報告 二話(修正版)





「あーくそ……つくづくあの人には敵わない……」


 通話を終え、無音となった通信端末を片手に俺は、がりがりと頭を掻く。


 なんとか一通り、千草についての聞きたいことは聞けた。が、その答えは至って淡白で、だからもっと詳しく話を聞きたかったのだが……。


『先程も申し上げましたが、此方も暇ではないので。後は直接本人にお尋ねください』


 そう言って、最後には即バッサリ、至って普段通りの口調で素早く通信を切られてしまった。流石は仕事の鬼、遠慮がない。


 本人に聞けとは言うが、その本人が俺を避けてるんだぞ。どう聞けというんだ。


 どうしたもんか……そう頭を悩ませていると、すぐ傍でくすくすと軽やかな笑い声が耳に届いたものだから、その音の方へと目を向ける。


 視線の先にいるのは勿論、俺へと通信を変わってくれた鴇さんだ。彼は楽しそうに、口元を手で隠しながらくすくす笑っている。その姿に、じとりと目を細める。


「笑わないでください……」

「ああ、ふふふっ、ごめんね? それで、千草くんの話は無事に聞けたかい?」


 あまり誠意を感じない謝罪の言葉に何か思わないでもなかったが、それはまぁ良いかと横に置き、ぐっと眉間に皺を寄せる。ああそうだ、今はそんなことどうだっていい。


「……ひどく思い悩んでる様子だったから、あまり身勝手に振り回すな、と……そう言われました」


 先ほど言われた言葉、それをそのまま口にすれば、鴇さんは思い当たる節があったのか、『あー……』と、得心した様子で頷いた。


「そうだねぇ。確かに、今回ばかりは千草くん、見るからに君を避けてるもんねぇ」

「ゔっ……」


 その一言に、俺は自分の心臓を突き刺されたような心地を覚え、思わず身を強張らせてしまう。


 やっぱり、彼から見ても千草が俺のことを避けていることは明白らしい。なんだよ、やっぱり俺の気のせいじゃなかったのか、なんて思いながら頭を抱える。


「あーくそっ! 瑠璃さんも瑠璃さんだ! 彼奴が俺を避けてるって気付いてて、報告ですら俺から遠ざけやがった……。これじゃあ話したくても話せないだろ!」


 なんだかんだであの人は千草に甘い!そう、もはや苛立ちを露わに叫ぶ俺の隣で、鴇さんはまたくすくすと楽しそうに笑っている。その姿に、俺はまた『笑わないでくださいよ……』と項垂れる。

 すると、鴇さんはまた謝罪を口にしながら、でもねと続けた。


「いや、でもねぇ……。君たちが仲良しだから、つい微笑ましくって」


 そうして発せられた言葉に、俺はは、と衝撃で目を丸くする。


「え……それってもしかしなくても、俺と瑠璃さんのことを指して言ってます?」


 そう問えば、鴇さんは微笑みながら頷いた。その姿に、俺は思わず顔を顰める。


「今のどこをどう見たら……いや、聞いたらか。あれで仲が良いって思うんです……? 明らかに俺のこと面倒臭いって思ってますよ、あの人」


 そう、あの人にとって俺は、対外的にも、対内的にも面倒な存在だろう。


 そんな、本心からの言葉を零すと、鴇さんはそれにはすかさず『そうかな』と続けた。


「君たちは仲が良いと思うよ、僕は。……だって燐くん、彼のこと大好きだろう?」


 まるで、こちらの答えを確信しているかのような問いかけ。そんな鴇さんの言葉に、俺は思わず言葉を詰まらせる。


「な……に、言って……」


 咄嗟に、否定しようと言葉を紡ぎかけ――けれど、止める。


 この人は、こちらの事情を知っている。だからこその言葉だろうと、そう思い、俺はほんの少し逡巡した後、小さくため息を吐き出した。


「……そうですね。向こうがどう思ってるかは分かりませんが……俺にとってあの人は、昔からなんでもできて、頼りになる格好良い存在だったので。……大好きでしたよ」

「おや、過去形かい?」


 その指摘にまた、言葉を噤む。次いでそのまま『意地が悪いですよ』と切り返せば、鴇さんはくすくすとまた笑って謝罪の言葉を口にした。


 その姿に、やっぱりこの人との会話は調子が狂うなと、乱雑に頭を掻いた。


「というか、そもそも好き嫌いじゃなくて、仲が良いか悪いかって話じゃ――――、」


 その時、そういえばとふと、この話になった発端を思い出し、話が変わっていると指摘しようと口を開くと、鴇さんが『ただね』と続けた。


「ただね、多分瑠璃くんも同じ気持ちだと思うよ」


 そうして紡がれた鴇さんの言葉に、俺は言いかけた言葉を噤み、目を丸くする。


「え、……?」


 彼が言った言葉が正直信じられなくて、何度か目を瞬かせていると、鴇さんはにこりと柔和な笑みを浮かべ続けた。


「ほら、瑠璃くん、不器用なだけで優しい人だから。なんでか彼自身は否定してるけど、無条件に慕ってくれる存在に頼られるの、なんだかんだで嬉しいと思うんだよね、僕は。……それがたとえどんな複雑な関係であってもね。燐くんだって、彼がそういう人だって知っているんじゃないかな」


 問いかけ、というよりも、確認のような聞き方をする鴇さんを前に、俺は目を瞠った。


 瞬間、俺たちの間に、静寂が流れる。鴇さんは何も言わない。回答を急かすでもなく、話を切り上げるわけでもなく、ただ、静かに微笑みながら、俺を見ている。

 そんな彼を前に、俺は――参ったな、と思いながら、苦笑する。


「……さあ、どうですかね。俺は瑠璃さんじゃないんで、分からないです」

「ふふっ……うん、それもそうだね」


 俺の言葉に、鴇さんはそう言って笑った。


 ひどく毒気を抜かれるその笑顔からは、ただただ自分たちを心から労わろうとしている意思しか感じ取れない。おかげで、また気が付けば、いつの間にかこの人のペースに呑まれている、その事実に気付いて、俺は小さく息を吐き出した。


「本当、とことん貴方にも敵わない……」

「ん? どうかしたかい?」


 俺の零した言葉に、鴇さんは首を傾げた。どうやら、呟いた声が小さすぎてはっきりとは聞き取れなかったようだ。


「いえ、なんでもないです。……ともかく、向こうは瑠璃さんに任せていれば大丈夫そうだ」


 そう口ずさみながら、俺は『それじゃあ、俺も茶菓子をよばれようかな』と付け足し、鴇さんの傍から離れる。千草のことは、彼奴が帰ってきてから話せばいい。まだ俺を避けるようなら、追いかければいいだけの話だ。


 そう思い、俺は先に休憩しているだろう双子の元へ向かうことにした。



 ***



 休憩スペースへと向かっていった燐くんの背を見つめながら、僕は一人、誰に聞かせるわけでもない言葉をぽつりと零す。


「……確かに、彼なら万が一に何かが起こっても、大丈夫だろうね」


 燐くんたちが帰ってくる前に、瑠璃くんから先んじて受けていた報告。僕へと直接尋ねられたそれを思い出しながら、僕はふうと息を吐いた。


「さて、それじゃあ僕も、頼まれた仕事をしようかな」


 彼は本当、仕事となると人使いが荒いよ。そう思いながら、僕も休憩スペースへと足を向けた。

 

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竜族取締機関出動中ー文月編ー ちゃしげ @charhan0921

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