18節「原初の誓剣」

18節「原初の誓剣」


「王……よ……」


「リュスタル卿よくぞ持ちこたえた。もう休め。……もう聞こえておらんな。レーヴェンハイト。リュスタル卿を護り街を出よ。他の者も連れていけ」


「しかし王よ!それでは王が──」

「二度は言わん。遂行できねば命はないと思え」


 後ろに控えたレーヴェンハイトははは頭を深く下げるとリュスタル卿を抱え他の兵と撤退していった



「何者だ!!」

「まだ子供だぞ」

「奥へ行った兵はどうした!?」

敵は些か狼狽した様子でそう言うと


「俺の騎士が世話になったな。敬服せよ。王の御前である」


「ガキが舐めたことをいってんじゃねぇ!」

切り込んできた兵をSYUU王は舞う葉を斬るかのように容易に両断した。


「初めて近くで見たのだ。大量に流される血を。親しい騎士が倒れる様を、酷たらしい民の死を。汚された無垢なる者共を。凄惨な仲間の死を。此の街に来て手を振って迎え入れてくれた民もいたぞ。身分を弁えず身の丈に合わぬ献上をするものもいた。助けてくださいとな。嗚呼、可愛かった猫も殺されていた。お前がやったのか?」

一歩ずつ敵を斬り倒しながら王は長く伸びた道の中央を歩む。


「あれらは貴様らがいなければ死ななかったのだな。貴様らの宣う神とやらは、ノルンの民に死を要求するのだな」


王の眼中には敵は無く、ただ、傷ついた人や失われた命、そしてかつてリュスタル卿と過ごした日々を回顧していた。


「深淵の力を纏いし邪悪な者共は大いなる神花の堆肥になることで浄化される!貴様らでさえ救済しているのだ!我々は──」


「わかったもういい。十分だ」


兵の首を跳ねると同時にSYUU王はポツリと呟いた。


 王の身には赤黒いオーラが纏わりついてそれが歩みを進めるごとに大きさを増してゆく。敵を静かにそして乱暴に切り捨てながら王は歩みを止めること無く進み続ける。


一歩また一歩足を進めるうちに感情が逆立ってゆく。


「何故だ!何故誰も止められない!!?」


頭の中にリュスタル卿がかつてSYUU王へかけた言葉が反響し、映像が鮮明に浮かび上がる。


「(ヴェークの意志を継ぐ新たなる王よ、このリュスタル貴方のためにこの残りの生命を尽くしましょう)」


幼き私に嘘偽りない誠意を以て傅いたときのことを。


「誰でもいいやつを止めろ!!!」


「(ははは、剣にはまだ王の覇気が見えませんな)」


公の場と異なって剣の稽古で屈託なく笑う卿の言葉を。


「兵を回せ!!モーリス卿に伝達するのだ!」


「俺は、卿を誉高き騎士でありながら……父のようにも思えるのだ」


「身に余るお言葉、身に余る光栄……」


 王はその魔力とは似て非なるものを増大させながら兵も騎士もいとも容易く打ち払い遂に外門まで辿り着いた。

 

 街を包囲していた軍は集結しその大軍勢はその紅い姿を見るや矢や魔術のようなものを一斉に浴びせかけた。それを合図に兵たちが雪崩れるが如く走り込んでくる。


「ああああ邪魔だ!!!!」


王は剣の一振りで全ての攻撃を撥ね退ける。


「母上には止められていたが、貴様ら相手だ、もう構うまい。見せてやろう。加減など期待するなよ」


 王はその赤黒い細剣を天へと掲げると王の周囲にあった力の淀みが王を空へと押し上げた。


 王の眼光が鋭さを増す、次第に剣にはめ込まれた赤い何かが光を放ち、剣全体に赤と黒の稲妻を纏わせる。


「愚かなる侵略者共。俺がレガリアの王として直々に貴様らに裁きを与えよう」



汎ゆる攻撃は王へは届かず。

ただ、騎士も兵も一様に宙に立つ王を大地から仰ぐのみ。

王は剣を掲げたまま詠う。


最果てより創生されし原初の誓剣


もうひとつの王たる証


黎に明けを白日に闇を


君臨せしは儘なる盤上


その一切は我が掌中


深淵よ、今誓いを果たさん


我こそは紅の枢機なり


Weltgrenze Cerdia

(君臨せし紅の枢機)


稲妻をともなった赤黒い光が剣から放たれる。


「何だ……あの光は!!!」

「あれはまずい!退け!退けぇ!!」


 其はまさしく王の威光。枢機の力の顕現。空気を揺らし大地を割る程の轟々たる紅の光は瞬く間に敵の軍勢を飲み込んでいった。


兵らの指揮も叫びも虚しく王の解き放った深淵の力はまるで紡がれた糸を解くかのように敵を消し去ってゆく。

しかし、王が剣を振り下ろしても尚、その力が収まることはなく赤黒の雷となって周囲を見境なく襲う。雷撃はノルデンシュタインの外壁や街にも容赦なく降り注いだ。その強大すぎる力は王の制御を離れ暴走状態へと突入していた。


「ぐっ……ああああッ!」

自身の力を制御出来ずその赤の淀みは際限なく膨張し。赤黒の雷撃はノルデンシュタインの街を破壊してゆき、独立した淀みの塊は敵の僅かな残党を容赦なく飲み込んでゆく。

「(ああッ……このままでは……!)」

王は押さえつけられるような強い力に抗いながら左手で腰に差した短剣を抜いた。ビヨンから献上された鉱石製のものだ。


「止まれええええええええ」

王は唸り叫びながら短剣を自身の腕へと突き刺した。

すると淀みは次第に靄となり短剣に吸収され、雷は止み、遂には王の周囲を纏う深淵の力は収束した。


 王を宙へと押し上げていた赤い靄も姿を消すと、そのまま王は力を失ったように地面へと落下する。すると落ち行く王を何者かが宙へと跳び上がり抱きかかえるようにして受け止めた。

 王が目を開けると月の逆光の影に見慣れた顔を見た。白い光に照らされて玲瓏たる銀をたなびかせ、また宝石のように美しい角を持つ騎士を。


「……シュピーゲル卿」


「遅くなりまして申し訳ありません。王よ」


「……首尾は」


「それより御身のご心配を」


「いいから話せ」


「──。ユーヴェルボーデンより結晶砲が放たれ敵本隊は壊滅。其れに伴いルビン公が殉じられました。ノルデンシュタインについては……」


「ああ……そうだな。我々は勝った。勝ったが……あまりに……代償は大きいな」


「──。今は、一刻も早くお休みを。帰還いたしましょう。偉大なる我が王SYUUよ」


「ああ、帰りは、任せた……少し……疲れたのでな」

 

 赤の力が大地に与えた傷跡の中王を抱きかかえる騎士の姿を月光と、またそれに照らされた一面の水晶の砂利が薄青く映し出していた。


 レガリアとゾリダーツをはじめとするアイゼンヴァンド連合に大打撃を与えたアルバフロスの侵略は一時的に幕を閉じた。これが第一次アルバフロス侵攻戦争である。

 

 これに端を発した対アルバフロスの戦いやノルン全体での戦いは次第に激化することとなる。



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レガリア国記~王と騎士は盤上で踊る~ レガリア歴史保存委員会 @regalia_archivist

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