【ショートショート】ラブカフェ ~恋が成就する魔法のコーヒー~【2,000字以内】

石矢天

ラブカフェ ~恋が成就する魔法のコーヒー~


 ある日の昼休み。

 僕は同じクラスの女子である横山さんから体育館の裏に呼び出された。


 健全な高校二年生男子である僕は、もちろん期待に胸をふくらませた。

 

 世にも有名な『体育館の裏』である。

 男子に呼び出されたら恐怖しか感じないが、女子に呼び出されれば誰もが期待するだろう。


 そう。告白だ。


 果たして、体育館の裏ではちゃんと横山さんが待っていた。

 加えて女子がふたり。きっと応援団というやつだ。


「武元くん、こんなところに呼び出してゴメンね」

「ぜ、全然! 大丈夫ダヨ!」


 声が少し裏返ってしまった。

 告白しようとしている横山さんより、呼び出された僕の方がテンパっている。


「あの……これ!」


 横山さんはそう言うと、意を決したようにカップを差し出してきた。


「角脇くんに渡して欲しいの!」

「へ!?」


 横山さんは茫然とする僕にカップを握らせると、友達と走っていなくなった。

 手元のカップからはフワリとコーヒーの香りがした。


 僕の淡い期待はガラガラと崩れ去った。




「わりぃ、わりぃ。遅くなった」

「おいおい。もう昼休み終わっちまうぞ」

「ちょっと女子に呼び出されててさ」

「なんやと!? その話、詳しく聞かせてもらおか?」


 僕(武元)と、親友の角脇と伊崎。

 三人はいつも屋上の隅っこに集まって昼飯を食べている。


「なんかさぁ、これを角脇に渡してくれって。横山さんが」


 僕は角脇にカップコーヒーを渡した。


「なんだこれ……。コーヒー?」と、角脇は怪訝な顔。


「なっ。コーヒーくらい自分で渡せばいいのにさあ」


 意味わからん、と首を傾げる僕と角脇を見て、伊崎がハァとため息をついた。


「本気でゆうとんのか、お前ら」

「「え?」」

「そいつはな。ラブカフェや」

「「ラブカフェ?」」

「いちいちハモんなや! 鬱陶しい!」


 怒られた。

 伊崎によると女子高生に人気の『告白ツール』らしい。


 直接伝える勇気はない。電話だってハードルが高い。

 ラブレター? 長い文章なんて書けっこない。

 でもLINEじゃ、この気持ちを伝えきれない。


 そんな悩める女子のために生まれた新商品。

 それが『ラブカフェ』だ。


 これを意中の相手に飲ませると、秘めた想いが伝わって恋が成就するらしい。

 なんともマユツバな話だ。


「なんだそれ。どうせ女子がメディアに踊らされてんだろ?」

「いや……。これ、スゲェよ」


 感心した様子でつぶやく角脇は、もうラブカフェを飲んでいた。


「なんか……、身体がポカポカして、少し胸がドキドキする」

「なんだそれ。毒でも入ってんじゃねぇの?」

「ちょっと、俺にも飲ませぇや」


 面白がって手を伸ばす伊崎と、それを払いのける角脇。


「ダメだ、ダメだ! これは俺に送られた横山さんの気持ちだ。ほかのヤツに飲ませるなんて失礼だろ」


 全くもって正論である。

 次の日、角脇から横山さんと付き合うことになった、と報告を受けた。

 ラブカフェ、マジか。



 しばらくして。

 ついに僕にもラブカフェを飲む機会が訪れた。


「これ、受け取ってください」


 放課後。部活の帰りに中庭で呼び止められた僕は、後輩の女子からカップコーヒーを渡されたのだ。


「これって、もしかして」


 そう言うと、彼女は恥ずかしそうにコクリと頷いた。

 立ち去らずにこちらを見つめている。


 その様子から察するに、ここで飲めということか。


「いただきます」


 コクッ、コクッ、コクッ。

 若者向けに甘く味付けられたコーヒーは、とても飲みやすかった。


 すぐに身体が芯から温かくなってくる。心臓は鼓動を早め、キュッと締め付けられるような感覚を感じた。


 僕だって初恋くらい経験している。

 だからこれが、恋をしたときの切なさに似ていることはすぐにわかった。


 それはすぐに収まり、今度は人肌のような温かさが外から身体を包み込む。

 全てを許してくれるのではないか、と錯覚してしまうような包容力。


 なぜだかわからないが、自分が強く愛されていることを心が感じ取った。


 僕はその場で彼女の告白をオーケーした。

 ラブカフェ、恐るべし。




 ――三ヶ月後。


 あのときの温かな気持ちは一体どこへ行ってしまったのか。

 

 一緒に帰ることも少なくなり、デートなんて二週間以上していない。

 LINEをしても「うん」「へぇ」「そっか」しか返ってこない。


 もうダメだな、と思っていたところに中庭への呼び出し。

 僕はもう覚悟を決めている。



 待っていたら、彼女がひとりで現れた。

 その手にはカップコーヒーがひとつ。


「はい、これ」

「ありがと。これって……」

「普通のコーヒー」

「……だよね」


 彼女は「ほかに好きな人ができたの。ごめんね」と言い残して去っていった。

 僕は黙って見送った。


 僕の手に残ったのはカップコーヒーが一杯。

 はぁ、とため息をついて口をつける。


 コーヒーはすっかり冷めていて、ものすごく苦かった。




      【了】



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2022/9/15 連載開始


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【ショートショート】ラブカフェ ~恋が成就する魔法のコーヒー~【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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