Episode29:過去と未来、進むべき方向

 ぺポがローズの眠る個室に到着してから十数分が経過してからのこと。廊下から五つの足音が個室の方へと近づいてくるのが聞こえてきた。そして、彼らは決して広いわけではないローズの病室へと彼らは入ってきた。


「ローズ……さん…――――」


 つい数日前まで元気にしていた憧れの先輩が植物状態となって自分の目の前に現れることは、カリベルの死の傷が心をむしばむラノアにとって信じがたい光景であった。


 ラノアの悲しむ顔を見た時、ローズの手を握っていたぺポの手は一層強く彼女の手を握り直した。それでも、ローズの赤く綺麗な瞳にぺポたちの姿が映ることは無かった。


 ぺポは眠っているローズから目を離し、クロムたちの方へと視線を移した。


「クロムさん……ローズの状態はアーシャさんから聞きましたか……?」


 クロムはぺポの問い掛けを聞きながらローズの眠るベットへと近づいた。そして、クロムは眠るローズの表情を見つめながらぺポの質問に答えた。


「ああ、聞いた。この苦しい戦況の中、命を落とさずよく生き残った。よく頑張ったな……」


 クロムの横顔は涙という形あるものでは表せないような、寂しさが染み出す悲しげな表情に包まれていた。クロムが涙を流している場面をこの場含めた誰も目撃したことは無かった。だが、それは、仲間家族をまとめ上げるリーダーという立場から、自分が涙を流せば周りも泣かせてしまうということを理解してのことであった。


 下を向く皆を前に、顔を上げたクロムはアーシャへと話を切り出した。


「アーシャ。さっき言ってた全員が揃った時に話すと言っていた事を話してもらってもいいか」


「は…はい。……今から話すのは、私の妹のナターシャが敵から、帰還したに伝えるように言われた内容です。結論から述べると………被疫獣トキシッドの代表と名乗るヨハネという人物からのです」


 それからアーシャはヨハネから語られた条件内容について事細かく話した。ナターシャが話し終えるまで誰一人として質問をする者は居なかった。全て話終えた頃には点滴が滴り落ちる音だけが病室内に残っていた。それから最初に口を開いたのはクロムであった。


「なるほど。奴らがこの都市を侵攻したのは正確に何日前のことだ?」


「四日前です。四日前の正午に揺れと共に奴は現れました」 


「ということは後、四十六日後に奴らは総戦力でここを進行してくるんか……しかもこっちからは仕掛けられないと来た……最悪な状況だな」


 キュリスが苦し気な表情で弱音を漏らす。状況をいち早くまとめる為にシュリファはアーシャに更に質問を投げ掛けた。


「今この都市にはボクたちを含めて戦力はどのくらい残っていますか」


 質問を聞いた瞬間、アーシャは皆から目線を外した。


「先日の侵攻でヨハネと交戦したナターシャはこの病内の一室で絶対安静で寝かせています。ですが他の交戦メンバーであるラルフさんは出血多量で死亡。ハイトは交戦以降、未だに姿が見つからずに消息不明………ローズもこうして植物状態になって………います…………」


「都市の外を護衛していたルナとオルムとセイカの三人は?」


「その三人なら外部から侵攻してきた被疫獣トキシッドとの交戦はありましたが、三人とも軽症で済んでいます」


 アーシャから状況を聞いたキュリスは指を使って数を数える仕草を見せた。


「じゃあ今のところ戦闘に参加できそうなのは俺、クロム、シュリファ、ぺポ、ラノア、ルナ、オルム、セイカの八人になるのか」


 病室の中から再び音が消える。被疫獣トキシッドたちとの総戦力戦において、 これでは明らかに戦力不足であると、言葉にせずとも、全員の思考は重なり合っていた。だが、その皆の思考を切り裂くように、シュリファはキュリスの後に言葉を続けた。


「いや、十人います………ね。――――ボクは今から後の二人の安否を確認してきます」


 キュリスは驚きながら、シュリファのその発言に対して怒号と共に反対意見を上げた。


「シュリファ!まさか修行中のアイツらを戦場に駆り出すのか!?そんなの無茶だ!!無駄死にが増えるだけだぞ!!」


「人の死に無駄なんてありませんよキュリスくん……。それに彼らはこの総力戦にボクが止めたとしても絶対に参加しようとする。ボクは彼らを守ることはできないんです。自分を守れるのは結局自分だけなんです………。ボクは残された時間を彼らに捧げようと思います。それが未来へと進みだすと決めたボクですので」


 シュリファの話を聞いた時、キュリスは砂漠でのシュリファの人生観を鮮明に思い出した。思い出してからのキュリスはもうシュリファを止めることなどできなかった。ここで止めてしまえば、彼女のこれから進もうとする人生の全てを否定してしまう気がしたから。


「で、でも……!都市の外に出てしまってもいいんでしょうか……。条件の一つにある民衆を外に出すなというものに触れないか心配で……」


 アーシャは不安そうにシュリファの方を見つめながらそう言った。


「ボクたちも外に出す気が無いのなら、わざわざ民衆という表現は使わずに全員と表現するはずです。敵の思惑としては民衆をボクたちの足枷としようとしているだけだと思います。どちらにせよ、都市外に彼らを放置するわけにはいきません。いいですよね、クロムくん」


「ああ、俺もシュリファと同意見だ。お前はアイツらの元へ行ってくれ」


 行動許可を得たシュリファは動く前にぺポの方を見た。先ほどまで、生きていて死んでいる様な状態であったぺポを心配してのことであった。だが、そんな心配は無用であるかと言わんばかりに、彼の目の奥に絶望の中で燃える闘志が見えた。


 大丈夫かと心配していましたが、ぺポくんもまた、ボクと同じように未来へ進みだしたんですね。


 すぐさま病室を飛び出し、廊下にあった窓からシュリファは勢いよく飛び出し、都市郊外の南にある森林へと向かった。


「生きていてくださいね、マリアちゃん、パランくん」



 ・・・・・・・・・・・・・・・



 南の森林へと走っていたシュリファは正直怯えていた。都市に居た仲間家族が、共に敵陣へ向かった仲間家族が、無残に殺された。嫌でも頭の中に最悪の景色が浮かんでしまうというのは、実際に見た景色じゃなかったとしても気分が悪くなる。


 だが、シュリファが南の森林へ入ってすぐ、その最悪の景色を打ち砕くように、つい数日前まで聞き馴染んでいた木刀がぶつかり合う鈍い音が木々の間を抜けて森林を駆け巡っていた。考えていた最悪が起きていないことが分かり、ホッと息を着く。急いでいた足も無意識にスピードを落とす。だが、同時にシュリファの中には違和感も生まれていた。


「木刀の交じり合う時の音が変わっている………」


 いや、耳を澄まして、よくよく聞いてみれば、音の変化以外にも違和感はあった。音越しからでも分かるほどに、戦いのスピード感が増している。それも両者息を切らすことなく延々と。更に音の震源地へと近づいていくと、その大きさと迫力は増していく。


 そして、彼らの姿が見えた時、あまりの衝撃からシュリファの口からは言葉が零れ落ちていた。


「まさか……がこんなに早く見れるなんて………――――――――」


 が文字通り、彼らの戦況を大きく加速させる――――!!

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