最終話
ぼくは母親に電話をして、事情を説明する。母は運転ができない。父は今晩出張でいない。
「迎えには来れないって」
ぼくはトキオさんに伝える。
『拓海、誰かと一緒?』
母が尋ねる。
「うん。ええっと塾の先生。あ、今夜、先生のうちに泊めてくれるって」
ぼくは電話をトキオさんに渡す。
「…あ、ご、ご心配なく。ご安心ください。只今ご子息をわたくしの家までご案内いたすところです」
何度もお礼を言う母の声が聞こえる。電話を切るとぼくは改めてトキオさんを見る。
「親子に見えるかな」
「孫、だろうな」
行先のないぼくらは地下道から地上に出て雨宿りを兼ねてコンビニへ立ち寄り時間をつぶす。ふたりともパンを買うくらいの小銭はあったから、空腹をしのぐだけの食料を買って線路の高架下で時間を過ごす。
どれだけ時間が経っただろう。
いつの間にか眠ってしまっていた。
電源の切れた電話はただの黒い板だ。
雨は止み、しんとしている。
「おお、たくみくん、起きたか」
トキオさんが向こうから歩いてくる。
「さあ、これ食べて。始発から通常運転するらしい。ホームで待とう」
彼は二人分のおにぎりとお茶を買ってきてくれていた。
鳥が次々と鳴き始める。うっすらと桃色になった夜空の向こうに太陽がもう隠れきれない。
「こっち、近道だ」
不意にトキオさんは道路とは反対側へ、高架をくぐった向こう側、高い柵と柵の隙間へ体をねじ込む。
「いいの?」
「関係者だからいい」
仕方なくぼくはついていく。
そこはあらゆる列車の待機場所だった。渡りきれない線路に並べられるだけ並んだ様々な列車が整然とまだ、眠っていた。
「こっちが駅」
鉄の壁に阻まれて方向などわからない。ただついて歩く。全て渡り切ったのか急に視界が開ける。
「ああ、」
真正面に停まっていた車両のライトがかっと点灯し、ぼくとトキオさんは指名手配犯のように光にあぶりだされる。
ぼくは両手で光を遮りながら、光の輪から逃れて鉄のかたまりを見上げる。
蛍光イエローの車体はピカピカで、梯子を数段昇った位置で真四角のフロントガラスが下を見下ろす。運転席は怪しげな電子機器が天井まで溢れ、様々な計測機器が赤や緑に点滅している。もちろん明け方まで鉄道整備の仕事をしていた、そう考えるのが現実的だろう。けれどそれはあの時見たタイムマシンだった。かつてカーテンの隙間から恐る恐る見た、あの一両きりの電車だ。運転手ひとりを未来へ、過去へ連れて行くためにガラス扉は人一人分の大きさだった。
「誰だ。危険だぞ。侵入禁止だぞ」
窮屈そうな運転席から、時間旅行者は席を譲るために、線路に降り立つ。彼はトキオさんをまじまじと見つめる。
「深山じゃないか?」
呼びかけられて訝しげに顔を上げ、トキオさんはややっ、と驚きの声を上げる。
「屋島、か」
屋島とよびかけられた白髪のおじさんは親しさで満ち溢れた顔をした。
「どうしてる。元気か。確か、お前が結婚するって聞いてすぐ、オレが博多へ転勤になってそれっきりだったな」
「ああ、そうだったか」
「ともちゃんは元気か。何年になる。家族ができたらもうふらりと山へ登るなんてことも難しいだろ?こっちは大家族だけど誰一人結婚しやしない。孫のひとりもほしいもんだ。懐かしいな。またみんなで会いたいな」
懐かしそうに話すその人は間違いなくタイムマシンに乗って来た。それはねじれた時間の進んだ先からやって来た。
ぼくはトキオさんの顔を見ることができない。ライトはもう誰にも当たっていない。生まれたての太陽は雨上がりの地面を、ぼくらをそっと照らしていた。
タイムマシン 机田 未織 @mior
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