除細動

高黄森哉

大変だ人が倒れているぞ


「やべえ」


 四郎はやべえ、と思った。人を轢いたからだ。


「ヤバくないですか」


 子分の西田は、言った。人を轢いたからだ。


「お前が轢いたのに、………… 他人事なんだな」

「そうみたいですね」

「それも、お前のことじゃ、ごら。ふざけんじゃねえ」

「ええ。どして。だって、だって、俺が轢いたんで、俺のせいになるんですよ。先輩は、関係ないじゃないですか」

「いや、そういう訳にはいかねえんだ」


 自動車の事故は、持ち主に責任を負わせられることもある。特に、免許を持っていない、未成年に車を運転させ、事故を引き起こさせた場合は、罪は思いだろう。彼らは、ちょうど、そんな状態下にあった。


「取り敢えず、救命を始める」

「はい。兄貴、任せました」

「おめえも手伝えよ!」

「はい。そうすると思います」


 子分の、どこまでも、他人事な様子に呆れつつ、四郎は救命をすることにした。


「まずは、意識の確認だな。すいません。あの、すいません」

「先輩。名前、言ってませんよ。意識の確認より先に、名前を確認するのが、手順なんじゃないですか。でないと、呼んでいるのが、誰のことか分かりませんから」

「ふむ。それは、もっともだ」


 二人は、その女性に名前を尋ね、弘子、だということが分かった。そして、女性は、名前を尋ねる呼びかけには、答えなかったので、意識がないことも分かった。


「弘子。おい、弘子」

「駄目みたいですね。意識が、ありません」

「次は呼吸の確認だ」

「胸を確認します」


 西田は胸の表面を撫でるように調べた。


「B、いや、C」


 四郎は子分の頭を殴る。


「呼吸を確認しろ」

「呼吸は、ないです」

「本当に確認したのか」

「胸を触って確認したので間違いありません」

「そうか。じゃあ、間違いないな。次は心臓を確認しよう」


 西田は、口に手を突っ込んだ。親分である西田は、それが正しいやり方なのか知らなかったが、知らなかったゆえに、注意することはしなかった。西田の手は、彼女の心臓を掴むと、それが動いていないことを確認した。


「動いてませんでした」

「残念だ。救急を呼ぼう」

「警察ですか」

「いや。救急を呼んでくれ」


 電話が鳴り響く。


「はいもしもし、こちら西田です。あの、警察ですか」

「いえ、救急ですが。緊急ですか。緊急なら、警察の方におつなぎしますが」

「いいえ。救急です」

「どうされましたか」

「西田が、人を轢きまして」

「それは、つまり、貴方が人を轢いたということですね」

「ええ。それで、確認したところ、呼吸と血流がありませんでした」

「そうですか。それでは、直ちに胸骨圧迫を。住所を教えてください。そちらに向かいます」


 西田は、がちゃりと電話を切った。


「先輩。キョウ骨圧迫をしてください」

「キョウ骨。キョウ骨とは、どこだ」

「キョウ骨は、キョウ骨の位置に、位置しています」

「ここらへんかな」

「そうです」


 四郎が、当てを付けたところは、奇蹟的に胸骨であった。掌を重ね、体重をリズムかるに欠け始める。すると、女性は苦しそうに、手を挙げ始めた。


「先輩。手を抜いてはいけません」

「分かってる。しかし、これくらいでいいのだろうか」

「国民的、あの歌に合わせるといいと聞きました。それに合わせてください」

「まかせろ」


 四郎は、君が代のリズムに乗って、心臓マッサージをする。


「これは、AEDをするしかないのかもしれません」

「西だよ。AEDとはなんだ」

「Advanced electircal dance-time の略称です。日本では、主にAEDと呼ばれています。ところで先輩は、EDですか」


 四郎は頭を掻いた。蠅が汗から、水分を補給していたらしい。


「いいや」

「では、AEDにしましょう。というのも、AEDはここにはありませんから」

「まあ、田んぼ道だからな。それにしても、救急遅いな。何をしてるんだろう」

「車のバッテリーを使いましょう」


 西田が、バッテリーを外そうとするが、待ったをかけた。


「待て。こいつ、よくよく見たら、腹が出てる。これは、妊婦だ。マズいんじゃないか」

「確かに。EDをすると、妊娠しなくなると、聞いたことがあります」

「じゃあ、よしておこう」


 西田は、彼女の股間をまさぐり、胎児の様態を確認した。


「先輩。心臓が止まっています」

「なに。一人殺したら無期懲役だが、二人殺したら死刑になる。これは、大変だ。なんとしてでも助けろ」

「おっしゃるとおり。なら、心マをしましょう」

「しかし、どうすればいい」

「私の手は、届きません。細くて長いものはありませんか」

「あるぞここに」


 それは西田の馬のような、肉棒だった。胎児へ達するよう、それを、挿入すると、リズムカルに、赤ちゃんへ押し付け始めた。赤ちゃんの子宮を思い切り、体内方向へ引き延ばしたそれは、彼の計算通り、リズミカルに赤子の心臓を圧迫した。その時、彼は、あの曲を思い浮かべながら、腰を動かす。







 君んがぁぁ、代ぉお、わはぁぁぁああぁああ

 と、いった具合だ。



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除細動 高黄森哉 @kamikawa2001

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