Episode30:閃光

 今までなら、ただ我武者羅に、目の前のライバルを倒すため、掌に握られた木刀を振り続けていた。先生が言っていた「自らの感覚を理解する」というのも、少し前のなら全く分からなかった。でも、今のオレは確かに大きなものを掴みかけている気がする。



 ・・・・・・・・・・・・・・・



 このと同じ光を初めてシュリファが目撃したのは十年も前の話だった。


 ボクにはこの腐りきった世界で独りで生き抜くための術が必要でした。


 ボクは誰も近寄らないような深い森の奥地で両親と兄の四人で裕福でないながら、幸せに生活していました。ルピナリアの脅威がこの国を包み込んでいたことは知っていましたが、ボクたち家族には関係のない話で、ボクにとっては御伽話のように思っていました。ですが、ボクたちの日常は簡単に崩壊の音を立てて、非日常に変わり果てました。今でもよく覚えています。朝食を笑顔で囲んでいたテーブルの上に、銃弾の射出される音と共に、赤黒い血が流れ出る父の頭が晒されたあの瞬間を。


 それからの記憶は細切れでした。母がルピナリアの男に捕まったのを背に、兄に手を引かれる形で裏口から勢いよく飛び出しました。


「シュリファ!ボクの手を離すな!」

  

「兄さん!!お母さんが!!お父さんもいっぱい血が!!!!」


「いつかは……こんな日が来ると思っていたんだ……!!それが今日なんて……」


 森の中を駆け抜けるボクたちの後ろからは発砲音と怒号がボクたちより早い速度で近づいているのが分かりました。すると兄はボクの手を強く握り直しました。


「痛いよ兄さん……!」


「シュリファ……。お前は立派な妹だからボクなしでも生きられる」


「何言ってるの…?は一人なんていや――――――――」


 気付けばボクは高い崖から深い川へと放り投げられていました。そして意識が戻った時、ボクは何処かの陸地に打ち上げられていました。身体は冷え切り、家族のことを考えるだけで涙が溢れてきました。でも、時間と共に幼いボクは理解しました。呼んでも誰も助けてはくれない。応えてはくれない。涙の水分一滴すら、今の僕には惜しい。


 父のような強さを求め、母の元で見た生きる術を実践し、兄のような勇敢さに憧れました。兄の影響なのか、一人称もいつしか私からボクへと変化していました。いや、今思えば影響というよりも、寂しさを紛らわすための言い訳と言った方が納得がいくような気がします。


 そして、何年が経った時でしょうか、ボクは脳覚醒RE ACTを完全に修得していました。それから更に何年か経った時に、ボクはあのを初めてこの目で見たんです。それは、そのを放っていた本人も同様のようでした。このの目撃がボクとクロムの初めての出会いでした。



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 その光の正体こそ、脳覚醒RE ACTを成せた者の証。ボクたちはこの光を閃光せんこうと名付けました。閃光は脳覚醒RE ACTを用いて身体強化を行った際に、脳と身体の中心から電撃のように流れ出る光でした。そして、後々分かったことではありますが、閃光は脳覚醒RE ACTを成せた者同士にしか見えませんでした。また、脳覚醒RE ACTを極めていくことで、閃光の大きさ、量は独自の変化を遂げることも分かりました。


 そして今、ボクの目の前で戦うくんもまた微弱ながら、クロムくんやキュリスくんと同様の閃光を放ちながら木刀を握っているのです。


「まさか、こんなに早く脳覚醒RE ACTが成せるなんて………!」


 だが、驚くべき点はパランくんの覚醒だけではありませんでした。


 パランくんは脳覚醒RE ACTを掴みかけているお陰で、マリアちゃんをスピード面で圧倒していました。ですが、二人の戦況が覆っている訳ではありませんでした。マリアちゃんはスピードに遅れを取りながらも、しっかりとパランくんと対等な戦闘を行えているのです。この光景を前にしたボクは一人の女の子を頭に思い浮かべました。


「ナターシャちゃんと同じタイプ……!」


 ボクが留守にしている間に、二つの才能は確実な開花の道を辿っていました。これからの彼らにボクがしてあげられることは一つ。その才能の開花を確実なものにしてあげることです。ですが、そう決心しようとした際、二人の成長への喜びと裏腹に、ボクの背筋は少し震えていました。その震えの正体はボクがでした。


 二人の戦闘に静寂が生まれたと感じ取ったシュリファはパランとマリアの間合いの中心に割り込む形で、戦闘訓練を中断させた。


「そこまでです、二人とも!」


「シュリファ……先生…?」


「先生!!帰っていたんですか!!!」


 パランは元気溢れる声でシュリファへと笑顔を向けた。一方マリアは依然、戦闘時の集中が途切れぬ、真剣な眼差しを向けていた。


「マリアちゃん、パランくん、まずは二人とも身体に大事はありませんか?」


「……?修行中にできた傷以外は特にオレもマリアも大丈夫ですよ」


 この反応的にボクたちが遠征中にこの森には被疫獣トキシッドたちは来なかったと考えてよさそうですね。


「そうですか~!それは良かったです!そういえば、この辺りで大きな揺れがあったそうですが、それも大丈夫でしたか?」


 シュリファの問いを聞いた二人はお互いの顔を見合わせ、首をかしげていた。それからマリアは切らした息を整えながらシュリファの質問に聞き返した。


「揺れなんてあったんですか……?」


「え?」


 反射で思わずシュリファはマリアに対して聞き返していた。


「いや……揺れなんて起きて無かったですよ。なあ、パラン?」


「ああ!でも教会の壁に軽くひびが入ってたのは、その揺れ?が関係あるのかな~」


 二人とも揺れを感じなかった?アーシャちゃんからは立っているのがやっとの揺れがあったという情報でしたよね。いくらこの教会が都市から距離があると言っても、あの規模の揺れを感じないはずがありません。だとすれば、二人は揺れを感じぬ程、戦闘に集中していたというんですか……?


 二人への困惑の顔を抑え、シュリファは再び話を続けた。


「そうですか!何も無ければそれでいいんです!そういえば、先ほどから数分ほど二人の戦いを見せてもらいました。二人ともこの数日間で見違える程に成長しましたね!」


「でしょ!でしょ~!先生に言われた『自分の感覚を理解する』っていうの?も、何だか掴めそうな気がするんです!」


「ふふ!パランくんは既に掴んでいますよ。その証拠に今のキミにはこれが見えるはずです」


 瞬間、シュリファは全身を脳覚醒RE ACTにより強化することにより、自らの身体から閃光を放って見せた。突然のシュリファの変化に、パランは驚きのあまり尻もちを付いた。そんな二人をマリアは遠目に不思議そうに見つめていた。


「な、な、なんですか!?その電流?ひ、光は!?」


 考えるより先に質問がパランの口からは飛び出していた。そんなパランを見たシュリファの口角は軽く上がっていた。だが、瞳の奥は何処か不安に押しつぶされそうな暗く濁った赤い色をしていた。


「やはり……キミは成せたんですね。脳覚醒RE ACTを……」


脳覚醒RE ACTを……!?オ、オレが!?」


 声を荒げ喜びを隠せないパランを前にシュリファはやはり怖くなってしまった。力をつける二人を見て安心すると同時に、力をつけた事で強敵へと向かっていく未来の二人の姿を想像するだけで不安が込み上げてきていた。


 「自分を守れるのは結局自分だけ」そう言ったのはボクです。ですが、強くなる彼らを見て、弱き者のままボクに守られていて欲しいと、心の何処かで思ってしまっている。未来へと進むと啖呵を切った割に、気が付けばまた過去に囚われている。


 このままではこの子たちの失格ですね。そうか………ボクはこの子たちのなんです。そんな初歩的なことまでボクは忘れてしまっていた。先生として、未来へ進みだすボクシュリファとして、掛けなくてはいけない言葉など一つしかありませんよね。


「おめでとうございます!パランくん!」


 その祝福に決して嘘は無かった。


 多分、過去に囚われた部分はボクの中にまだ存在しています。でも、それでいいんです。そんな過去に囚われたボクの部分も含めて未来へ進めばいいんですから。立ち止まっている暇も過去に振り返っている暇もありません。ボクはとして、この子たちに自らの命の守り方を教えなくてはいけませんから。


 この祝福が未来へ進むための本当の一歩目であった――――――――

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