第20話 成功と安堵
ごくりと、緊張から思わず、レティシアは唾を飲み込んだ。
目の前では、真剣な表情をしたアルベールが、レティシアが提出した薬を検分している。
一生懸命考え抜き、いつも以上に集中することで何とか完成させることに成功した、ポーション程度にまで効能を劣化させたハイポーションを、だ。
効能そのものに関しては、レティシアはまったく心配していない。
というのも、レティシアは霊薬の効能を見るだけで判別することが可能だからである。
それが何故可能なのかということを、レティシア自身は理解していない。
前世では聖女だからとか言われていたが……ともあれ、可能なことだけは事実だ。
ただ、どういう形で判別できるのか、というのは少し説明が難しい。
霊薬を見るだけで、これはどの程度の傷ならば癒せるとか、こっちは解毒に効果があるとか、そういったことが何となく頭に浮かぶ感じだからである。
あまりにも主観的で、漠然としたものであるため、前世の頃はもう少し具体的に分からないかと言われたこともあったが……何にせよ、そういったことが分かるため、レティシアは無事ポーション程度の効能のハイポーションが作れたことは分かっているのだ。
だから問題なのは、それが本当はハイポーションだということがばれないか、ということである。
正直なところ、レティシアは霊薬がどれほど現存しているのか、ということを知ってはいない。
現存している、ということだけは知っているし、研究のために二本だけポーションが自分達に与えられたのは知っているのだが、他にどの霊薬がどの程度あるのか、ということは分かっていないのだ。
何でも、霊薬は禁忌の品であるため、本来ならば現存しているだけで問題だから、とのことである。
世間一般的には現存している霊薬は存在していないことになっているし、レティシアがそのことを知っているのも、薬師という立場上知っている必要があるからだ。
だが、機密事項なため、そこまでしか知ることを許されていない、ということである。
一応アルベールはもう少し詳しく知っているらしいのだが、どの程度のことを知っているのかは分からない。
だから、レティシアは彼がハイポーションのことをどこまで知っているのか、判別が可能なのか、ということが分からず、こうして固唾を飲んで結果を待つことしか出来ないのである。
ちなみに、アルベールがどうやって検分しているのかと言えば、自分の身体を傷つけ、それをポーションを使って癒すことでだ。
実際に効能を確かめることで検証している、というわけである。
見ている側からすると痛々しいが、レティシアが何かを言うことはない。
前世の頃も、似たようなこと何度も目にしてきたためだ。
レティシアの説明だけは納得出来なかったらしく、全てを確かめていたわけではないが、それでも百本に一本ぐらいの割合でチェックしていたのである。
レティシアからすれば必要ないことだと思うのだが、そうしなければ納得できないと言われてしまえば、止めることは出来なかった。
もっとも、前世とは違い、見ただけで霊薬の効能が分かるということは伝えてはいないので、状況は多少異なるが。
伝えていないのは、単純にそれもまた自分は聖女であると自白するも同然の行為だからだ。
前世で言われていただけなので、今ならば言っても大丈夫かもしれないが、わざわざ危ない橋を渡る必要はない。
何にせよ、状況は異なると言っても、結局止めることが出来ないのは同じであった。
とはいえ、霊薬というのは、効能によって色はある程度決まっているが、それ以外は大差ない。
自分の身体を使っての検証には、経験と知識が必要不可欠である。
だからこそ、アルベールにどの程度の知識と経験があるのか分からないレティシアは、状況を見守りつつ祈ることしか出来ないのだが――
「……なるほど。今まで作ってきたものと比べると、遥かに効能が上ですね。確かにこれは、ポーションのようです」
アルベールがそう判断してくれたことに、レティシアは思わず安堵の息を吐き出した。
どうやら、上手く誤魔化すことが出来たらしい。
だが、そう思った直後、アルベールは口元を歪めると、自嘲するように呟いた。
「となると、ポーションのレシピは正しくはこれだった、ということになりますね。……あれほど自信満々に言っておきながら、実は素材からして間違えていた、ということですか。恥ずかしい限りですが、それならば失敗作しか出来ないのも道理というものです」
「い、いえ、そんなことはないと思いますよ? わたしが使った素材は、本来ポーションに使うような素材ではありませんから」
慌てながらレティシアがそう言うと、アルベールは不思議そうに首を傾げた。
「そうなのですか?」
「はい。質のことを考えても、本来はもっと上の霊薬を作るための素材なはずです」
「ふむ……私が見たことのある情報の中に、そういったものは見かけませんでしたが……」
「え、えーっと……その、昔読んだ書物の中に、そういったことが書かれていまして」
それ自体は嘘ではない。
ただ、昔というのが、千年前の……前世のことだというだけで。
しかし、どうやらそれだけでアルベールは納得したようであった。
「……なるほど。それもまた、貴女の祖母の家にあったものですか。確かにそれならば、私が知らなくとも不思議ではありません。薬師の方々は、代々門外不出の知識を記した書物を受け継いでいるとのことですが、本当に様々なものがあるのですね」
「……そうですね、実際祖母の家には、沢山の書物がありました。ほとんど読ませてはもらえませんでしたけれど」
「ふむ……貴女の祖母の家は、確か既に存在していないのでしたよね?」
「はい。……祖母が亡くなった時に、処分してしまいましたから。そこにあった、沢山の書物と共に。それが、祖母の遺言でしたから」
祖母は自分から薬師になったからこそ、世間の目の厳しさというものをしっかり理解していたのだろう。
それがレティシアに向くことがないように、考えてくれたのだと思う。
それを考えると、今の自分は祖母の意思に背いているのかもしれないが……昔からやりたいようにやれと言ってくれた人だった。
だから、困ったような顔はするかもしれないが、きっと応援してくれるだろう。
「そうですか……」
アルベールの顔は、勿体ないと言っていたが、それを口に出さなかったのはレティシアに気を使ったのだろう。
別にレティシアは気にしないし、むしろレティシアも勿体ないと思っているのだが……気を使ってもらって悪い気はしない。
何よりも、レティシアは本当のことを言ってはいないのだ。
ボロが出る前に、話題を変えることにした。
「ともかく、そういうことですので、それは確かにポーションと同等の効能はありますけれど、実際には失敗作になると思います」
「ふむ……そういうことならば、確かにそうなるかもしれませんね。とはいえ、たとえ失敗作であろうと、本来のポーションと同等の効能があることに違いはありません。これはこれで使い道はいくらでもあると思います」
「えっと……使い道があっても、おそらく割に合わないと思います。私が使った素材は、魔の大森林の中でも奥まったところから採ったものもありますから」
「奥まったところで、ですか……そういえば、貴女が赤竜に襲われたのも、貴女が奥まったところに行き過ぎたせいで警備の目が届かなくなったから、でしたか」
「うっ……」
そう、騎士団の人達と一緒に行ったというのに何故レティシアが赤竜に襲われたのかと言えば、そういう理由であった。
色々な素材が採れるのが楽しくて、つい奥まったところに行ってしまい……一人になったところを、襲われたのだ。
あの時のことを思い返していると、アルベールは呆れたように肩をすくめた。
「まあ、そういうことでしたら、確かにどれだけ有用でも限度がありますか。あそこの素材は元々貴重な上、奥まったところにあるものはさらに貴重だということですからね。ポーションを作るためとはいえ、さすがにそうそう許可は下りないでしょう」
「……ですよね」
ならば、レティシアが考えた通り、このまま何の問題もなく終わるだろう。
無事誤魔化せたことに、レティシアは安堵の息を吐き出す。
――そんなレティシアのことを、アルベールがジッと観察するように見ていたことには気付かないまま、レティシアは次の準備へと取り掛かるのであった。
魔王城の転生聖女~転生したら世界が魔王に支配されていたので、薬師として好きに生きようと思います~ 柊木ユウ @yuuhollyolive
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