第16話 ~番外~もう1組の母と息子~
ディアライルとリプルが淡い出会いをしていた頃。
太皇太后マリアーナは、先々帝との一人息子アディライルと夕食を共にしていた。
「母上、今日は母上のお好きなデザートが出るそうですよ。楽しみですね!」
「そう…」
「えぇ、ちょうど良く熟した果実が手に入ったとかで、タルトを作ったと、料理長から聞きました」
屈託なく笑う息子へマリアーナは、答える。
「それは…、楽しみね。…なら、その後の口直しには、お前の好きなワインを出させましょう」
「ありがとうございます。母上」
全体的な会話では、マリアーナの口数は少ないものの、そこには穏やかな時間が流れていた。
ニコニコと、母親を見る息子と、そんな息子へ小さな笑みを返す母親。
偉大なる太皇太后の姿は、そこに無く。
ただ1組の親子が居るだけだった。
ちなみに、マリアーナは甘いものが好きだが、アディライルは、あまりというか、ほとんどの甘いものが好きでは無い。
とくに、熟して甘みの増した果実を使用したタルトなど、好んで食べない代物である。
だが、アディライルはマリアーナとの食事では、母親の好みを優先させ、何かと根回ししてまで、母親の好物を用意させる。
だが、マリアーナも、そんな息子の行為に、表立って何かを言うことも無く、甘いものが出る場合は、先程のような会話になる。
そして、そういった場合に出される口直しのワインは、殊の外に辛口で、口の甘みなど完全に消える代物でもあった。
親子揃って、口ではなく態度で返す2人。
実に、仲の良い親子である。
アディライルは、現帝とは5歳しか年が違わない。
だが、成人するとすぐに臣下に下り、城下に屋敷を持って、城から居を移していた。
しかし、城を出てからも、母であるマリアーナの元へは、月に一回は顔を出しては、一緒の時間を過ごしていた。
アディライルは、まさに先程の行動からも、見てわかるような絵にかいたような孝行息子であり、マリアーナも、そんな息子の献身的な行動を内心では、自らの慰めとしていた。
アディライルは、母の望みを誰よりも近くで感じて育ってきた。
二人は、一卵性親子とも言えた。
アディライルは、その容姿こそ、先々帝の息子のため、先帝とも似た容姿をしているが、父や兄である先帝とは決定的に違っていた点があった。
アディライルの性はβである。
これには、ある法則が関係していた。
αとΩの子であっても、その子が必ずバース性で産まれるわけではない。
特に、親のどちらかに、先にバース性の子がいる場合、次の子がバース性として産まれ確率は低いという不思議な現象がある。
そして既に、同じ両親からか、片親が違っても、先に子にαがいる場合、同じ両親からも、片親が違っても、次に産まれる子は、βかΩと決まっていた。
αとΩの両親から生まれながら、βとして生を受けた皇子。
先々帝の第2子である以上、Ωかβであるのは産まれる前から決まっていたこと。
だが、そんな彼を先々帝は溺愛した。
それは…。
長子である先帝を次第に蔑ろにする勢いであった…。
皇位は、αが継ぐという決まりを私的な感情で覆そうとするほどに…。
だが、その望みは叶わなかった。
もしも…。
マリアーナの願いが我が子の皇位継承であったなら、結果は違っただろう。
だが、それだけは、絶対にマリアーナの望みではなかった。
我が子が、Ωかβのどちら?であるのは、産まれる前から明らかな事実だったからこそ、マリアーナが我が子に思ったのは、ただ我が子が平穏無事に生きることだけ。
マリアーナの運命は、あの日から始まり、あの時に終わったのだから。
少しだけ、あの時の自分が、決まりや手順を無視していたら、未来は違っていたのか?と思った事もあった。
しかし、そうであったなら、今の世は無い。
生まれた命も無い。
であるならば、過去を嘆いて、あったかもしれない未来を思うその愚かな考えは無駄だと、マリアーナは考えた。
自分は、皇妃、皇太后、そして、今は太皇太后という役目を死ぬまで全うするだけだ。
★Φ★Φ★Φ★Φ★
アディライルが幼少の頃、母マリアーナは、人々から、こう呼ばれていた。
微笑の皇妃と。
母は父の隣で、常に笑みを絶やさなかった。
だが、父が死に皇太后になると、こう呼ばれるようになった。
鉄血紅顔の皇太后と。
常に、先帝の良き義母として、又は相談役として、母はあった。
そして、先帝が退位し、現帝が即位してからは、こう呼ばれるに至る。
寵愛の太皇太后と。
三度も、呼ばれ方が変わり、三度も、意味が違う通称が付いた母に、息子としては、色々な気持ちをアディライルは抱えた事もあった。
悲しみに、怒り、呆れ、憐れみ。
本当に、様々な気持ちを抱いてきた。
だが、マリアーナという人の考えや気持ちを誰よりも近くで感じて育ち、そんな母親の周りを見てきたアディライルは、現在ではある一つの思いを抱いていた。
そして、その思いこそが、後にある事態を招いたが、アディライルは、その事に後悔もなければ、過ちだとも思っていない。
そして、アディライルは、事態を招いた理由をこう言った。
『つがいだから…。Ωだ…αだと…、だから何なんだ?…、そんなものに縛られるから、前に進めなかったなんて、哀れじゃないか…。私は認めない…いや、私だから認めてはならない。αも、Ωも…人なんだ…』
αとΩから生まれたβだからこそ、アディライルには見えていた。
誰よりも、見えていた。
αやΩやβといった性の枠組みの外から、アディライルは見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます