第19話 たった一つの冴えたやり方

「これもいつも通りの品質ですね。問題はなさそうです」



 アルベールがそう言ってポーションの入った容器を片付けるのを眺めながら、レティシアは安堵の息を吐き出した。



(上手く失敗することが出来たみたいね。よかった)



 レティシアは、ポーションを作ることに慣れている……いや、慣れ過ぎている。


 前世では何千何万という数のポーションを作ってきたのだ。


 そしてだからこそ、非常に気を使わなければならなかった。


 少しでも気を抜いたら、間違って本物のポーションを作ってしまいそうだからである。


 霊薬作りというのは、非常に繊細な作業だ。


 ほんの一グラムの誤差、ほんの一秒の差で、結果に違いが出てしまう。


 完成品を作るのに慣れているからこそ、失敗作を作るには、とても集中力が必要であった。



(昨日までのわたしは、これを無意識にやっていたのよね。……いえ、無意識だからこそ、そこまで大変ではなかったのかしら?)



 無意識にやっていたから、余計な神経を使わずに済んだのかもしれない。


 とはいえ、分かっていたところで、前世を思い出してしまった今のレティシアには不可能なことだ。


 頑張って失敗するしかないと、気合を入れて次のポーションを作るための準備を進め……アルベールが、そういえば、と口を開いたのは、その時であった。



「魔の大森林で採取してきた素材は試してみないのですか?」


「あっ……えっと、それは、ですね……」



 レティシアは意図的にその話題を避けていたのだが、さすがと言うべきか、アルベールはそのことに気付いたらしい。


 どう言い訳したものかと、レティシアは視線を彷徨わせた。


 元々魔の大森林に行くことを提案したのは、レティシアである。


 それは、ポーション作りの素材を今よりも上のものにすればもっと良いものが出来るのではないかと思ったからなのだが……はっきり言って、今では完全にそのことを後悔していた。


 何故あの時の自分は、あんなことを言ってしまったのだろう、と。


 結論から言ってしまえば、それ自体は正しい。


 あの森に生えていた素材は、今使っている素材と比べ遥かに質が上である。


 だがだからこそ、問題であった。


 そのまま素直に作ってしまえば、ポーションどころかハイポーション……いや、さらにもういくつか素材を追加すれば、エクスポーションあたりまでなら作れそうだ。


 どう考えても過剰であった。


 しかし、かと言って完全に失敗させて素材を無駄にしてしまうのも、それはそれで気が引ける。


 ゆえに、話題を出すことなく、自然と採取した素材などなかったことにしたかったのだが……さすがにそれは甘すぎたらしい。


 まあ、元々昨日の時点で、魔の大森林の素材を使って霊薬を作ってしまっているのだ。


 いつか話題に出るのは当然であり、無駄な足掻きでしかないのは分かり切ったことであった。



「貴女は忘れているのかもしれませんが、本来私達に課せられたノルマは、一日一本の霊薬です。既に達成しているのですから、あとは自由にしてもらっていいのですよ?」


「それはとてもありがたいのですけれど……わたしがあの素材を使ってしまっていいのでしょうか?」


「うん? どういう意味でしょう?」


「えっと……わたしの今の仕事は、ポーションを作ることですよね? けれど、魔の大森林の素材を使うということは、今までとは違う作り方になってしまいます。それはどちらかと言えば研究になるかと思いますので……アルベールさんの領分になるのではないかな、と」



 それは咄嗟に考えた言い訳であったが、割と悪くないように思えた。


 これならば、昨日霊薬を作ってしまったこととも矛盾していない。


 昨日作ったのはあくまで祖母の家にあった本に書いてあったものを作っただけなので、研究とは違うからだ。


 だが、レティシアの思惑とは異なり、アルベールは何かに納得したかのように頷くと、首を横に振った。



「ああ、なるほど……そういうことでしたら、問題はありませんよ。そもそも私と貴女は所詮一年しか違いませんからね。今はとりあえずということで私が研究を行っていますが、本来私達が行う仕事に差はありません。今の分担にしたって、単純に貴女の方が薬を作ることに慣れているから、という理由ですしね。別に貴女も研究をしたところで、何の問題もありませんよ」


「そう、ですか……」



 ここまではっきり言われてしまったら、これ以上言い訳をするのは無理だろう。


 諦めるしかなさそうだ。



「……分かりました。それでは、あの素材を使って試させていただきますね」


「ええ。私も魔の大森林産の素材は使用したことがありませんので、どうなるか楽しみです」


「え、そうなんですか?」



 今でこそポーションのレシピがあるが、以前はそれすらもなかったのだ。


 研究のためには様々な素材を試す必要があったはずで、魔の大森林の素材はそれなりに貴重ではあるも、王宮所属の薬師であれば手に入らないほどではない。


 だから、使ったことだけならあると思っていたのだが――



「ポーション作成に関しては、素材の情報だけはありましたからね。というか、そうでもなければ、失敗作とはいえ霊薬のレシピを発見することはさすがに出来ませんでしたよ」


「なるほど……」



 断片的な情報だけでどうやって再現したのかと思っていたが、そういうことだったらしい。


 とはいえ、だからといってアルベールの功績が霞むわけではない。


 ポーションを作り慣れているレティシアだからこそ、素材と現物だけからレシピを発見するのがどれだけ大変なのか、よく分かっていた。


 ともあれ、ここからどうしようかと、魔の大森林で採ってきた素材を持ってきながら、レティシアは考える。


 採ってきた素材からどんな霊薬を作ることが出来るのか、レティシアは知っているし、逆に知っている素材しか採ってきてはいない。


 だが、先ほども考えた通り、このまま素直に霊薬を作ってしまえば、明らかに過剰すぎるものが出来上がってしまうだろう。


 かといって、素材を無駄にしてしまうのも忍びない。


 本当にどうしたものかと考え……ふと、あることを思いついた。



(そうだわ……これならば素材を無駄にするわけではないし、怪しまれることもないわよね)



 レティシアが思いついたこととは、魔の大森林の素材を使って、ポーションを作るというものであった。


 より正確には、出来上がったものをポーションだと言い張る、というものであるが。


 本来ポーションとなるはずのものを、敢えて劣化したポーションとなるように調整していたように、極限まで劣化させ調整することで、ポーションのように見せかけるのである。


 普通に作ろうとすればハイポーションが出来上がるレシピでそうすれば、何とか誤魔化せるだろう。


 ポーション作りに慣れているからこそ、レティシアは自信があった。



(問題があるとすれば、劣化品ではない、千年前と変わらない効能のポーションが出来るということだけれど……そのぐらいならば大丈夫よね?)



 劣化しているとは言っても、ポーションそのものは既に作れるようになっているのだ。


 多少効能が上がったものが作れるようになったところで、そこまで騒がれるようなことにはなるまい。



(ただ、ちゃんと考えて作る必要はあるわよね。下手をすれば、こちらの作り方が本当のポーションのレシピ、ということになりかねないもの。それを避けるためには、あくまでも今のレシピが正しくて、それをアレンジした形ということにすればいけるかしら)



 変に注目を集めたくもないし、そのぐらいが妥当だろう。


 さすがにまったく注目されないと思ってはいないが、それでも多少で済むはずだ。


 それに、注目という意味でならば、王宮所属のたった二人の薬師ということで既に十分されている。


 ならば、問題となるほどではないはずだ。


 そう思うと、レティシアはさてどう改良したものだろうかと、ポーションのレシピと目の前にある素材、それと頭の中にある数多の霊薬のレシピを見比べながら考えるのであった。

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