第193話 あのSランクは今 ②

連日投稿です。

昨日の更新分をお見逃しの方は一話前にお戻りください。


◆◆◆


(三人称視点)



「――ハハ、ハハハハハハッ!!」



 迷宮都市の北東に位置する国家、【ヴレド帝国】。

 その隣国、【魔術国家エメヌス】。

 両国の国境付近にて。



「ほらどうしたよクソエネミー共? もう俺と戦える奴は残ってねぇのか?」



 高らかに、傲慢に叫ぶその赤毛の女性に、両国の兵士達は見をすくませることしかできなかった。



「なんでだ? どうしてバレた!? 聞いてた話と違うぞ!!」

「あれが迷宮都市のSランク……か、勝てる訳がない!」



 既に施設の周辺には、黒焦げになった無数の骸が転がっていた。

 勇敢にも侵入者である彼女に立ち向かった者達である。誰一人として、彼女に触れることすらできなかったが。



「……拍子抜けだなオイ。迷宮都市にケンカ・・・売るような奴らだから、どんなクソイキり野郎か楽しみにしてたんだがよ」



 まるで男のような乱暴な口調だが、その女の声色には明らかな失望が浮かんでいた。

 パリパリと、彼女の意思を反映するように稲光・・が宙空に走る。



「どいつもこいつもクソ雑魚じゃねぇか……お前ら、俺をイラつかせる為だけにここにいんのか? ア?」



 ……この国境付近では帝国と魔術国家が、秘密裏に協定を結び研究施設を稼働させていた。

 研究の内容は“空間魔術の拡張と制御”。

 そして、迷宮・・魔王の墳墓・・・・・に対する外部・・・・・・からの干渉・・・・・



「“迷宮内部及び外部からの空間魔術による干渉は、許可なき者以外は厳禁”。

……お偉いさんなら誰でも知ってるルールだよなぁ?

破ったら俺ら・・が出張ってくるってわかってやってたんだよなぁ!?」



 迷宮都市のギルドマスター、ノアはこのルールを世界中に知らしめ、破った者には厳格な対処を行っている。

 それは国外であっても例外はない。

 迷宮都市の財産である【魔王の墳墓】を横から掠め取ろうとする盗人に対し、迷宮都市は絶対に容赦しない。





「つーわけで、お前ら皆殺しな。

戦ってもクソつまんねーしもう飽きたわ。誰に対してケンカ売ったのか、テメェの愚かさを後悔しながら死ねや」




 迷宮都市の代弁者。Sランク冒険者【赫海雲かくかいうん】は、そう死刑宣告を告げた。


 ふわり、と彼女の身体が浮かび上がる。



「う、撃てっ! あいつを止めるんだ、何としてもだ!!」

「し、しかし隊長っ」



 既にありったけの攻撃はした。

 今も上空の彼女に対し、魔術や弓矢による遠距離攻撃が続けられている。


 だが届かない。

 距離の問題ではない。攻撃が彼女に近づくたび、空中で稲妻が弾け攻撃を撃ち落としてしまうのだ。

 【赫海雲】は一言もスキル名・・・・・・・を宣言していないのに・・・・・・・・・・



「ならスキルはどうだ! 誰か奴に届くスキル持ちはいないのか!!」



 隊長と呼ばれた男は自身は攻撃せず、部下に攻撃を命じるばかり。

 しかし、誰もスキルを発動しない……否、できない・・・・



「隊長、ダメなんです! こちらのスキルがことごとく発動しません!!」


「は……?」





「あー悪ぃな。スキルの撃ち合いとか細かいの苦手だから、妨害ジャミングでここら一帯の【神の塔バベル】の接続切っちまった」




 ……世界中に言語翻訳能力と、スキルの補助能力を届けている巨大な塔【神の塔バベル】。

 その接続が絶たれたならば、常人は果たしてスキルを正常に発動できるだろうか?


 その結果が、男の目の前に広がる惨状であった。

 誰もスキルを発動できず、それどころか両国間での言語すら通じなくなり、意思疎通が極めて困難となっていた。



「ふ、ふざけるな、こんなことが……ありえる訳が……」


「はいチャージ完了。お前らの遺言とか別に興味ねぇから、適当にクソくたばってくれや」


「貴様ッ……Sランクだかなんだか知らんが、図に乗るなよ。貴様らは今日、二つの巨大国家を敵に回したのだからなッ!!」



「……ほーん」



 最期の悪足掻き、と言うべきか。

 隊長と呼ばれた男の捨て台詞に、【赫海雲】はニタリと笑った。



「最初にケンカ売ってきたのはそっちだが……まぁいいや。戦争するなら大歓迎だよ俺は」


「……!」


「ちっぽけな国が二つか三つ、束になって掛かってきても俺らは揺るがねぇ。迷宮都市は世界最強だからな。幾らでも掛かってこい」



 裁きの雷が、国境に響き渡った。





「――んぁあああ疲れたクソがよおぉ!!!」



 誰もいなくなった焼け跡で、雷鈴レイリンは愚痴を吐き捨てた。

 周囲はまるで赤い雲に覆われたかのように、血と火と煙で真っ赤に染まっていた。



「なんで俺がこんなクソつまんねぇ雑魚狩りに出向かにゃいけねぇんだ……?

ギルマスもギルマスだ。Sランク飛ばせば相手は黙るとか言って、雑に戦略兵器使ってんじゃねぇよ。脳筋外交もいい加減にしろよなー」



 ぶつぶつと愚痴を吐きながらも、研究所の跡地を散策するレイリン。

 黒焦げになった研究装置や資料ばかりで、特に目ぼしいものは見つからなかった。



「見た感じ、まだ迷宮に“穴”は空けられてねえみてぇだな。なら良し」



 役目は終わったとばかりに、突如地面に寝転がってくつろぎ始めるレイリン。

 そして懐から、一通の封書を取り出した。



「帰還命令ねぇ……ここんとこ外での任務ばっかりだったから、戻るのは数年振りか。

ギルマスの奴、今度は何企んでやがんだ……?」



 不信感をあらわにしつつも、彼女の中に拒否という選択肢はない。

 赤い稲光が走り、読み終えた封書を跡形もなく焼き尽くした。



「とりあえず、帰ったら文句言ってやらねーと気が済まねぇ。

他のSランクがアホばっかやってるからって、俺に仕事押し付けるんじゃねーってな」




 ――迷宮都市ネクリア、冒険者ギルド所属。Sランク冒険者。

 序列五位。【赫海雲かくかいうん雷鈴レイリン

 近年は迷宮都市外での任務を主に務める。

 禁忌タブーを犯した危険組織の撃滅後、迷宮都市に帰還する。





「ーーお爺様」



 Sランク冒険者、【界境】のニムエは、彼の邪魔をしないように静かに声をかけた。

 お爺様と呼ばれた豊かな髭を蓄えた老人は、机に向かって何かをぶつぶつと呟いていた。

 机上には巨大な肉片と魚鱗・・が置かれている。



「……この切り口。刃物によるものではない。空間ごと切断した際のものだ。【臨死解体ニアデッド】と言ったか、断面が真っ黒になっているこれは恐らく、四次元空間で別の肉片とまだ繋がったままなのだろう。空間上は肉体が繋がっているから生きている。故に『生かしたまま解体』という訳か」


「お爺様」


「こっちの肉片は、包み込むように何かオーラ・・・のようなものが存在している。まるで冷凍保存のように、解体した対象の状態を保持しているのか」


「お爺様」


「しかし奇妙だ。焼いたり傷つけたりといった外部からの干渉に対してはほぼ素通しだが、解体された対象そのものからの干渉は頑なに拒絶している。現にこのリヴァイアサンの細胞は未だに再生を試みているが、完全に無効化されている。これが【墓守パンドラガーディアン】の不死性を無効化したカラクリか」


「……お爺様」


「我々ですら手を焼く不死性を、こうも簡単に攻略してみせるとは。ふうむ、このユニークスキルを元に何か新しい魔術を創り出せないものだろうか……?」




「……。お 爺 様」



「ーーむ? ニムエか」



 そのままだと永遠に独り言を続けそうだと判断したニムエは、やむなく語気を強めて名を呼んだ。

 彼女の祖先……【大賢者】マーリンは、彼女の存在にようやく気づいて振り向いた。



「……研究中失礼します。ご報告があって参りました」


「なんだ? 見ての通り儂は今忙しい。手短に伝えよ」



 マーリンの態度に彼女は表情を変えることなく、懐から二通の封書を取り出す。



「ギルドから召集が掛かっています。Sランク冒険者は全員参加だと」


「……ふむ? 召集が掛かるのはお前がSランクに昇格した時以来だな」



 興味を示したのか、マーリンは片眉を吊り上げて封書を受け取った。

 大量の本と器材で囲まれたマーリンの書斎に、しばしの沈黙が訪れる。



「……要件が明示されていないな。儂は研究で忙しいのだが」


「聞いたところによると、新たにSランク冒険者が一人増えるそうです。その件に関する召集かと」


「……ほぅ」


「シテンという名の冒険者です。ご存じありませんか」



 ニムエはその名を知っている。

 先日回収した【墓守パンドラガーディアン】の死体。それを討伐したのが紛れもないシテンだからだ。

 その死体は冒険者ギルドの研究所に持ち込まれ、その一部はこうしてマーリンの手元に渡っている。



「シテン。シテン。うむ、どこかで聞いた気がするが」


「……先日のリヴァイアサンの襲撃、それを退けた冒険者の名です。【解体】というユニークスキルの持ち主でもあるとか」


「おお、そうかそうか。確かユニークスキルの持ち主がそんな名前だったか。どうでもよい事・・・・・・・なので忘れておったわ」



 あっけからんとそう言ったマーリンは、やがて渋々といった様子で封書を懐にしまった。

 どうやら会議に出るつもりらしいーーそう悟ったニムエは、同時に自分も渋々ながら、出席する事を決めた。



「ならば、出向かん訳にはいかんの。ニムエ、お前にとっては初めての後輩・・になる訳だな」


「ーーはい」


「その小僧の年は幾つだ? お前より下か?」


「十六と聞いています」


「ならばよし。お前の最年少記録・・・・・・・・が抜かれる心配はないな」



 ……齢十四にて昇格した、歴代最年少にして最新のSランク冒険者。【界境】のニムエ。

 シテンがSランクに昇格する場合、彼女にとっては年上の後輩が誕生する事になる。


 マーリンは既にシテンへの興味を失ったのか、再び机上のリヴァイアサンのサンプルに視線を向けていた。



「このサンプルから戦い方の想像はつく。魔術師ではないのだろう? ならば我々が干渉する必要はない」


「……はい」


「会議には出席するが、いつも通りで構わん。我々の目的は魔術の探究。それ以外の出来事など、些事に過ぎぬからな」



 遠い子孫であるニムエの顔も見ずに、淡々とマーリンは指示を出す。

 彼女は何も言わない。一礼してその場を去るのみ。





(……お爺様は魔術以外に興味を示さない)



 【大賢者】マーリン。魔術の頂点にして開祖。数千年を生きる伝説。

 天使の奇跡を模倣し、魔術を生み出したのはこの男だ。

 この世界に存在する魔術の八割は、彼の手で生み出されたと言われている。

 ……その血を継ぐニムエもまた、その才覚を引き継いでいる。



(だけど、少しだけ……ユニークスキルの力そのものには、興味を示してた。

私でさえもお爺様の興味を惹くことはできないのに……どうして?)



 その心中に一抹の不安と同様を抱えながら、彼女は久しぶりに外出の支度を始めるのであった。




 ――迷宮都市ネクリア、冒険者ギルド所属。Sランク冒険者。

 序列三位。【大賢者】マーリン。

 並びに序列九位。【界境】ニムエ。

 迷宮都市内の自宅に引きこもり、外部の出来事には不干渉。普段は魔術の研究に勤しむ。

 ギルドマスターノアの強制全員召集に、両者とも渋々ながら了承。会議への参加を決める。



◆◆◆


Sランクの紹介は次で終わると言ったな、あれは嘘だ。


見積もりが甘かったです。もう一話だけ続きます。申し訳ないです。

レイリンとマーリンは初登場ですが、ニムエは以前にちょこっと出てますね。

あと一人紹介したらシテン君の出番ですので、もうちょいお待ちを!



そして宣伝を。

本日同時更新の新作、『ぼっち剣士、転生して次こそ最強を目指す』。

今日で三話目です。今ならすぐ追いつけますので、ご興味ありましたら是非ご一読ください。

本作と同じかそれ以上に、バチバチにバトル描写書く予定です。主人公はめちゃくちゃ強いです。

よろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16818093089337712828

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勇者パーティーから追放された“元”解体師の、森羅万象バラバラ無双 ~ユニークスキル【解体】は、あらゆる防御を貫通する最強の攻撃スキルでした~ 猫額とまり @nyanyanyanbo-

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