第17話 愛は毒だ
ディアライルとリプルの二人は、あの日より小さな交流を続けていた。
それをダドリィーやタトスは、αとΩの単なる交流だと、静観しているようだが、Ωのトリスは違っていた。
(…あれだね~。ダドリィーも、タトスも…、基本は有能なのにさ。…選べる…そう思ってる側の怠慢…かなぁ…。ほんと、本能ってバカに出来ないのになぁ…。この先、どーなるかなんて、分かりきってるよね…)
穏やかな顔で、リプルを見るディアライルの姿に、トリスはある予感がしていた。
αとΩには、不文律の掟がある。
αとΩが親密になった先にあるものをαは、基本的には選べる
だが。
本能が理性を凌駕した先にあるものは、たとえαでも、コントロール出来はしないという事実を知った時には、αの運命はか弱きΩの手に落ちてしまったあとなのだ。
(……まぁ、…リプル様は、庶子とはいえ、王族のお子だから、ディアライル様と、この先に、何があっても問題ない身分だけどね~…)
逆に言えば、リプルに身分があるからこそディアライルとリプルは交流を続けられているのだ。
そして、この交流を知る人物の中で、その事実に、気づいているのは、トリスだけだった。
(…危うい均衡だよねぇ…。せいぜい、ダドリィーも、タトスも、あとから慌てればいいんだ…。バ~カ…)
忠告を聞かず、リプルとディアライルの交流に制限すらつけなかったダドリィーとタトスに、トリスは呆れていた。
それに、少しのもどかしさを感じていたとも言えた。
(…僕にしか、分からないこと。ダドリィーや、タトスにしか…分からないことなぁんか …やだなぁ…)
Ωとして生きるトリスとαとして生きるダドリィーや、タトス。
ここに来て、その差が三人の中で明確になってきていた。
αには、Ωを意識的に下に見る傾向がある。
βより優れているΩもいるのだが、αとΩの能力差は、βとΩの差とは桁が違う。
それに、Ωには発情期があり、その期間は誰よりか弱くなるという弱点もある。
しかし、ダドリィーも、タトスも意識して、トリスの忠告を聞かなかったわけではない。
ダドリィーとタトスは、トリスの忠告よりも、ディアライルの望みを優先させたのだ。
そして、それは、α同士の本能からくる無意識的な行動だった。
Ωであるトリスが、リプルとディアライルの先を予感したように、ダドリィーとタトスは、無意識的に、αとして動いていた。
意識的には、結果を選べるからという思いだったろう。
しかし、無意識下では、本能的に動いていた。
αには、αの。
Ωには、Ωの。
本能がある。
(……母さん…どうしたら、良いんだろうね…)
トリスは、遠き空の下にいる母へ思いを馳せた。
(ねぇ…母さん…。僕は…)
トリスは、ヒートが来るのが怖かった。
あの気丈な母ですから、悶え苦しむヒート期間。
トリスは、胸元から下げた薬瓶を掴む。
年齢的に、いつヒートが起きてもおかしくは無いトリスへ、母から長旅の友として渡された劇薬。
「もしも…。この旅の途中で…、体に異変感じたらすぐに飲め。これは…俺たちの命綱だ」
劇薬が命綱。
だが、それこそが、逃れ得ぬ本能を押さえるための手段。
Ωが当主務める事が許された家。
それが、リアーツ。
リアーツとは、自らのヒートを時に、劇薬を用いてまで制御し、主の影日向となり、どんなときも、主を守る役目を担った存在。
トリスの脳裏に、祖母の言葉がこだまする。
『トリス。よく覚えておきなさい。お前の母は、…いずれ…。耐えきれずに、死ぬだろう…。理由は分かるな?。運命の番を得ながら、離別したお前の母は…もはや、限界なのだ…。私のように、死別してしまえば、まだ耐え様はあろうが…。…愛しい者を…常に視界に入れながら、側にあれず、生きるのは何よりも、ツラい…。だから、リアーツは、いずれは、お前が背負うのだ。…我が一門の存在理由。お前にも分かるな?』
主を守るただ1つの剣であり、盾。
それこそが、リアーツ。
かつて、母の側には、父がいた。
脳裏に浮かぶ柔らかく笑う母と父の姿。
母は、父を愛し、父は母を愛していた。
それに、母と父は運命の番だった。
なのに、その存在と引き離され、生きねばならない苦しみは、いかほどだろう…。
(…母さん…)
いまだ、母を求めていたい年頃のトリスには、迫りくる喪失のリミットの重みが辛かった。
~その花に酔う夜~儚き夢の先に~ 佐伯立夏 @rrica
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