第5章 Sランク冒険者シテンの日常

第192話 あのSランクは今 ①



 むかしむかし。ひとつの平和な世界がありました。

 争いもなく、魔物もおらず、人々は手を取り合って平和にくらしていました。


 ところがある時、魔界という別の世界から、わるい魔王が現れました。

 魔王と一緒に現れた魔物は、人々を襲い始めました。


 魔王と魔物はとても強く、歯が立ちません。

 人々が嘆き悲しんだその時、天から光が差し、女神が現れました。


 天界という別の世界から現れた女神は、この世界の人間の味方になりました。

 女神と一緒に現れた天使が、魔物たちをやっつけていきました。


 魔王と女神の力は、互角でした。

 そこで女神は、この世界の人間にも一緒に戦ってもらうことにしました。


 人々の祈りを集め、女神が一つの力にしました。

 その力を与えられた人間は、【勇者】と呼ばれました。


 勇者は仲間を集めるために、旅に出ることにしました。

 わるい魔王を倒すため、勇者の長い旅が始まったのです。



 〜魔王と女神のおとぎ話:序章より〜




(三人称視点)



「――命が惜しけりゃ、身ぐるみ全部置いてけぇ!!!」



 迷宮都市ネクリアの東。アネモス王国郊外こうがいの山奥にて。

 山道を通っていた一台の馬車が、不運にも山賊の群れに襲われていた。



「お頭! やっぱりコイツらアネモス王国からの亡命者でした!」

「おほっ、たんまり金持ってやがる! 残念だったな、こいつは俺たちのもんだ!」



 アネモス王国で起きた、王位継承権を巡っての内戦。

 結果は第一王子ヴェントス・エル・アネモスの勝利に終わったが、その争いは王国を大きく疲弊させた。

 その中には王国の将来に見切りをつけ、亡命を図る者達もいた。

 この山賊達はそんな亡命者の通るルートを推測し、この山道で待ち伏せをしていたのだ。



「家財ならいくらでも差し上げます! ですからどうか、この子だけはっ」

「ま、ママ……」

「さて、そいつはお前らの態度次第だな? 良い子にしてればもしかしたら、お頭も見逃してくれるかもしれねぇぜ?」



 下卑た笑みを浮かべる山賊達と、絶望の表情を浮かべる母子。

 亡命先である迷宮都市ネクリアに辿り着く前に、彼女らの命運は尽きようとしていた。



「――――」


「……あ? なんだおめぇは」



 まさにその時。

 山賊の一人が、ゆったりと歩いて近づいてくる一人の青年に気づいた。


 青みがかった黒髪を伸ばし、後ろで束ねた特徴的な髪型。

 羽織と呼ばれる珍しい服装と、腰に差された一本の刀が印象的な男であった。



「そこの方々」


「あ゛?」



 そして青年は、この場の誰もが予想できなかった言葉を告げた。




「大人しくしててください。見ぐるみ全部置いていけば、命は見逃してあげましょう」




 ……。

 …………。



「ぶ、ぶわはははははは!!! なんだコイツ、面白ぇじゃねえか!?」

「いきなり何言い出すかと思えば、俺たちと同じ山賊だったとはな!」

「おい兄ちゃん、俺たちも実は山賊でな、見ての通りお楽しみの最中だ。同業っていうなら見逃してやるからとっとと失せな」



 緊迫した雰囲気から一転。青年の言葉で山賊達は抱腹絶倒した。

 十人以上いる山賊に対して、青年はたった一人。気を抜いてしまうのも仕方のないことであった。



「――はぁ。警告はしましたからね」



 但し。

 それは青年の正体を、不幸にもこの場の誰も知らなかった故の話である。



「【極閃】」


「――ぁ?」



 青年が何事か呟いた。

 山賊達がそう思った時には、全てが終わっていた。



 つるり・・・と。

 真っ二つになった山賊達の体が、重力に従って滑り落ちた。



「な……」

「――――」



 被害を免れたのは、たまたま青年から離れていた何人かの山賊と。

 初めから警戒を怠らず、手下を捨て駒・・・にした山賊の頭領だけであった。



「さて残りの方々。見ぐるみ全部置いていってください。そうすれば命まではとりませんから」


「な、なんだテメェは!? こいつらに一体何をしたァ!??」



「……お前。【剣聖】だな?」



 そして山賊の頭領は、今の惨劇を見ただけで青年の正体にあっさりと辿り着いた。

 騒いでいた下っ端達が、息を呑む。



「おや、僕のことをご存知でしたか」


「一端の剣士なら、お前の太刀筋を見ただけでわかるだろうよ。“世界最強の剣士”」



 【剣聖】。

 その称号は全ての剣士にとっての憧れであり、世界最強の剣士にのみ許された二つ名だ。



 ――同時に。迷宮都市の十二人のSランク、その一人を指す称号でもある。



「一応名乗っておきましょうか。僕はツバメ、世間じゃ【剣聖】とか呼ばれてるらしいですね」


「え、Sランク冒険者……?」

「マジかよ、なんでそんなバケモンがここにいる!?」



 恐慌状態に陥る山賊達。

 迷宮都市を訪れたことがない者でも、Sランク冒険者の恐ろしさは多くの者が知っている。

 世界の頂点。国を滅ぼす化物。決して敵対してはいけない存在。

 これに歯向かう者など、余程の愚か者でない限り存在しない。



「……Sランク冒険者は、ギルドの許可なく国外に出られないって話だろ? お前はどうしてここにいる」


「や、実はこっそり・・・・抜け出してましてね《・・・・・・・・・》。僕に会ったことはギルドには言わないでくれると助かります」


「は……?」



 Sランク冒険者の無断出国。

 完全にアウトである。この男はギルドに背いてまで、一体何をしにきたのか。

 答えはツバメの口から勝手に出てきた。



「実はですね、アネモス王国に保管されていた【魔剣】が国外に流出したという話を聞きまして」


「魔剣、だと?」


「多分亡命した誰かが持ってったんじゃないかなーと思いまして。で、僕もこの場所で亡命者を待ち伏せしてた訳です。あなた達と同じようにね」



 頭領のこめかみから冷や汗が流れる。

 ツバメの指摘は的中していた。内戦のいざこざで、王国に保管されていた魔剣がとある貴族の手に渡ってしまった。

 恐らく亡命先で売り飛ばして、新生活の資金にするつもりだったのだろう。

 だが不幸なことにその亡命貴族は、彼ら山賊のテリトリーに侵入してしまい、あっさりと殺された。


 そして持ち出された魔剣は今、頭領の手元にある。



「……何のために、魔剣を探している」


「さっきから質問ばっかりですね。人と話すのは久しぶりですし別にいいですけど」



 そしてツバメはにこやかに笑みを浮かべて、自身の目的を暴露した。






「剣集めが趣味なんですよね僕。ほら、魔剣ってかっこいいしレアじゃないですか。どうせ亡命のゴタゴタで紛失するくらいなら、僕が横からパクっても別にいいかなって」


「「完全に山賊の所業じゃねーか!!」」



 下っ端と頭領の意見が完全にシンクロしていた。

 被害者である母子も、展開についていけず目を白黒させているだけであった。



「――で。でもいくら待ってもそれっぽい亡命者が来ないので、もしかして他の山賊に奪われたんじゃないかなって思いまして」


「ッ」


持ってますよね・・・・・・・、魔剣。大人しく置いて立ち去ってください。そうすれば命まではとりませんから」



 ツバメの声には確信があった。

 頭領が魔剣を持っていることは、すでにバレている。



(…………)



 山賊の頭領は逡巡しゅんじゅんする。

 普通に考えれば勝ち目はない。抵抗すれば先ほどの手下と同じように殺される。

 とはいえ魔剣を素直に手渡せば、山賊達の未来はない。

 魔剣を売り飛ばし国外に逃げる計画も潰える上、手下も大勢失った。

 今後の山賊稼業は厳しくなるだろうし、そもそもツバメが大人しく見逃してくれるとは限らない。



(だが……俺の手には今、魔剣がある)



 絶体絶命の状況。

 だが男は思考を止めない。

 かつてアネモス王国の騎士団長まで成り上がった彼は、いつだって逆境の中で活路を見出してきた。

 王国に見切りをつけ、山賊にまで落ちぶれたとしても、その生き方までは変わらない。



(俺の剣術と、魔剣の力を組み合わせる……そして同時に、魔剣そのものを盾にする)



 男は覚悟を決めた。

 ツバメはこの魔剣を欲しがっている。ならば魔剣を盾にすれば、攻撃に一瞬の迷いが生まれるはず。

 その瞬間を狙う。



「い、いやだあああぁ!!」

「俺は死にたくねぇっ」


「おや」



 周りにいた手下の何人かが、ツバメの威圧感に耐えきれず逃走する。

 ツバメがそれに意識を向けた瞬間を、山賊の頭領は見逃さなかった。



(好機!)



「【風神剣】――!」



 男の【剣術】スキル。それを長年磨き上げ、独自の技術として編み上げた派生スキル。

 風魔術の力を合わせ、音速を超える速度で振るわれる剣は、男をアネモス王国の騎士団長の座にまで押し上げた。


 男の集大成とも呼べる、その最速にして最強の剣術は、



「はぁ」

「――――」



 【剣聖】の足元にも及ばなかった。


 魔剣を素通りして・・・・・・・・、男の身体だけが地面に滑り落ちていた。




「な、ぜ……」




 理解できなかった。

 魔剣を避けて攻撃できる速度、角度ではなかった。

 にも拘らず、魔剣はツバメの直前で停止した。そして男の身体だけが両断されていた。



「魔剣を盾にしようとでも考えたんでしょうけど。そんなもの通じませんよ」



 男の末期の言葉に、ツバメは呆れ混じりに答えて見せた。



斬りたい物だけを斬る・・・・・・・・・・。剣士ならこれくらいできて当然でしょう。それに気づかない時点であなたは三流です」



 聞いても理解できなかった。

 山賊の頭領は最期の力を振り絞って、ツバメのステータスを見た。

 彼が持つ何らかのスキルが、自分を殺したのだと考えたからだ。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

【ツバメ】 レベル:4099

性別:オス 種族:人間


【スキル】

なし


【備考】

なし

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲




「ぁ、ぁぁ……」



 ツバメのステータスを見て、男は絶望の呻き声を上げることしかできなかった。


 ツバメは何のスキルも使っていない。

 ただ純粋に、剣術のみで今の一合を制したのだ。

 魔剣をすり抜け、その運動エネルギーだけを斬り、男の身体を両断した。

 剣術の頂点。そこに座す男だからこそできる、常人には理解不能の神業であった。



「……あ。確か魔剣には精神を狂わせる効果があるんでしたっけ? もうちょっと冷静に判断できていれば、また未来は違ったかもですね」



 その言葉を聞いて、男は絶望の表情を浮かべながら絶命した。

 逃げ出した山賊達も、いつの間にか胴体を両断されて死んでいた。


 残ったのは被害者の母子と、逃げも戦いもしなかったわずかな山賊達だけである。



「な、なあ……俺たちが悪かったよ。あんたに手出しはしねぇし、見ぐるみだって全部置いてく。だから命だけは見逃してくれよ……」

「お願いだ! 何でも言う事聞くから、命だけは勘弁してくれ!!」



 残された山賊達はすでに戦意を喪失していた。

 一番の実力者であった頭領があっさりとやられたのだ。歯向かう者などいるはずもない。

 故に、ツバメの指示に従い持ち物を全て置いていこうとした。



「何言ってるんです? あなた達には全員死んでもらいますけど」



 だが。ツバメは男たちに、無慈悲にそう告げた。



「はぁ……!? なんでだよ! 魔剣はもう手に入れただろ!?」

「俺たちはあんたの邪魔なんかしねぇ! もう俺たちを殺す理由なんてないだろ!?」

「見ぐるみ置いてけば命は助けるって言ったじゃねえか!?」





「え? なんで山賊を見逃す必要があるんです? 助けるとか言った覚えもないですし、ちょっと意味わかんないですね」



 あっさりと約束を反故にして、けろっとそんな死刑宣告をのたまった。

 そして世界から一つ、山賊団が静かに消え去った。





「……さて。目的の物も手に入れましたし、そろそろ迷宮都市に戻るとしますか」



 山を降りたツバメは西の方角、迷宮都市のある方角に視線をやった。

 その手には、一枚の封書が握られている。



「『Sランク召集会議』……全員召集とか久しぶりですね。普段なら無視するところですが、今回ばかりはギルマスに本気で怒られそうだ」





 ――迷宮都市ネクリア、冒険者ギルド所属。Sランク冒険者。

 序列四位。【剣聖】ツバメ。

 無断出国の上、アネモス王国近郊にて山賊行為(?)に勤しむ。

 魔剣入手後、迷宮都市への帰路につく。



◆◆◆


お久しぶりです。猫額とまりです。

と言うわけで始まりました。本編五章開始となります。

Sランク冒険者が本格登場する章なので、まずは軽く自己紹介のターンから。

全員分ではないので多分次話で終わりますが、とりあえずこの世界の頂点達のイカれっぷりを感じていただければと思います。

コイツらにもうちょっと常識があればシテンもこんなに苦労しなかったのにね!



さて、なぜこのタイミングで更新再開したのか、お察しの方もいらっしゃるかと思いますが。

現在カクヨムコン10にて新作を投稿、応募を行っております。

つまり宣伝も兼ねているって訳ですね。ぶっちゃけた話で申し訳ないです。


『ぼっち剣士、転生して次こそ最強を目指す』

https://kakuyomu.jp/works/16818093089337712828


コミュ障ぼっち主人公が転生して、最強の剣士を目指すべく学園に通うお話です。

基本は王道ですが、最強主人公ならではの無双感と、常識外れ&コミュ障というWデバフが織りなすキャラとの掛け合いを楽しんでいただければ幸いです。

カクヨムコン期間中は毎日更新予定なので、追いかけやすい今からお読みいただければと思います。ご興味ありましたら、ぜひご覧になってください。


宣伝タイムは以上です。お読みいただきありがとうございました。

本作の次回更新はすぐ投下したいと考えていますが、更新の優先度は『ぼっち剣士』が優先になってしまう為、ご承知の上まったりお待ちいただければと思います。

年の瀬も近くなってきましたが、『解体無双』はまだまだ続きます。ここまでお付き合い頂いた読者様方、今後とも何卒よろしくお願いいたします。


猫額とまり

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