醤油ラーメン 〜ラーメン論争 第一回戦〜

「ぜっっったい、醤油!」

「いいや塩だね」

「味噌しか勝たん」

 事の発端は、今日の給食の時間——




「ちょっとちょっと! 今日の給食、醤油ラーメンだって!」

 四時間目終了後、空腹に身体を支配された私は、真っ先に給食の献立表を見るのに席を立った。冬休みが明け、受験勉強に明け暮れる学校生活の楽しみといえば、週三回の体育と給食の時間くらい。何と今日は私の好きなメニューの一つ、醤油ラーメンの日じゃありませんか!

「へー、そうなんだ」

「醤油かぁ」

 その喜ばしい事実を友達に報告したのだが、思うような返事は返ってこなかった。

「醤油ラーメン嫌い?」

「ううん、あたしは塩派だから」

「えっ」

「ウチは味噌派ー」

「ええっ」

 私は驚きを隠せなかった。家族は全員醤油派、友達も醤油派が多くて、二人も同じ派閥だろうと、自分の中で勝手に決めつけていた。形容し難い悲壮感が私を襲う。

「そんな……信じてたのにっ」

「何がw」

「ラーメンと言えば醤油しかないでしょ!」

 そしてこの一言が、後に『ラーメン論争』と呼ばれる争いの発端となった。

「はー? 聞き捨てならないんだけどー」

「あたしも。変な火がついちゃった」

「上等だよ……塩派も味噌派も論破してやるっ!」

 その後、給食の配膳が始まるまで私たちの論争は続いた。

「やっぱり醤油は——」

「いや塩の方が——」

「でも味噌は——」

 次第に私たちの口は各々の思い浮かべるラーメンを欲し、給食のソフトな味のスープでは満足出来ない領域に達していた。


「あーダメだ、ラーメン食べたい! 美味しいやつ!」

「それなー」

「じゃあ週末三人で行こうよ」

 特に深い意味はなかった私の提案に、二人はこちらへ睨みを聞かせた。

「それ、意味わかって言ってる?」

「え?」

 はぁ、と揃ってため息を落とした。すごいシンクロ率。この二人、性格は正反対だけど案外気が合っているのが不思議だ。

「醤油、塩、味噌、全部美味しい店なんて滅多にないけど」

「あ……」

 ようやくため息の訳を理解した。つまり、選ばなければならない。醤油か、塩か、味噌か——

「じゃあこうしよう! 今週末は醤油ラーメンが美味しい店に行って、塩と味噌はまた今度——」

「「はぁっ⁉︎」」

 ほら、もはや血の繋がった姉妹並みのシンクロだよ。

「何勝手に醤油に決めてんの! ここは塩!」

「そっちこそ塩で話し進めんな! ウチは味噌だって言ってんじゃん!」

 二人はさらにヒートアップしている。昼休み、教室の真ん中で繰り広げられる論争に、周りの目は集中し始めていた。

 やば、かなり目立ってる……

「ごめんごめん、冗談だから! とりあえず声押さえて!」

 ケンカと勘違いされて先生を呼ばれたりでもしたら面倒だ。二人は少し気まずそうに黙った。

「ここは公平にジャンケンにしよう。これなら恨みっこなしでしょ?」

「まあ……」

「しょーがないなぁ」

 深呼吸をして、右拳に力を込めた。どこからか、天のお告げが聞こえる……今は、チョキを出すべきだ。

「いくよっ」

 私たちの気合いの入り方、まるで命を賭けているかの様だった。

「「「ジャンケン、ポン!」」」

 全員チョキであいこだった。天のお告げ、嘘じゃん……

「「「あいこでしょ!」」」

 二回目、三回目、四回目とあいこが続き、決着が着いたのはたぶん十回を越えた頃。

「やった、私の勝ちぃ! 結局こうなるじゃん♪」

 天のお告げなんて全く関係なく、私はグーで勝利を掴み取った。

「ぐぬぬ……」

「味噌はお預けかぁ」

 心底悔しそうな塩派第一党と、そうでもなさそうなノーテンキ味噌派首領。そんな二人を横目に大喜びしている私が、子供っぽくも思えた。

「美味しい醤油ラーメンの店知ってるから、週末楽しみにしててねー」

 きっと二人にも、醤油の魅力が伝わるはず……!




 土曜日、学校近くのコンビニで待ち合わせをして、その店までは徒歩で向かった。

「この辺なのー?」

「うん、自転車出すほどじゃないかなって感じ」

 言葉通り、わずか五分ほどで到着した。まだ中に入ってもいないのに、食欲をそそる良い香りが店の周りを漂っている。

「「「いらっしゃいませー!」」」

 気持ち悪いほどの空腹を感じながら入ると、店員さんの明るい挨拶が飛んできた。好印象な接客もこの店の魅力の一つ。

「どれにしようかなー」

 券売機に千円札を入れ、どのボタンを押そうか思案していた。定番の醤油ラーメンそのままもいいけど……味玉アリにしようかな。たまにはチャーシュー乗せてもいいかも。でも、それだったらチャーシュー麺にした方がお得かも……

「塩もあるじゃん」

「あ、味噌も」

「ちょっとちょっと! 今日は醤油を食べに来たんだからね!」

 すぐ本命に目移りしてしまう二人。気持ちはわからなくもない。派閥の違う二人からしたら、これはまさに裏切り行為……浮気と言ったところだろうか。

 悩んだ挙句、二人はシンプルに醤油ラーメン、私はさらに味玉乗せに落ち着いた。


「おまたせしましたー、醤油ラーメンです」

「おー……」

「めっちゃ良い匂い!」

 運ばれて来たラーメンに、二人は感嘆の声を上げた。

「こちら味玉乗せになります」

「えー、味玉いいなぁ」

 鮮やかな茶色をした透明なスープに、薄切りで面積の広いチャーシューと、その上に乗った青々しい緑色のネギが良く映える。極め付けは、鼻腔に広がる香ばしい醤油の香り。さらに私のには、真っ二つになり飴色の黄身が露わになった味玉が。食べずとも、その一杯に込められた旨みが伝わっていることだろう。

「もちろん味も良いから食べてみな!」

 『いただきます』と三人揃って手を合わせて、まずはレンゲを手に取った。まだ湯気の立っているスープから、一口分を掬い上げる。口に入れた瞬間に広がる、ガツンとしていながら、どこか優しさのある味わい。私はそれが好きだった。

「ん、まあまあ……」

「悪くはないかな」

 二人は言葉を選んだようだけど、少し綻んだ顔には『美味しい』としっかり書いてあった。

「ふふっ、でしょ! さあさあ麺も!」

 麺をズルズルとすする音が揃った。

「んー!」

「うまっ」

 この店の麺は、コシが強くて独特の食感を楽しめる自家製ちぢれ麺だ。もちろんスープとの相性は抜群。流石に二人とも、本音を包み隠すことは出来なかった。

「ふっふっふ……じゃあ醤油派に乗り換えだね」

「なっ……それは絶対ない!」

「そーだそーだぁ」

 そうは言うものの、箸を止める気配が全く見られない。素直になれない二人が何だかおかしくて、つい口角が上がってしまうのを抑えることが出来なかった。

「チャーシュー美味しい!」

「味玉も美味しそー、いいなぁ」

 派閥は分かれているけれど、こうやって同じ“ラーメン”という食で盛り上がれる。身体の奥まで温まっていくのは、きっと物理的な温度だけのせいではない。

 ラーメンって、不思議な食べ物だ。




「次は三人で塩ラーメンを食べよう」

「えぇっ⁉︎ 味噌でしょ」

 ……ただこの争いは、まだ収まりそうにない。

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あったかごはん 星合みかん @hoshiai-mikan

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