ってなかった。」

 浮き立つような声でそう口にして、スマホの画面を開いた。


 




 夏南がやっと同じ部活に入部出来たからと言って、以前のように一緒に未冬と一緒に試合に出られるわけはない。

 経験者であることは確かだが、一年近いブランクがありその間はほとんどボールを触ることすらなかった。そういう意味では高校デビューの新入部員と同じスタートラインだ。試合どころか、練習するフィールドさえ違う。レギュラーと新入部員とはそのくらいの差があるのだ。

 昨年まで未冬たちの学年がやっていた雑用を淡々とこなしながら、夏南は上級生が練習する方角へ目をやった。

 もうすぐ日が暮れるためにナイター用のライトが点灯し始めている。

 あの頃のように、一緒に行動することもない。新入生がレギュラーと一緒に練習できるのは体験入部の時だけだ。過去に一緒に試合に出てプレイしていたのがまるで嘘のように、未冬との距離は遠かった。


 それでも、今は同じ制服を着ている。同じチームジャージを着ることが出来る。たとえ一緒に試合に出ることはなくても、一緒に練習することはなくても。

 

 今はまだ遠くても。

 たとえ追いつくことは出来なくても。

 追いかけ続けることは出来るのだ。


 練習が終わって自宅に帰ったら、まずは今日の授業の復習をする。それが済んでから夕食だ。どんなにサッカーが好きでも、夏南がまずやらなくては行けないのは学業成績を維持することだった。


 就寝直前に、スマホが鳴る。

 入学してからの毎日の日課のように、この時間になると鳴るのだ。

「はい、こんばんは。」

「お疲れ、夏南。」

 寮生活をしている未冬は、この時間にしか連絡をすることが出来ないのだろう。

「今日もアタシのこと、追いかけてた?」

「ええ、ずっとこの目で。」

 通話口の向こうで爆笑している未冬の声が聞こえてきた。





 どこまで追いかけられるのかまだわからないけれど。

 

 今は、ただ、

 ギフトを持たないまま、追いかけて。



 ゆけるところまで。






fin





 

 







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ギフトを持つ彼女を追いかけて ちわみろく @s470809b

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